第12話 俺はそんなにセンスがねーのかよ?

「この人工衛星はね、わたしの眼をサポートしてくれる人工衛星なんだよ!」

「……サ、サポートぉ? 人工衛星? ……<STARS-Virgo 1st>?」

「うん! わたしの目……人工衛星と繋がっているんだよっ! ……あそこにあるのは三基ある副衛星の一つだけどねー」

 地球の赤道上空、約三万六千キロメートル先には静止軌道がある。この軌道を回る衛星は地球の自転と同期して移動しているため、地上からは上空の一点に見かけ上静止しているように見える。

 この軌道にある人工衛星を静止衛星と言うが、幸の眼――視覚システムは静止衛星<STARS>にリンクされていると言う。

「……あまりに突拍子も無いよねー。本当はね、わたしにもよく分からないんだぁ」

 あまりにも狐に抓まれた様な俺に、幸は「えへへ」と苦笑していた。

 それでも、幸の話をかなり大雑把に要約するとこういうことらしい――

 幸の眼球、網膜、視神経はIASAから提供された生体金属バイメタル製のナノマシンで構成されている。これらが、それぞれの器官の代役を果たしてくれるが、眼球を経て網膜に映った像は、そのまま脳へ送っても処理することができない。脳が処理できる形式フォーマットになっていないからだ。

 これを脳で処理できるようにする為に、一旦データを<STARS>に送り、変換コンバートした上で視神経に返還フィードバックして、脳へと伝達する。

 ここで問題となるのは幸と<STARS>との通信手段だ。何せ、地上から遙か三万六千キロメートル離れた静止軌道上の人工衛星とのやりとりだから、タイムラグが心配になる。

 しかし、これもIASAの技術である「時粒子タキオン同期法」により、タイムラグ0での通信が可能となった。

 更にイメージ処理の時間なんかも、<STARS>に搭載された実用化レベルで物理的に作成された、世界初の「量子コンピュータ」に掛かれば、これも0に等しいので、何の問題も無いという。

 ――などと、分かったような気になっているが、現在の技術水準を大きく凌駕していて、俺自身は理解できたかどうかは分からない。

 とにかく、話のスケールがデカ過ぎだ。

「スゲー話だな。お前の為に人工衛星を一基使っちゃうなんてよ」

「うん、わたしもそー思う。……でも、そのおかげで、わたしの生命も視力もあるんだから、すっごく感謝してる。……あ、そー言えばね、おとうさんが死んじゃう二週間くらい前だったかな? そのときも屋上ここでこーやって、おとうさんと二人で星観てたんだ。そのときにおとうさんがね、さっきのわたしみたいに指差して言ったの。『あれは幸の星なんだよ』って。あのときは意味が分からなかったけど、今やっと分かったんだぁ」

 父親の話をしたからか、幸の声が少し寂しげに聞こえた。

「……悪かったなぁ。おじさんのこと、思い出させちまったか」

「ううん。大丈夫だよ。……だって、わたしには……おにーちゃんがいるもん!」

 ちょっとだけはにかんだ風の幸。一体、その台詞の何処にはにかむ要素があるってんだ。

「そりゃどーも。……けどな、俺はもう『親子』に間違われるのはゴメンだぞ?」

 父親のように慕ってもらうのは悪い気はしないが、現実に二人のところを親子に間違われたことがあるんで、気分的にはフクザツだ。

 幸がちんちくりんな上に童顔で、俺がデカくてオッサン臭い風貌をしてるってことだろうからな。

「んもー、そーじゃないってば! どーして分からないかな……この、トーヘンボク」

 幸が頬を膨らます。

 コイツの喜怒哀楽の激しいのは、何時になったら直るんだ? 傍から見てる分には面白いかもしれないが、少しか感情を隠せるようにしないと、幸自身が後々困るんじゃないか、とこっちが心配になる。

 ……と、これだけ幸のことに心を砕いている俺に対して、「唐変木」とはあまりにも非道い言い草じゃねーか。

 だが、混ぜっ返すのも何だから――俺は空を指さす。

「で、あの人工衛星……<STARS Virgo>だっけ? あれが幸の『眼』、そのものって訳だ」

 人工衛星のことで話をはぐらかすと、こっちの思惑通りに膨れっ面がころっと変わった。

「うん、そうそう! "Virgo"ってのは『おとめ座』のことなんだぁ。……えへ、わたしにぴったりだよね!」

「そーですね」

 これは、ほとんど棒読み。

「でっしょー?」

 幸が笑う。

 そのとき、ちょっと閃いた。

「つまり、あれはもう一人のおまえって訳だ。……よーし、幸、お前に名前を付けてやる」

「……名前? わたしには『幸』って立派な名前あるよ?」

「渾名みたいなもんよ。ま、お前にゃ既に『睡眠皇女スリーピング・プリンセス』ってのもあるけどな」

「それはあんまり嬉しくないよぉ……」

「だろ? だから、ちょっと考えてみた。……『人工衛星少女』! どーだ、カッコいいだろ?」

 俺にしてみりゃ、中々ナイスなネーミングだと思ったし、気に入ってくれると思ったから、少し口角を上げ気味に、にやりとドヤ顔をする。

 しかし、幸は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「おにーちゃん、センス悪すぎぃ。ダサいって言うか、野暮ったい!」

 ……こ、こいつ、俺の会心のネーミングを全否定しやがった!

「だったら、何ならいーんだよ」

「うーん、そーだなぁ。それなら……『サテライト・ガール』って方がスマートだしカワイイよ」

「なんでぇ、俺が言ったのをただ英語にしただけじゃねーか」

 俺の悪態をにっこり笑って受け流し、幸はその場でくるりと一回転して、人差し指を立てて得意気に言った。

「うん、『サテライト・ガール』……略して『サテガ』!」

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