第11話 俺は星には興味がねーの

 天文指導員の資格を持っている幸は、夏休みや冬休みの長期休暇になれば青少年科学館に出かけて、小中学生相手に星の説明なんかをやっている。だが、今年の夏休みは手術だのなんだので休んでいた。その反動もあってか、今夜の説明はいつもにまして、懇切丁寧だ。

「……あのよぉ、俺は毎度毎度同じような話聞いてんだから、テキトーでいーんだよ」

「そんなこと言わないでよぉ……。今年はまともに天文指導員の仕事できなかったんだから、少しはそれらしいことさせてよ。まずはねぇ――」

 俺の回答を待つまでもなく、幸の解説が再開する。

 秋の夜空には明るい星が少ないだの、みなみのうお座の一等星はフォーマルハウトだの、その隣の明るい星は木星だの、と講釈しまくりだ。

 俺にはどーでもいい話なんだが、そんなときの幸の顔を見てると顔が綻んでくるのが自分でも分かる。

 目をきらきらさせて、弾むように話す様は、本当に楽しそうなのだ。

「――とまぁ、こんなところかなぁ。秋の夜空の解説は。……あ、おにーちゃん、いい顔してるー。私の説明、分かりやすかったんだね!」

 ビミョーに勘違いしてるみたいだな、コイツは。……まぁ、いいか。

 俺はいつもの昼寝用ベンチに、寝転がった。

「おにーちゃん! 横になるのはいーけど、寝ちゃわないでよ? 風邪引いちゃうんだからっ!」

「……睡眠皇女スリーピング・プリンセスのお前に言われたかねーよ」

 幸は授業をサボることがほとんどない代わりに、よく居眠りをする。それで「睡眠皇女」の二つ名がある。その割に、成績が校内トップクラスなんだから、頭のデキが違うんだろう。羨ましい限りだ。

 雲一つない、いい星空だ。

 こんな夜は、一杯引っかけながら見るのがいいんだがな。

 ふと、幸の持ってきたコンビニ袋が目に入る。ごそごそ中を覗いてると、ノンアルコールの缶チューハイが出てきた。

 ほう、中々気が利いてるじゃないか。ノンアルなのが、幸らしいが。

 去年の夏祭りの時に、酒かっ喰らってウロウロしてたら、先生に見つかって大目玉もかっ喰らったことがあったからな。

「幸ー、コレ、ありがとなー」

「うんー、付き合ってくれたお礼だよ!」

 缶をひけらかす俺に笑いかけて、幸は再び空を見上げて、星空の散歩に戻っていく。

 俺は缶詰のヤキトリに目を落として、爪楊枝で突ついていた。

 ただ、いつもは物言わず黙って空を眺めたり、望遠鏡を覗いている幸だが、今夜はぶつぶつ独り言を呟きながら空を見上げている。

「う、うわぁ!」

 いきなりの素っ頓狂な声に、爪楊枝の先からヤキトリがぽろっと落ちた。

「バカヤロー、妙な声出してんじゃねぇ!」

「……」

 幸は空を見上げたまま動かない。

 気になった俺は、缶詰とチューハイを持ったまま幸の後ろにまで行く。

「どうした? 幸」

「おにーちゃん……わたしの眼……凄い、凄すぎぃ!」

 目を輝かせて俺に振り返る幸――こうやってまじまじとその眼を見ても、作り物とは思えないほどの精巧な出来だ。

 それが凄いのはよく分かるが、幸が何を凄いと言ってるのかはさっぱり分からない。

「んとね、わたしの眼、サイバネティクスなの」

「それはさっき聞いた」

「でね、この目だといろんなことが出来るんだ。望遠鏡みたいになったり、顕微鏡みたいになったりするの!」

「……はぁ?」

 俺の疑問符がもう一つ増えた。

「おかあさんから、最大で望遠鏡換算だと肉眼のx200倍、顕微鏡換算だとx1,000倍相当だって聞いてたけど、本当だった! ……今ね、木星を観ていたの。でね? 倍率を上げていったら、ちゃんと、縞模様も見えたんだよ。それに、ガリレオ衛星も!」

 ……それはつまり、SFなんかでよくあるサイボーグとかの特殊能力みたいな奴か?

「もしかしたら、これもできるのかなぁ? 『メシエナンバーとバイエル符号も投影して!』……わ、わ、わ! すっごーい! これって、天然のプラネタリウムだぁ!」

 最早、俺に向かって言ってるのか、独り言なのか分からない。ついでに言ってる中身も分からない。

 ぽかーんと口を開けっ放しの俺に、幸は笑いかけた。

「あは、ごめんね、おにーちゃん。……んーとね、実はおにーちゃんに教えたかったことってこれなんだぁ」

「そう言われても、俺にはさっぱり分からんぞ」

 にっこり笑ったままの幸は、一瞬、俺から目を逸らしたように見えた。

「……23:53:18……うん、そろそろかな? ……ちょっと待ってね」

「お前、時計も見てないのに、どうして時間が分かるんだ?」

「うん、網膜にね、時計を表示させてるの。わたしだけの正確なデジタル時計!」

「そーなのか……」

 呆気にとられて、これ以上の言葉が出てこなかった。

 そんな俺を尻目に、幸が見上げながら、星空の一点を指さす。

「ねぇ、わたしの指さす方を観て?」

 幸の指が天頂近くを指し示すも、指が少しずつ流れていく。

「……人工衛星か?」

「さっすがぁ! よく覚えてたね。わたしも教えた甲斐があるってものだよー」

「お前が俺に教えたかったってのはこれか?」

 俺は拍子抜けのあまりにずっ転けそうになった。人工衛星なんざ、一晩にいくらでも観ることが出来る。これを教えてくれたのも幸だ。

「そっ! これっ! この人工衛星はね、<STARS-6th Virgo>の副衛星、<STARS-Virgo 1st>なんだぁ。……ねぇ、おにーちゃん? わたしの目、何と繋がっていると思う?」

「繋がってるってお前……どーゆーことだよ」

 幸が何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。

 そして、この後に続けられた幸の言葉で、俺は唖然とすることになる。

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