第19話 転校生がやってきた

「みんなぁ、ひっさしぶりー!」

「わっ! みゆっ! 生きてたかぁ! ……このぉっ、くぉのぉっ!」

「うわわぁ! ……ともっちぃ、痛いってばぁ」

 教室に入った途端、幸は浦田から手荒い再会の歓迎を受けていた。ヘッドロックを掛けられ、頭を拳でグリグリされている。

 続けて、クラスの女子連中が二人を囲んで、きゃっきゃうふふ、とやり始めた。

 だがしかし、俺はまだ教室には入っていないのだ。

「お前らなー、再会が嬉しいのは分かるけどよ、こんな入口でやるんじゃねーよ! 入れねーだろが!」

 全く、場所を弁えろってんだ。

「ぶー、おにーちゃん、いけずー」

 と言ったのは、幸では無く、浦田だ。しかも、幸の声色真似てやるもんだから、性質が悪い。

 そして、女どもが全員、口々に俺に文句を向けていく。

「そうだよ、伊東くん!」

「あたしたちが、どれだけみゆの心配してたか、分かんないの?」

 何故、俺ばかりがこんな非難をされねばならんのだ!

 何か言ってやろうとしてたら、浦田が「ハイ! えーたろーくんは後ろからねー」とか言いつつ、俺の目の前で引き戸をぴしゃり、と閉めやがった。

「……」

 今日は厄日だな。……始業式早々、あんまり過ぎる。

 何だか、怒る気も失せてしまって、がっくり肩を落として後ろの入口から教室に入った。

「これでは二学期も先が思いやられますなぁ」

 ニヤつきながら将輔が小突いてくる。

「うるせー、将輔。テメー、もう少し浦田をどーにかしやがれ!」

「……おれにどーこーできる訳ないだろ? 衛太郎、その辺は察してくれよ」

 そう言って、将輔は深い深い溜息を吐いた。

 こいつも苦労してんだなぁ……。

 俺と将輔がお互いの事情を察して、肩を叩きあっている間も、入口付近の女子の群れはきゃあきゃあ騒ぎ続けていた。

 前の引き戸が再び開く。

「何しとんだ、お前らは? ……おっ! 佐寺、今日から復帰か。おかえり、だな」

「ただいまでーす、塩谷センセー」

 塩谷はぺこりと頭を下げた幸の肩をぽん、と叩く。

「よーし、HR始めるぞー。女子ども、席に戻れ」

 教壇に向かう塩谷の後ろに、一人の女子が続いていた。と言っても、クラスの女子じゃない。すらりとした長身の美人だ。

 身長は明らかに幸よりも高くて、見たところ百六十五センチくらいか。背中までのセミロングの髪の毛が、ちょっと赤みがかっている。理知的な印象のする眼鏡をしている所為か、クラスの女子連中よりも随分と大人びて見える。

 隣の席の遼平がひゅう、と軽く口笛を鳴らした。

細越ほそごえ、口笛は止せ、どっかのおっさんみたいだぞ?」

 塩谷の苦笑交じりの冗談に教室が沸いた。

 それを両手で制しながら、塩谷が黒板に向かう。

「まぁ、見ての通り、転校生だ。名前は『越智仁美おちひとみ』さんだ。まぁ、お約束の一言だが、みんな、仲良くしてやってくれ。間もなく、学校祭もあることだし、しかも今年は百周年だ。越智さん含めて、全員で盛り上がるように。……んじゃ、越智さん、自己紹介を頼む」

 越智さんは塩谷ににっこりと相槌を打つと、俺たちに向かって深々とお辞儀をする。

「越智仁美と申します。神奈川県からやってきました。趣味は天体観測で――」

 自己紹介もまだ途中だというのに、割り込んできたバカがいる。

「やったぁ! 天文部へごあんなーい!」

『天体観測』の一言に、あのバカは条件反射で立ち上がっていた。しかも、満面の笑みを浮かべて、万歳までして、だ。

「……はぁぁぁぁ」

 頭を抱えたくなった俺は、大きな溜息を吐くばかり。

 咄嗟の衝動を抑えきれなかった幸は、我に返って照れ笑い。

「あはははは……」

「佐寺……復帰早々テンション上々じゃないか。だがな、部員の勧誘はHRが終わってからにしてくれ。……と、越智さん、自己紹介が中座してしまったな。続けるかい?」

「大丈夫です。少なくとも、佐寺さんとは仲良くなれそうですし」

 そう言って幸に向かってウインクをした越智さんは、クラスをぐるっと見渡して、再び会釈をする。

「よろしくお願いします!」

 うんうん、と軽く首を振った塩谷は、出席簿を教壇でとんとんと整えると、教壇を降りて、再び口を開いた。

「あー、出欠取り忘れたが、全員居るよな? ……予鈴鳴ったら、体育館に行くように。始業式、サボるんじゃねーぞ? ……特に衛太郎!」

 何で、俺が槍玉に挙がるんだよ!

 やっぱり、今日は厄日だ。そうに違いない。

 そして、眠いだけの始業式が終わり、帰りのHRも片付いて、二学期の初日はこれにて終了となった。

 幸から喰らった電撃の効果もすっかり抜けて、眠気も最高潮になってきた。

 こんな日は、とっとと帰って寝ちまおう。

 鞄を引っ掴み、教室から出ようとする。

「あばよー」

「あ、おにーちゃん、帰るの?」

 振り返ると、幸と越智さんが居た。

「ああ、帰る。今日は厄日だ。帰って寝る」

「そっかぁ。朝から眠そうだったもんね。寄り道しないで帰るんだよー」

「……あのぉ」

 越智さんが恐る恐る割り込んできた。

「あ、ゴメン、仁美ちゃん!」

「ううん、違うの。……幸ちゃん、伊東くんのこと、『おにーちゃん』って呼んでいたけど……実は兄妹なの?」

 当然至極な質問であった。と言うか、今のクラスでも、一学期当初は事情を知らない連中から、越智さんと同じ質問を何度もされたか分からない。

 確かに「おにーちゃん」なんて、幼なじみとは言え、あまり呼ばないだろうしな。事実、もう一組の幼なじみペア、将輔と浦田の間ではそんな呼び方してるのは聞いたことが無い。

「俺と幸は幼なじみでね。親同士も仲良かったんで、兄妹のように育ったんだよ。そんなんで、コイツは俺に取っちゃ妹分、幸にしてみれば俺は兄貴分なんだ。……まぁ、気分的には保護者だけどな。で、小さい頃からの呼び名、『おにーちゃん』が未だに抜けていないのさ。……おこちゃまだろ?」

 俺は含み笑いしながら、越智さんに教えてやった。

 越智さんは「そんな」と苦笑していたが、幸は膨れっ面だ。

「おい、どーした? 幸?」

「……おこちゃまって言ったぁ」

「言葉のアヤだよ。いっつも言ってんじゃん。……越智さん、幸のことをよろしくお願いします」

 俺は大仰に越智さんに深々と礼をする。

「いいえ、お世話になるのは私の方ですよ」

「おにーちゃんは早く帰って寝るの!」

 幸はしっしっとばかりに、俺に向かって手をぱたぱたさせていた。……いつもなら笑って受け流すのに、今日は不機嫌だな。

「じゃーな」

 あかんべをする幸に肩を竦めながら、俺は教室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る