第5話 俺だって知らねーんだよ

「——そんな訳で、佐寺は一学期残りの期間が病欠となる。つまり、復帰は夏休み終了後の二学期からだ。そうだな。衛太郎?」

「はぁ……多分」

 次の日、朝のホームルームで、俺は担任の塩谷からそんな質問を受けた。とは言え、俺とて詳細を知るはずもないので、こんな有耶無耶な回答になってしまった。

 思えばこれが、女子連中からの詰問を受ける原因となっていた。

 そして、迎えた昼休み——

 弁当を平らげ、校庭で昼寝でもしようか、と立ち上がったところを浦田朋奈うらたともな以下、クラスの女子七名に取り囲まれた。

「……な、何だってんだよ、お前等」

「ねぇ、えーたろーくん! みゆってば、何の病気な訳? 一学期の残り全部を休むなんて尋常じゃないよ! あと二週間はあるんだよ?」

 浦田朋奈だ。こいつは幸と特に仲がいい。

「そうだよ、伊東くん。盟友が入院だなんて、心配でしょ?」

「……うん、凄く……心配」

 続けて口を開いたのは和賀美莉わがみのり濱名汐里はななしおり。こいつ等も幸と仲良しさんだ。

「そーだよそーだよ!」

「わたし達がどれだけみゆの心配してるのか、分かってんの?」

 きゃんきゃんと、七名の女子が俺の周りで大騒ぎだ。

 俺のクラスは理系。女子の数は男子の半分以下の八名であり、女子の結束は固い。だからなのか、幸のことを心底心配しているようだった。

 周りの男連中も、野次馬根性丸出しでじわじわ近寄ってくる。

「俺も詳しい事ぁ知らねーんだよ。……つーか、何で俺に聞くんだよ」

「そりゃ、カレシに訊くのがトーゼンじゃない? 何たって、みゆに一番近い人間なんだからさ」

「だから、彼氏じゃねーっつの! 俺にしてみりゃ『保護者』の気分だぜ?」

「なるほどねー、『おにーちゃん』!」

「……お、お前に『おにーちゃん』なんて呼ばれる謂われはねぇ!」

 俺は相当苦々しく情けない顔をしていたんだろう。浦田が声を殺して笑っている。

「あ、そっかぁ。『おにーちゃん』って呼んでいーのはみゆだけだもんねー」

「ちょっ……」

 全く、あー言えばこー言う。この女は口から先に生まれてきたに違いない。

「そんなに怒らないの。あたしはさ、本当にみゆが心配なの! そんなに長く休むなんてさぁ、大変な病気かなって思っちゃうのよね……」

「大したことねーだろ? インフルエンザだって一週間は休むんだ。ちょっとした病気なら二週間くらい普通だろ? 二学期になりゃ元気に出てくるって」

「網膜褐縮硬化症」がちょっとした病気かどうかは分からんが、話して騒ぎになっても困るので口には出せない。

 浦田は腑に落ちないながらも、何とか折り合いを付けたようだった。

「じゃぁさ、あたしってばみゆのお見舞いに行きたいんだけど、行ってもいい訳? 何処に入院してるの? 高階医院?」

「残念ながら高階医院じゃねーし、見舞いに行くのも無理だな」

「えーっ! どーしてよ!」

 見舞いも無理と言われて、浦田が膨れっ面になった。

「何処の病院か、俺も知らねーんだ。一度くらいは顔出してやろうと思ってたんだが、分かんねーんだよなぁ……」

 実際、幸が何処に入院してるのか、俺も知りたい。

 昨日のあれ以来、幸はおろか、瑞穂おばさんにもタカ姉にも一切の連絡が取れなかった。一体、あいつは何処で手術をして、何処で療養してるんだろうか。

 皆目見当も付かなかった。

「諦めろ、浦田。衛太郎が分かんねーって言ってンなら、本当に分かんねーんだって」

 やれやれ、といった溜息を吐きながら現れたのは結城将輔ゆうきしょうすけだ。……こいつはそこの浦田と幼なじみだ。俺と幸のように——だが、こいつ等は付き合ってるという公然の秘密がある。そのくせ、クラス内ではわざとらしく苗字で呼び合っている。

「そうは言うけどさ結城、入院してる病院も分からないなんて、おかしいんじゃない?」

 浦田が将輔に喰って掛かろうとする。応戦する気満々の将輔だったが、ここは俺が間に入った。

「おかしいかもしれんが、事実は事実だ。それにな……浦田、心配は無用だぞ? 何たって幸の母親も一緒だ。そして、あの人もお医者だ」

 俺の回答こたえには、さしもの浦田も黙る他はなかった。

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