第23話 ちょっとどころの話じゃねぇ

「実は量子コンピュータの製作技術に関してはIASAにはまだ登録されていない。理論そのものは昔から登録はされている。でも、実際に作り上げたのは幸俊おじさん唯一人……。IASAでも一目置かれているおじさんが何故登録しなかったのかは分からない。登録の意思がなかったとは考えにくいんだけどなぁ。……じゃ、量子コンピュータはまだ作られていないのかというと、そんなこともない。<STARS>に量子コンピュータがあるのは間違いない。……センパイの話だと、センパイ自身がMIJUCIに関するお手伝いをやったって言ってる。その<STARS>のインターフェイスになっているMIJUCIはね、量子コンピュータ上でしか作動しないそうなんだ。そして、それは実際に動いているし、仮想人格もできたって、アンタ言ってたじゃない?」

「うん、幸にしか確認できないけどな。まぁ、幸が嘘吐いたって誰得って話だし。だったら、スパイラル・エンタープライズは量子コンピュータの件をどうして隠してるんだ? これって、歴史的な業績だろ?」

「そうね。企業としては全く隠す必要性はない。発表すれば、世界から垂涎の的になる。株価も上がってウハウハだろうさ。……でも、スパイラルからはそんな公式発表はされていない。つまり、では量子コンピュータを開発していないってことになる」

 頭がこんがらがってきた。

 量子コンピュータは開発されていない? じゃ、<STARS-6th Virgo>にあるのは量子コンピュータじゃないのか? いや、だったら「ミユキ」の存在は……。

「ぐわー! 全っ然分っかんねーよ!」

 頭を掻き毟った俺は、タカ姉にすっぱーんと打っ叩かれた。

「食べ物の上で頭を掻くな、バカ者! ……ったく、折角褒めてやったのに。……実際に量子コンピュータを創ったのは、あくまでスパイラルの社員だった幸俊おじさん。スパイラルって会社じゃない。……こう考えてみな、エータロ。<STARS>量子コンピュータが搭載されていない、と仮定すれば合点がいかないか?」

「――えっ?」

「つまり、幸俊おじさんが創った量子コンピュータは、みゆと接続リンクしてる<STARS-6th Virgo>にしか搭載されていないってこと」

「それって、どーゆーことだよ!」

「エータロ、声がデカい。……これから話すのは、あたしとセンパイが仮定した話だ。だから当然、瑞穂おばさんにもみゆにも言ってない。事実は違うかもしれないからね。だから、エータロ……アンタも絶対に喋っちゃダメだ。喋ったら……分かってんだろーね」

 俺は無言で何度も首肯していた。こめかみやら背中やらに冷や汗が浮かぶ。

「センパイが言ってたわ……幸俊おじさんの事故には不明な点が多いって。もしかしたら――」

「……事故を装った……殺人?」

 口にしたくない言葉が口を吐いていた。タカ姉が大きく頷く。

「……そう。量子コンピュータを作った幸俊おじさんは、それを<STARS-6th Virgo>に載っけて、打ち上げた。その後、量子コンピュータの作成技術ないし、設計図をスパイラルに求められた幸俊おじさんは、それを拒んで。……ただ、これはあたし達の推測の域を出ないし、証拠らしい証拠は何も無い」

 随分とキナ臭い話になってきた。

 幸俊おじさんが殺された——なんて話まで出てくるとは思いも寄らなかった。

 そして、今までの話の流れだと、既に幸にスパイラル・エンタープライズの監視が付いているって考えても一向におかしくない。

「つーかさ、環さんって一体何者? タカ姉の先輩で先進科学者だってのは分かったけどさ」

「……環センパイ? 今は北大生。センパイの頭ならMITだって楽勝のはずなのに、『外国メンドー』とか理由付けて北大にしたのよね。まぁ、単にカレシと離れたくないだけだろーけどな、センパイは」

「……」

「センパイのことよりも……エータロ、腹括れよ? さっきの仮定で話をするが、スパイラルが量子コンピュータを狙ってるとなると、それを手に入れる為にもみゆを狙ってくる可能性は高い。その上、あの娘は人工衛星と接続リンクしている貴重な人材だ。だから、みゆが狙われているんなら、その秘密を知るあたしたちも一蓮托生だ。……いいか? みゆのことしっかり護れ! ……あたしも、アンタとみゆを護る」

 そうだ。タカ姉の言う通りだ。幸俊おじさんが本当にスパイラル・エンタープライズに始末されたのだとしたら、それは最悪の事実だ。もしかしたら、俺たちにも同じ結末が用意されているのかもしれない。

 だが、冗談じゃない。自らに掛かる火の粉は残らず振り払ってやる。

「分かった」

 短い返事と決意の視線を真摯に返す。

 不意にタカ姉の視線が優しくなった。

「なーんてね。……本当はさ、今までの話があたしらの取り越し苦労で、これからも平和に暮らして行ければいいんだけどさ」

 タカ姉は勘定書きを手にして立ち上がる。

「今日は奢ってやる。感謝しな」

 鼻歌交じりにレジへと向かうタカ姉を、俺はゆっくりと追いかけた。

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