第27話 開いた口が塞がらねぇ
「おにーちゃーん、おっはよー!」
相も変わらず元気一杯の幸が、玄関から跳び出してきた。
今日はいつもよりも一時間ほど家を出るのが早い。これも学校祭の準備の為だ。
昨日は浦田の一騒動があったものの、ウチのクラスの準備は概ね順調に進んでいる。
だが、幸にはクラスの準備だけじゃなく、天文部に放送部、と部活の掛け持ちもあるもんだから、忙しいのだ。
それで、こんな朝っぱらから登校する羽目になっている。
ぶっちゃけ、俺はこんなに早く行く必要は全く無いんだが、隣の多忙な女が泣きそうな顔をするので仕方ないから付き合っている。
大欠伸する俺の隣で、幸は鼻歌交じりでご機嫌そのものだ。
「ゼッコーチョーだな、幸」
「そりゃね! だって、学校祭はもうすぐだもん! ウチのクラスのもいいけどさ、天文部の
「学祭までまだ日はあるんだから、飛ばし過ぎんなよ? お前はすぐにチョーシんのって浮かれるからな。夢中になりすぎて、昨日みたいなヘマやらかすんじゃねーぞ!」
幸に何かあったら、後で尻拭いするのは俺だ。損な役回りだよ、全く。
昨日の浦田の騒動のときは、何とか上手いこと誤魔化しきれたから助かったものの、幸のうっかり発言には大層肝を冷やされた。
「うん、気をつけるよぉ。……あ、そだ! わたしね、おにーちゃんにお願いがあったんだぁ」
また厄介事でもあったのかと、俺は眉間に皺を寄せる。
すかさず幸が頬を膨らませた。
「んもー、おにーちゃんったら、どーしてわたしが『お願い』って言うと、そーゆー顔するかなぁ。大丈夫だよ、今回は! ……まずはさ、スマホでLINIE《リニー》開いてよ。……うん、会話メニューから」
ポケットからスマホを取り出して、メッセージ・チャットアプリであるLINIEを開く。
メニューにある幸との会話のカラムに「新着」のアイコンが点滅している。
「うん、それそれぇ! それ、タップしてよ」
言われるがままにそれをタップすると、何やらダウンロードが始まった。
「……一体、何ダウンさせてんだよ。危ねーものじゃねーだろーな?」
「えっへへー」
やれやれといった風の溜息を漏らしている間に、ダウンロードが完了した。
スマホのホーム画面にかわいらしい目と口の描かれたお星様のアイコンがあった。名称もそのまま「★」だ。
「……はぁ? 何だ、こりゃ?」
「いいから、早くタップしてみてよ! 早く早くーっ!」
幸に急かされるまま、アイコンをタップする。
画面が暗転し、その奥から光る星が現れる。それが回転しながら次第に大きくなって、遂には画面を覆い尽くし、完全にホワイトアウトする。
その光が消えたとき、画面には幸のバストショット画像があった。……いや、正確には画像じゃない。微妙に動いたり、目が瞬きしている。
そして――
「――おはよう、伊東衛太郎」
スマホから幸の声が聞こえてきた! ……いや、幸の声じゃない。幸の声色を極限まで模した合成音声――
俺はスマホの画面に見入ったまま、口をあんぐり状態だった。抜けきっていなかった眠気は完全に吹き飛んでいた。
絞り出すように幸に訊いてみる。
「……み、幸、これってもしかして……」
「ピンポーン! うん、ご想像通り、<STARS>のミユキだよっ! わたしとミユキで共同開発したんだぁ! ……プログラム組んだのはほとんどミユキだけどねー」
「おま――」
二の句を継ごうとした俺の口を人差し指で押さえて、幸はドヤ顔で続ける。
「だーいじょうぶ! おにーちゃんの心配なんて、聞かなくても分かってるんだもん! ……何の心配もいらないよ! 回線は通常じゃなくて、秘匿回線使ってるし」
「――その通りよ、伊東衛太郎。セキュリティには万全の強度を誇れるわ」
「しかも、『
「――現状ではプログラムの脆弱性もありえない」
目の前の幸と、手の中のミユキが交互に口を開く。
いくら声にわずかな違いがあるとは言っても、こうも立て続けに喋られると、どっちがどっちなのか分からなくなってくる。更に話している内容も、俺にはさっぱり理解不能。
「……ミユキの存在はよーく分かった。これで俺にどーしろと言うんだ?」
俺は幸に訊いたつもりだったんだが、ミユキが答えてくれた。
「――伊東衛太郎、アナタと直接意思の疎通を図る為よ? 幸を通してでもできるけど、ワタシがアナタと直接話をした方が、お互いに理解できる点も多いと思うから」
「つーか、いちいち、こんな風にしないとダメなのかよ!」
「――これはあくまで、デモンストレーション用。通常は電話のように話すことが可能。まぁ、伊東衛太郎がお望みであれば、こんな風に3Dモデリングで描画した『幸』の姿で話すことはできるわ」
<STARS>のミユキは俺が考えている以上に高性能過ぎた。これが量子コンピュータの実力って奴なのか?
「あは、おにーちゃんったら鳩が豆鉄砲喰らったような顔してる!」
幸は大喜びだ。
「うん、オッケー! ……うんうん、分かったよ、ミユキ!」
「――初顔あわせは無事に終了ってことでいいわね? 伊東衛太郎? それじゃ、学校祭まで頑張って」
そう言って、俺の手の中のミユキはスマホの画面から姿を消した。
「……」
「さぁ、学校行こっ!」
嬉しそうな声の幸が俺の背中を「よいしょっ、よいしょっ」と押してくる。
俺の足もそれに合わせて動き出したが、何とも地に足が付いていないような感じだった。
カルチャーショックで半ばボーゼン気味だったのか、学校までの記憶はあまり残っていなかった。
教室の戸口をくぐり抜けたとき、文字通り浮き足だった俺を待ち受けていたのは、しっかり地に足を付けた学校祭実行委員の浦田だった。
「おっはよー、えーたろーくん! 昨日は……ごめん。今日は昨日の分も埋め合わせちゃうからよろしくね!」
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