第16話 名前を付けてやる
「えっ! さっすがはおにーちゃん! で、なになに!」
身を乗り出して、はやる幸を焦らしながら、俺は満を持して、これ以上は無いってくらいに外連味たっぷりに口を開く。
「まぁ、落ち着け。……それぞれの単語の頭文字を並べるとだ、『MIJUCI』となる。そのまま英語読みだと『みじゅし』になるが、Jはドイツ語だとヤ行の発音になるはずだ……確か。で、Cもカ行での発音があったはずだ。そーすりゃ、どーなる?」
「……んーと、つまりはJをY、CをKに置き換えればいーんだよね? ……って、それって『MIYUKI』になるっ! ……すっごーい! おにーちゃん、天才っ!」
俺は相当なドヤ顔になっていたはずだ。
幸の大喜びで、手放しの賞賛が心地よい。
「あなたの名前は今から『ミユキ』! もう一人の
俺を褒めまくっていたのも束の間、幸は<STARS>との会話に戻っていた。
「……」
俺には存在すら感じ得ない<STARS>のミユキ。
しかし、幸はすぐ隣にいるような話しっぷりだ。
その様子は本当に楽しそうで、俺も気付くと目を細めて見ていた。
だが、それは幸の話し相手が三万六千キロ上空に浮かぶ人工衛星だと分かっている俺だから優しい目で見られるのであって、そうでなければ眉を顰めるに違いない。
孤独にむせぶ女子が、友達のいない寂しさから「エア友人」を作り出し、その存在に笑顔で話しかけている――今の病んでいる世の中じゃ、あながち有り得ない話でもない。
そんな風に幸が見られないようにようにしないとな。
「幸、お楽しみのところ悪いんだが……」
幸は<STARS>の方を向いて、つまりは夜空を見上げて今尚談笑中だった。
「――ん? どーしたの? ……あ、ごめん、おにーちゃんのこと、完全にほったらかしにしてたね……」
「んなこたぁ、どーでもいいさ。お前が楽しけりゃいいんだが……ただなぁ、<STARS>のミユキとの会話だが、少し考えた方がいいぞ」
「えーっ!」
「勘違いすんなってば。話しすんなってことじゃ無くて、工夫しろってことだ。……俺以外の人前で、今みたいにしててみろ……間違いなく電波女にされちまう」
俺の言葉にミユキもはっとする。
「……あっ、そっかぁ。……前に
そう言って、ポケットからスマホを取り出して、耳に当てる。
なるほど、本当に電話にしちまおうってことか。確かに、それなら、誰かと電話しているように見える。
「まぁ、いいかもしれんな。……とは言え、人前ではできるだけミユキとは話さないようにしておけよ? 何処でボロ出すか分からんからな、お前は!」
「そんなことないですよーっだ! ねっ、ミユキ!」
「<STARS>に同意求めてどーすんだよ、お前は!」
この調子でこれから過ごしていくのかよ。明日からは学校も始まるってのに……。
幸の相手をするのが決して嫌になった訳じゃ無いが、更に大きな問題が一つ積み上がったような気がする。
「はぁぁぁぁぁ……」
図らずもデカい溜息が漏れていた。
丸まった背中がトントン、と叩かれた。
「おにーちゃんもホント、気苦労が絶えないよねぇ」
「全くだ。……って、お前がそれを言うのかっ!」
両手を振り上げて叫ぶと、幸がペロッと舌を出して逃げ出す。そして、非常階段の降り口で立ち止まると俺に向き直った。
「……えへへ、おにーちゃん? わたしはさぁ……本当におにーちゃんには感謝しっ放しなんだよー。今まで、本当にありがとうございます! そして、これからも<STARS>のミユキともども、よろしくなのであります!」
幸は深々と礼をしたかと思うと、びしっと敬礼してにっこりと笑う。
やれやれ、度し難い甘えん坊だ。だが、そんな笑顔見せられたら、断れるはずも無い。
「……ああ、よろしくしてやんよ、俺の手離れるまではな! 覚悟しとけ!」
「はいっ!」——とまたも俺に敬礼を向ける幸は何処か嬉しそうだった。
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