第15話 そんなのお前が考えろ
幸は腰に手を当てて、俺を睨んでいる。いつもは俺を見上げるんだが、場所の関係で幸が俺を見下ろしているもんで、珍しく高圧的だ。
「おにーちゃん! 帰って寝るんじゃなかったの?」
「お前が本当に大丈夫か心配だったんだよ!」
「……うう、馬鹿にしてぇ。でも、いいよ! 許したげる。……ねぇねぇ、それよりさ、<STARS>がわたしとお話できるようになったんだよっ!」
目をキラキラさせて、ワクワク状態の幸。
「どうも、そうらしいな。つーか、本当に<STARS>なのか?」
さっきまでの幸とのやりとりを見てると、間違いなさそうなんだが、あまりにもSF過ぎて、イマイチ信用しきれない。
幸が頬を膨らます。
「あー、信用してないなぁ? 嘘じゃないよ? 絶対に本当なの!」
「嘘だとは思っちゃいないさ。……でもよ、どうやって会話してるんだ? お前やおばさんの話だと、手術したのは『目』だよな? どうやって<STARS>の『声』を聞いてんだ?」
俺の疑問に、幸はきょとんとした顔になった。
「うーん、普通に聞こえてくるんだけどな。……でも、確かに、言われてみればその通りだねー。……ねぇ、どーしてなの?」
後の方の疑問文は空を見上げながらだったから、俺に対してじゃないらしい。
「……うん、うん。……へぇ、なるほどねっ! ……んとね、わたしの目のナノマシンの一部が聴神経にも入っているんだって。それで、そこから、神経パルスとして、『声』を送り込んでいるんだって!」
「なるほどね」
考えてみれば、幸の目への「命令」は音声入力。つまり、聴力に依存しているから、聴神経にもリンク用のナノマシンがあっても不思議ではない。
「……」
未だに疑心暗鬼の顔をしている俺に、幸が口を尖らせる。
「でも、ホントなんだってばぁ! だって、この子は、<STARS>の量子コンピュータによって生み出されたすっごーい子なんだから!」
そういえばそうだった。
<STARS>に搭載されているのは量子コンピュータ――初めて<STARS>を紹介してもらったときに確かに聞いた。
最新式のスーパーコンピュータでも数千年かかるような計算を、ほんの十数秒で解いてしまうほどの処理能力を持っているのが量子コンピュータ。確かに、そんな桁違いの性能のコンピュータであれば、そういった仮想人格みたいなものが生まれても何の疑問もない。
「しかも、ニューラルネットワークタイプなんだって。だとしたら、ほとんど人間ののーみそと変わらないと思うんだ。すっごいなぁ」
それ以上何も言えなかった。……まぁ、そんな嘘で俺を担いだところで、幸には何のメリットもないから、本当なんだろう。
その間にも幸と<STARS>の会話は続いていたようだ。
「うん……そっかぁ。……って、あなた、名前無いの? ……えー、無いんだぁ。がっかりぃ……ん? ……まるちぷる・いんぷっとしすてむ? ……じゃすてぃふぁいど……ゆーざー・こねくてぃんぐ・いんたーふぇいす? ……うーん、何か違うなぁ……」
しょんぼり顔の幸が俺に向き直った。
「おにーちゃん、この子、名前が無いんだって」
「<STARS>って立派な名前があるんじゃねーの?」
「それは人工衛星全体の名前だよぉ。わたしが言ってるのはこの子のな・ま・え! わたしと<STARS>の橋渡しをしてくれるプログラムなの、この子は」
プログラムに名前を付ける、なんてのは幸らしいとは思う。だが、会話している相手が名無しってのは確かに嫌だよな。
「でね、プログラムの名称は多分、”Multiple Input-system Justified User Connecting Interface"だと思う」
「随分と長ったらしい名前だな」
「だよねぇ……」
俺の答えに幸も腕を組んで、うんうん、と首を縦に振った。
「日本語にすると……えーと、利用者に合わせた複数の入力システム……を備えたインターフェイスってところか?」
「おー、お見事! おにーちゃんの英語力も少しは上がったね!」
「……一言多いんだよ、お前は。なるほど、幸に合わせて、会話型のインターフェイスになってるってことなのか? ……にしても、日本語にすると、センスの欠片もねーな。やっぱ、こーいったのは英語の方がカッコいいよなぁ」
「ねぇねぇ、名前、何にしよ?」
「そんなのお前が考えろ! お前の人工衛星なんだろ?」
自分で言っといてなんだが、「お前の人工衛星」って凄いスケールだよな。
幸は、「えー、おにーちゃん冷たいー」、と俺の腕を掴んでぐるぐると振り回す。
そんなことしてる暇があれば、自分で考えればいいんだよ!
更に「いけずー」だの、「けちんぼ」だの、小学生並みの不平不満を漏らしてくるから、煩い上に鬱陶しい。
「あー、分かった分かった。……全く、少しは自分でも考えろ」
幸は「分かってるってばぁ」と言いながら、目の色はワクワクで一杯だ。
やっぱり、俺に丸投げかよ。
「やれやれ……」
もう溜息しか出てこない。
英語のこういった長ったらしい名称の場合、よくあるパターンと言えば、アレしかない。それを頭の中で反芻している内に、ネーミングの神が舞い降りた。
思わず口角が持ち上がる。
紡ぎ出されたのは、あまりにも見事過ぎて、自分の才能が怖くなるほどの、完璧さ。昨晩の「人工衛星少女」みたいに、コイツに窘められる可能性は皆無と言えよう。
「よーし……幸。いいのを思いついたぞ?」
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