第21話 ちょっと出来過ぎじゃね?

「おにーちゃん!」

 誰の声かは言うまでもない。

「よぉ、幸。……と、越智、さん?」

 予想外の人物が一緒に居たことに、俺は面喰らった。

 そんな俺に、にっこりと微笑んで会釈をする越智さん。

「こんにちは、伊東くん」

 何故、越智さんがここに居るのか、よく分からなかった。

 ちょっとしかめっ面の俺の背中をつついた幸の指が、そのまま通りの向こうの新しいマンションを指さした。今年の四月にできたばかりの背の高いマンションだ。

「あのね、仁美ちゃん家ってあそこのマンションなんだってー」

「はい、そうなんです。よろしければ、今度遊びに来て下さいね」

 笑顔のまま、越智さんが続けた。

「へぇ、そうなのか。実はご近所さんだった……訳だ」

 そう口にした途端、さっきのとんでもない考えが頭を過ぎる――あのマンションに住んでいる? ……幸を監視するのにはもってこいの場所じゃないか。やっぱり、越智仁美はスパイラル・エンタープライズのスパイなんじゃ——

 しかし、それは瞬時に消え去った。さっきと全く同じように――「それ、なんてラノベ?」

 幸が顔を歪めていた。

「おにーちゃん、何か……変」

「伊東くん、どうかしました?」

 越智さんも不安そうな表情になった。

 俺はかぶりを振った。

「何でもねーよ。……さぁ、帰ろーぜ」

 いくら何でも考えすぎだ。

 俺は自嘲気味に肩をすくめて歩き出す。

 越智さんは幸に連れられて天文部に赴き、入部手続きをしてきたそうだ。

 弱小クラブの天文部に、新人が来たもんで、幸はニコニコ顔だ。

「――うん、それでねー、色々話してたら、家が近いってことも分かったんだぁ。だからね、今度は一緒に天体観測しようよって話になったの」

「そうか。よかったな。これで、俺は御役御免ってところだな」

「えーっ! ……おにーちゃん、もうわたしと星観てくれないの?」

 急に泣きそうな顔になる幸。

「だってよ、越智さん居れば、俺なんか居なくたっていーじゃねーか。星好きが相手の方が話も弾むだろ?」

「それはそーだけど……。でもでもぉ、わたしはおにーちゃんも一緒に観てくれた方がとっても嬉しいんだけどな……」

 俯き加減の幸は一気にしょんぼりモード。

 ……全く、困った奴だな。

「分かったよ。お前が誘ってきたときは行ってやるから、そんな顔するな」

 苦笑しながら、幸の頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。

 くすぐったそうに目を細める幸。

 越智さんも目を細めて俺たちを見ていた。

「お二人は本当に仲がいいんですね。羨ましいです」

「えへへー」

「ま、仲がいいっつーか、こーゆー奴だからな。ちゃんと見てないと危なっかしいんだよ」

「すぐそーやって、子供扱いするんだからぁ」

 幸が喰って掛かってくる。

 俺はそれを軽くあしらってやる。

 いつもの反応、いつもの対応――俺と幸の日常だった。

「あ、仁美ちゃん、ここがわたしの家だよー」

「そうなんだ。じゃ、ここでお別れかな? ちなみに伊東くんの家は何処なんですか?」

「俺ン家はこの真裏。伊東輪業ってバイク屋だ。……ま、バイクだけじゃなく漁船のエンジンとかも扱ってるけどな」

「そうなんですね。それじゃ、今日は失礼しますね。……じゃ、幸ちゃん、あとでね」

「うん、あとでねー! バイバーイ」

 小走りに去って行く越智さんを、幸が手を振って見送る。。

 俺は目を丸くした。

「ちょ、幸! 『あとでねー!』ってどーゆーことだ?」

 まだ、心の何処かで「越智仁美スパイ説」が引っ掛かっているようだ。

「何驚いてるの? ……んとね、クラスの女子が全員で、わたしの復帰祝と仁美ちゃんの歓迎会を開いてくれるんだよー。いいでしょー! 本当はさ、おにーちゃんも連れてくつもりだったんだけど、ともっちが女子限定って言うんだもん」

「そうか。復帰祝に歓迎会か……浦田の考えそうなこった。まぁそれはいいが、今までも口が酸っぱくなるほど言ってるが、絶対に目のことを誰にも悟られるんじゃないぞ。浦田にも濱名にも和賀にも……それに、越智さんにもだ」

「そんなの分かってるよぉ。……そんなに信用ないかな、わたし?」

「信用してるとかしてないって話じゃない。そりゃ、お前が目のことを口にしないってのは分かってる。する訳ないだろ? そうじゃなくて、<STARS>に命令コマンドしたり、ミユキに話しかけたりするなってことだ。当然、ミユキからの返答にもだ。お前はその辺り、無意識でやっちまいそうで怖い」

 全く、何処から幸の秘密が漏れるか分かったもんじゃないからな。念には念を入れないといけない。

 幸は少々不満げに俺の話を聞いている。

「んーと、でもね、今は命令は出していないかな。ぜーんぶ、ミユキが聞いてくれるんだもん。だから、大丈夫!」

「それが危険だって言ってんだよ!」

「おにーちゃん、心配性過ぎる! ……ハゲるぞ」

 何てこと言うんだ、コイツは。……兄の心、妹知らずだな、全く。

「とにかく、歓迎会の間はミユキとの会話は禁止な。<STARS>のミユキにも伝えておけ。分かったな?」

「はぁい。……ミユキ、聞こえてた? ……うん、そう。悪いけど、歓迎会&復帰祝が終わるまではお話できないよ。あ、でも、お手洗いとかの間ならオッケーかも」

「それもダメだ! とにかく、歓迎会に行くときから家に帰るまでの間はミユキとの会話は禁止だ!」

「おにーちゃんのいけずー」

 自分でもここまでくどくど言うのは、小姑みたいで嫌だったが、それもこれも幸の為だ。

「……ちなみにな、俺も今日はタカ姉といずみ亭行くことになった」

「あー、おにーちゃんずるーい! わたしもおねーちゃんと行きたい!」

「無茶言うなよ。みんながお前の為に祝ってくれるんだろ?」

「そーだけどさぁ……。でもでもぉ、いずみ亭までは一緒に行こうね!」

「……なして?」

「だって、復帰祝&歓迎会もいずみ亭で六時半からだもん!」

 ……場所どころか、時間まで一緒かよ。

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