第14話 かくれんぼしてる訳じゃねぇ

 俺は反射的に頭を引っ込める。……見つかったか?

 だが、幸が俺の方に向かってくる気配はない。

「誰なの? ……何処に居るの?」

 いかにも不安げな幸の声に、俺は恐る恐る屋上に顔を出した。

 幸がキョロキョロと辺りを見回していた。

「何処?」

 高階医院は地上四階建て、ここはその屋上だ。この辺りにあるここ以上の高い建物は春にできたばかりのマンションだけだ。だが、そのマンションもここから結構な距離がある。

 屋上に至るルートは俺の居る非常階段以外だと、院内から繋がるドアしかない。しかし、そのドアも固く閉ざされたまま。

 何処に幸をストーキングしてる奴が居るってんだ?

 俺の警戒心も最大になる。刺すように視線を周りに送るも誰もいない。

 と、なると……やっぱり俺しか居ないよなぁ。

 流石に観念して、俺は溜息交じりに屋上に戻ろうとした瞬間――

「へっ? ……もっと、上ぇ!?」

 ……上? 幸は俺の気配に気付いて、怯えていた訳じゃないのか?

「Virgo……3rd? はにゃっ! ……じ、人工衛星が喋ったぁ!?」

「――!」

 これには幸ならずとも、最初は俺も驚いた。

 だが、よくよく考えてみれば炊飯ジャーでさえ喋る時代なのだ。人工衛星が喋ったとしてもおかしくはない。確かにおかしくはないが——

「確かにそうよね……うん……うん……あ、そうなんだぁ……」

 幸は空を仰いでいた。

 本当に人工衛星と話をしているのであれば、夜空を見上げるのも納得はいく。しかも、その様子が誰かと会話している、と勘違いしてしまうくらい、会話プログラムは高度ってことだ。炊飯器と一緒にするのは失礼かもしれない。昔、幸がパソコンで作った人工無脳チャットボットのレベルよりは遙かに上だってことだ。

 たった一つの気掛かりは、幸の目の前には誰もいないってことだ。まぁ、人工衛星と会話をしている——と言うのであれば、目の前に居られても困る。

 だったら、どうやって会話をしてるんだ? そもそも会話の相手は、本当に人工衛星なのか? ……分からん。全然分からん。

「……でも、本当に<STARS>なの? 信用していない訳じゃないけど、もしかしたらってこともあるでしょう? ……おにーちゃんにもいっつも言われてるし……」

 エラいぞ、幸! いい心掛けだ! ……うむ、常に何事にも用心すべし――結構結構。俺の教えをちゃんと実践してるな!

「……えー、そんなの簡単だよ。だって、おにーちゃん眠そうだったから、先におうちに帰したもん。だから、家で寝てるに決まってるでしょ? ……えっ? うっそぉ! ……ふーん、よーし、分かったよ!」

 どうしてここで俺が出てくるのかはわからんが、幸がこっち――非常階段に向かって真っ直ぐに歩いてくる。

 見つかったのか? いや、そんなはずはない――などと思いつつも、身体は階段脇の壁に張り付いていた。

「おにーちゃん? 居ないのぉ? 隠れてないで出ておいでー。怒ったりしないからぁ」

 そう言われて出て行くほど、俺もお人好しではない。息を殺して気配を消した(つもり)。

「……やっぱり、居ないよ? ……えっ? 階段脇の壁に張り付いてるの?」

 幸の話し相手はやっぱり<STARS>なのか? だから、空から俺の姿をキャッチしてるのか?

 こめかみから頬に掛けて汗が伝った。幸の気配が一段と俺に近づいてくるのが分かる。

 そして――

「おにーちゃーん! ……見ぃつけたっ!」

 幸は屋上の縁に立ち、壁に張り付く俺の頭上から声を掛けていた。指鉄砲で俺に狙いをつけて、「バンッ!」と得意満面だ。

「参った。……つーか、なして俺、隠れなくちゃいけなかったんだ?」

 俺は諸手を挙げていた。

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