第6話 俺だって苛ついてんだよ

 幸が居ないまま、学校は一学期を終え、夏休みに入った。

 夏休みに入ってもくだんの三人には連絡は取れずじまいで、夏休みが一日一日過ぎていく。

「夏休み」ってものをもらう様になってから、ここまで暇なのは初めてだ。まだ、俺が暇なのはさておき、幸は一番自由になる(はずの)高二の夏休みを最初ハナっから棒に振ってしまった。例の難病の治療をする予定はあったようだが、それでも、少しくらいは「夏休み」らしいことができたかもしれないのに、それすらもできなかった——その責任の半分くらいは俺にあるのかもしれない。

 だが、それを引き摺って鬱々としていても仕方がない。この埋め合わせは幸が帰ってきたら、たっぷりやってやる。

 その代わりと言っちゃなんだが、俺は店の手伝いに精を出すことにした。

 俺の家はバイク屋だ。昔は漁船のエンジンなんかを扱っていたが、いつの間にかバイク中心の「伊東輪業」になっていた。その為か、バイクに関しては寛容で、十六歳の誕生日を迎えると同時に普通自動二輪の免許を取った。……自分専用のバイクはもらえなかったがな。

 店に持ち込まれる、調子の悪いバイクやスクーターの整備の手伝いを、親父の手解きを受けながら見様見真似でやっていた。

 親父から借りて乗っているオフロードバイクの整備もやったし、洗車もした。調子の良くなったバイクで阿寒湖まで走ってもきたが、何だか物足りない。どうにも、背中がスースーするんだよなぁ……。

 夏休みも中盤を過ぎた辺りから、滅多に鳴らない俺のスマホがピロピロ音を立てるようになった——電話の主は浦田に和賀に濱名だった。

 どいつもこいつも「本当に場所知らないの?」だの「みゆはまだ帰ってないの?」だの「何時になったら戻ってくるの?」だの、疑問符のオンパレードだ。

 こっちだって分からなくて気を揉んでいるのに、あいつ等と来たら——

「知らねーし、帰ってねーし、分かんねーよ!」

 ……思わず怒鳴っちまった。

 スマホは鳴らなくなった——と思ったら、また鳴った。

 ……ん? 将輔か。

「今度は将輔か。何だってんだ?」

 少しばかりささくれ立った口調だったかもしれない。だが、将輔あいつは俺にこう言ったんだ。

「——おう、ツーリング行こうぜ」

 将輔が原付免許持ってるってのは話に聞いていた。折角の誘いを断るのも悪いし、気分転換にもなるか、と考えて俺は腰を上げた。

 階段を下り、店のガレージで、バイクの修理している親父に声を掛けた。

「親父、バイク借りるぞ」

 俺に背中を向けたまま、スパナを握ったまま手を振る親父に「サンキュー」と一言置いて、玄関に向かう。

 だが、いつも乗ってる225ccセローじゃ原付と不釣り合いだ。俺は親父からチョイ乗りに使う50ccフォーゲルを借りて家を出た。

 待ち合わせ場所は将輔の母校である景雲中学だった。

 現場に着くと、将輔がヘルメットを脱ぎながら残念そうな声を上げる。

「ちぇ……何でぇ、セロー乗ってこなかったのかよ。向こうでちょっとばっか乗せてもらおうと思ってたのによォ」

「残念だったな。……って、遼平、お前免許持ってたのか!」

 RZ50にまたがる将輔の後にスーパーカブがいたんだが、そのライダーがヘルメットを脱ぐ。出てきたのは見慣れた顔——細越遼平ほそごえりょうへいだった。こいつはクラスメートでもあるが、小学校時代からの将輔の悪友でもある。

 驚く俺に、将輔が遼平とカブを親指です。

「昨日、免許取ったんだってよ。だから、そのお披露目さ」

「おうよ! 俺様のカレーなライディングを衛太郎に見せてやろうと思ってな!」

「そーそー、レトルトカレーなライディングだろ?」

 将輔の軽口に俺も自然と破顔していた。

「折角だから、西港回って行かね?」

「オーケーオーケー」

「んじゃ、そうすっか。将輔、先頭よろしく!」

 俺たちは三台揃って走り出した。目指すは湿原展望台!

 先頭を将輔、間に遼平のカブを挟んで、殿しんがりが俺のフォーゲルだ。

 夏の日差しを浴びながら、俺たちは風を切る。

 西港に新しく出来たフェリーターミナルを尻目にして港を通り抜け、市街地を横切る。途中のコンビニでペットボトルを買って、更に走る。

 湿原展望台に至る道路に入る頃には、特有の湿気た匂いが風に混ざっていた。

「おーし、到着!」

 駐車場に三台並べてバイクを停めて、俺たちはペットボトルを開けた。

「くぅーっ! ひとっ走りの後のお茶は滲みるぜ」

 などと、遼平は柵に足を掛けてカッコつけている。

 俺と将輔はそれを見て大笑いしていた。

 そして、三人揃って湿原に目を向ける。

「……」

 河がうねり揺蕩たゆたい、青と緑の協奏曲コンチェルトを奏でる——なんて、俺らしくないか。

「……将輔、気ぃ遣わせちまったな。悪かった、浦田たちに謝っといてくれ」

「ああ、そのことか。あいつ等だって分かってるって。……衛太郎、お前が一番苛ついているのはさ」

「そうそう! ……だってよ、将輔の奴、浦田に『えーたろーくんに謝っといて!』ってお願いされてたんだぜ?」

 遼平が含み笑いで将輔を指さした。

「おまっ……」

 将輔がヘッドロックを掛けようとするも、遼平はするっと抜け出して、じゃれ始める。遂に遼平は捕まって、コブラツイストを掛けられていた。

「おら、参ったか!」

「ギブ、ギブ! ……でもよ衛太郎。オメーもいつまでも『おにーちゃん』って訳にもいかねーんじゃね? オメーにその気がねーなら、俺様が佐寺のカレシに立候補してもいーんだぜ?」

 将輔に固められて奇妙な格好のままの遼平が、そんなことを口にしながらニヤリと笑う。

「……ふむ、遼平か。……ダメだな、お前じゃ幸に不釣り合いだ」

「どこまで朴念仁なんだよ、衛太郎。佐寺はオメー以外にゃなびかんよ」

「何言ってンだよ、遼平!」

「……ダメだ、こりゃ」

 こいつらは分かっちゃいない。幸はあくまで妹だ。俺は、幸に釣り合う男を見極めにゃならんのだ。

 だが、その妹が帰ってこない。……待つことの辛さ。普段あるものがなくなると、人間は落ち着かなくなるようだ。

 この二人のお陰で少しか落ち着いた様に感じていたが、それも束の間のことだった。

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