第22話 ちょっとばかり食い足りねぇ

 一際大きなハンバーグの切れ端が大きく開いた口の中に消えた。

「……はむ。……ん。これよ、これ! これってやっぱ、ソウルフードよね」

 口をもぐもぐさせながら、タカ姉がにんまりする。

 時計の針は午後七時を回ったところだ。

 俺とタカ姉は一階でこうしてスパバーグに舌鼓を打っているが、二階では幸と越智さんがクラスの女子どもに囲まれて、復帰祝に歓迎会と楽しんでいるはずだ。

 幸の奴は俺とタカ姉との食事にも顔を出したそうだったが、俺とタカ姉に諫められて、二階へと上がっていった。

「お待たせしました。ビールとソーセージのセットでございます」

 タカ姉の追加注文が来る。取り敢えず、スパバーグで腹拵えをしてから呑みに入る――いつものパターンだ。

 まずはジョッキをぐいっと呷り、「ぷはーっ」とやる様は丸っきり中年のオッサンと変わらない。

 俺もゴクンと唾を飲み込む。だがここで、「俺も呑みてぇ」などと、口走った日にゃ、何言われるか分かったもんじゃない。何ともシャクだったので、最後の一枚となったピザにフォークを伸ばした。

「タカ姉、ビールばっか呑んでないで、本題に入ろうぜ」

 ピザに刺さろうとした俺のフォークが、もう一本のフォークに邪魔された。

「残念でした! ……って本題って何よ」

 最後のピザもタカ姉の腹の中に消えた。八等分中、俺が食えたのは二切れだけだ。

「幸のことで話があるんじゃなかったのか? それで俺に同行しろって言ったんじゃねーのかよ」

 最後のピザも掻っ攫われ、俺はちょっとふて腐れてた。仕方ないので、残っていたスパゲッティをフォークに巻き付けて口に放り込む。

「冗談だってば。相変わらず、アンタはみゆのことになると必死よね」

「当たり前だろ? 瑞穂おばさんにもよろしく頼まれてんだから」

「……ふーん」

 タカ姉は鼻を鳴らすと、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し、ソーセージを刺したままのフォークを俺の鼻っ面に向けた。

「……『よろしく』ね。どう、よろしくするつもりなんだ? エータロ――」

 タカ姉の俺を見る眼差しが急に鋭くなって俺を射抜く。

「――大体の事情は分かってると思うけど、万が一、みゆの件がスパイラルにバレているとしたら、ちょいと面倒なことになる。……アンタはその面倒に巻き込まれる覚悟はできてんの?」

 背筋に震えが走りそうになるほど、気魄のこもった視線だった。

 だが、それに負ける訳にはいかない。

 俺はそれ以上に熱い視線をタカ姉に向けた。

「当然だ。妹を護らないで、何が兄貴だ」

「……その言葉、二言は無いな?」

「勿論」

「本当だな?」

「くどいぞ、タカ姉……って、お約束の遣り取りさせんじゃねーよ」

「ふん、ノリが悪いわねぇ。……まぁいいわ。アンタのその心意気や良し! 大分イイ男になったじゃないの? ま、これもあたしの教育のタマモノよね」

「……な、何自画自賛してんだよ」

 タカ姉に褒められるなんて、天変地異の前触れじゃないのか?

 にかっと笑ったタカ姉が、俺の頭をすぱーんと引っ叩く。

「痛ってぇ!」

 頭を押さえる俺にはお構いなしにウエイトレスを呼びつけると、もう一杯のビールを注文する。

 ウエイトレスが離れていくのを見届けたタカ姉は辺りを一瞥すると、今まで見たこともないような生真面目な視線で俺を見据えた。

 そして、声を落としてゆっくりと話し始めた。

「みゆの病気が治って、これからも生きていけるのは嬉しいけど、こんな事態になるなんて思わなかった。……それじゃ、エータロ。心して聞きなさい――」


 タカ姉がこの件に深く関わっているのは、偶然の積み重なりらしい。

 高校時代の先輩と幼なじみの父親が、同じIASA所属の先進科学者だった――それが一番の大きな理由だ。

 IASAは前にホームページを見た限りでは、眉唾物の疑似科学やトンデモ科学を大真面目に研究している好事家科学者の集まりだと思っていたが、実はそうでは無いらしい。

 まぁ、それは幸に提供された数々の先進技術を見てみれば分かる。

 この団体の本来の目的は、技術の進歩をその時代時代に合わせて適正化するように調整することなんだそうだ。

「技術進化の壁」という理論がある。

 これは次第に加速度を増していく技術の進化を、時間と当てはめてグラフ化した場合、時間軸に対して垂直な直線を漸近線に持つようなカーブに見える。

 そして、そのカーブが時間軸に対して完全に垂直になったとき、文明は終焉を迎えるという理論だ。これだけならまだ眉唾物、と無視できるかもしれない。

 だが、この理論を唱えたのがあのアインシュタインなのだ。

 相対性理論は受け入れられて賞賛されたものの、この「技術進化の壁」理論は一般には見向きもされなかった。だが、それに裏打ちされた事実を受け入れた一部の科学者たちがこのIASAの元となった団体を発足させ、今日に至るのだという。

 開発もしくは発見された技術や理論のうち、その時代や社会にそぐわないものはIASAによって歴史の影で管理され、それらが受け入れられる世の中になったとIASAに認められると、満を持した形で世に出てくる――実は相対性理論もその一つだったらしいのだが、それが為されなかったが故に、悲劇が起こった。

 広島、長崎への原爆投下である。

 幸の受けたサイバネティクスやナノテクノロジーの技術なども、今の世では表向きは実用化されていないが、実際にはIASAの管理下にあるそうだ。

「もしかして……二、三年前に実用化された『核融合発電』ってのもそうなのか?」

 エネルギーの変換効率も安全性も、核分裂を利用した、俗に言う「原子力発電」よりも数段優れている「常温核融合反応」による発電技術が実用化されたのは記憶に新しい。

「確かに、それにもIASAは関わっているけど、ちょっと違うみたい。あたしもさ、前に気になったから環センパイに訊いたことがあったんだけど、どーやらあれは、昔……福島で原発事故があったじゃない? あの影響で『核融合技術』の開発が急務になって、IASAも相当に注力したらしいの。だから、お蔵入りしてたものを出したって訳じゃないみたいね」

「例外もあるんだ。……でも、先進技術の多くはIASAが管理しているって考えでいいんだよな――」

 なるほど、これで合点がいった。

「――『世界初』の物理レベルでの量子コンピュータが<STARS>に搭載されているってことがスパイラルのホームページに載っていないのは、IASAから差し止められてるってことなんだ」

「……ほほう、エータロ。アンタ、そこまで自分で調べたんだ。結構やるじゃない! ちょっとだけ見直したぞ!」

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