第18話 だから眠いって言ってンだろ!
「……んじゃ、行ってくるわ」
玄関にデカい欠伸を残し、重い身体を引きずって、家を出る。
今日は始業式――二学期が始まるというのに、何と言う気合いのなさ。別に、気負ってお勉強してますって柄じゃないが、それでも、最初と最後はしっかりとしてた方が気分もいいじゃないか。
「おにーちゃん、おっはよー! ……てゆーか、どーして朝から背中を丸めてるの? 朝ごはん、食べ損なった?」
ぽんぽん背中を叩かれていた。
確かめるまでもなく、幸だ。
「よぉ」と振り返ると、途端に幸の目が丸くなった。
「ちょっと、おにーちゃん! ちゃんと寝たの? すっごい顔してるよぉ……」
圧倒的に寝不足なのは幸に言われるまでもない。何時に寝落ちしたのかは知らんが、恐らく大した時間は眠ってないだろう。
幸が学生鞄の中から、小さな鏡を取りだして、俺に向ける。
その中に、目元に酷い隈を作った厳つい男が映っていた。
「……」
「ねぇ、おにーちゃん。休んだ方がいいんじゃないかなぁ。見ているわたしの方が辛くなっちゃうよぉ」
幸は堪りかねたように言った。
そうしたいのは山々だが、始業式当日から学校を休むってのも、出鼻挫かれたみたいで、俺としては嬉しくない。
「ま、何とかなるんじゃね? どーせ、午前中で終わりだしな」
「おにーちゃんが大丈夫って言うんなら、いいけど……」
「俺の心配よりも自分の心配をしろって。何せ、お前は『睡眠皇女』なんだからな」
「まーた、それ言うんだから! ……でもねー、わたしはもう大丈夫なんだぁ」
幸は胸を張って「えへんぷい」とやっている。
「大してデカくもねぇ胸突き出して、なに威張ってんだよ」
「ひどーい! これでも気にしてるんだぞぉ! ……んとね、わたしが寝そうになったら、ミユキが起こしてくれるんだって!」
俺は鼻で笑った。
すぐ隣にいない上に姿形のない<STARS>のミユキが、どうやって睡眠皇女を起こすって言うんだ?
幸の「睡眠皇女」の二つ名は伊達じゃない。起きないときは何をやっても起きない。自ら目を覚ますのを待つしかないのである。
今や、我が校の教師陣が匙を投げるほどで、授業中に幸の居眠りを見つけても誰も咎めやしない。大抵は顔を顰め、溜息の一つも漏らして、そこで終わりである。
それもこれも、幸の成績が文句の付けようがないくらい優秀で、睡眠学習でもしてるんじゃないか、と思わせるほどだからだ。
「熟睡すると、テコでも起きねー
俺は含み笑い。
幸はすぐに喰って掛かってくる。
「すぐそーやって馬鹿にするんだからぁ。……でもでもぉ、本当に目がバッチリ覚めちゃったんだよー。実はね、わたしも今朝はすっごく眠たかったんだぁ。昨日の夜は眠くなるまでずーっとミユキとお話してたから。でね、ちょっと前に、ミユキと『始業式の最中に寝ちゃったらどうしよう』って話してたら、『ワタシが起こしてあげる』って言ってくれたの。わたしだって、自分が寝ちゃったら簡単には起きないのは知ってるから、どうやるか試しにやってもらったのよねー。そしたら、これが効くのなんの!」
大仰に手を広げて、「すっごいんだよー!」と笑う。
しかしまぁ、目覚まし時計の役割までさせられるのか、<STARS>は。
最先端の人工衛星の使い方を完全に間違っている。
ミユキの「声」は幸の聴神経に直接送られるパルスらしいから、とんでもないノイズみたいなのを送り込むんだろうか。
笑いを押し殺していると、幸が俺の袖を引っ張った。
「ねぇ、おにーちゃん。ミユキがね、どーやってわたしを起こすのか、体験させてあげるって!」
「はぁ?」
俺は藪から棒の申し出に、目をぱちくり。
<STARS>って幸にしか影響しないんじゃないのか?
「そー言えば、そーだった。どーするんだろ? ……ねぇ、ミユキ? どーすればいいの? ……うん、ふむふむ。……オッケー!」
ミユキから説明を受けた幸が俺に両手を差し出した。
「まずね、わたしの両手をつかんでー。うん、両手で。……そうそうフォークダンスの時みたいにね」
イマイチ要領を得ない俺は、言われるがままに幸の手を掴む。
幸の小さくて綺麗な手が、デカくてゴツい俺の手にすっぽりと包まれた。右も左もだ。
「えっへへー。おにーちゃんと手繋ぐの、久し振りだぁ」
幸が嬉しそうに微笑む。声も何となく弾んでいる。何を喜んでんだか。
「それにしても、手があったかーい。うふふ、本当に眠いんだねー」
「だから、さっきから眠てぇって言ってんだろ? ……ほれ、とっとと俺の目を覚ましてみろ」
図星言われてシャクだったから、そんな強がりを言ってみたんだが――
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
思わず飛び出した叫び声に、幸の目が大きく見開いた。
アニメ的表現が許されるのなら、俺の口からは煙が出ていたはずだ。
……た、確かに、こりゃぁ……効くわ。
俺は感電していた。幸の手から電気が流れてきたのだ。冬場の静電気なんて比べものにならない。
手から電撃迸らせるなんざ、どっかのアニメのヒロインかよ……って、幸の身体にもこんな電気を流してるのか? 急に心配になってきた。
「み、幸っ! お前は大丈夫なのか!」
両肩を掴んで捲し立てたもんだから、幸の方がきょとんとしている。
「……うん……だいじょうぶ、だよ? 今のは、わたしは指がちりりって感じただけだったし、さっきわたしがミユキから受けたのは、今のおにーちゃんのよりも、ずっと弱かったと思う。……ミユキ! やっぱり強かったんじゃないの? もう少し加減してよ。……えっ? ……うん、うん――」
どうも、ミユキに苦言を呈しているらしく、後半は空を見上げながらの言葉だった。
「――ミユキがね、おにーちゃんに『ごめんなさい』だって! あとね、体外への出力だったから、加減が分からなかったんだって。……でね、これって、わたしの生体電流をナノマシンで増幅して、指先から放電したんだって」
デンキウナギかナマズだな、こりゃ。
心なしか、身体が軽くなっていた。
始業式だからって意気込んで、力んでいたのが無くなった感じだ。幸から喰らった電撃が余分な力を抜いてくれたのかもしれない。当然、眠気も何処かへ吹き飛んだ。この辺りは感謝しないといけないかな。
「んーっと!」
俺は鞄を持ったまま大きく伸びをする。
それを見ていた幸も真似をして一緒に伸びをする。
「取り敢えず、目は覚めた! ……ありがとな、幸」
「どーいたまして! さっ、行こっ!」
幸が先に駆けだしていた。
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