第1話 出会いと別れは突然に

「クビ……、ですか……?」

 四月。人々は出会いに胸を膨らませ、人生の新たな一歩を歩んでいく。それは、入学だったり、進級だったり、入社だったり。

 そんな中、上旬の月曜日、俺はまさかの別れに出くわしてしまった。

 しかも、それは唐突に。

「ごめんなさいね、新堂くん。春休みから一ヶ月くらい頑張ってくれたんだと思うけど……」

 ここ、泉尾小学校学童教室の保育長――すなわち俺の上司は、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げながら言った。

「でもそんな、急になんで……」

 突然の事態を呑み込めず、おそるおそる尋ねる。

「もともとあなたの伯母さんの紹介であなたを雇ったんだけれど、それの理由は覚えてる?」

「えぇ、確か人手不足って……」

 丁度高校はじめての学年末試験を終えた頃だ。伯母から、学童教室でアルバイトをしてみないかと提案を受けた。どうやら伯母の友人が保育長をやっている教室があるらしく、春休みは子どもを見守る時間が多くなるのだが、よりにもよってその直前に指導員さんが交通事故で入院することになってしまったのだという。

 元々こどもたちと遊ぶことが好きだった俺は、二つ返事でそれに同意し、その一週間後から働き始めて今に至る。

「そう。でも丁度今日から、その子が復帰したの」

「じゃあ、その人が復帰したから……」

「違うわ」

 最後まで言い切ろうとしたが、途中で口を挟まれる。

「確かに新堂くんが来るまで、私たちは限られた人員でやってきたわ。でも、やっぱりそれだけじゃ大変だったの。だから新堂くんを雇って、ゆくゆくは立派な指導員として育てていくつもりだったのだけれど……」

「け、けれど?」

「正直に言うと……、新堂くん。あなたはこどもたちと距離が近すぎるのよ」

 保育長は、顔を手で覆い溜め息を付きながらそう言ってみせた。

「……意味、分かる?」

「……すいません、分かりません」

 嘘を付いても仕方ないので、俺は少々縮こまりながらぼそりと言った。

「私たち指導員はね、保護者の方からお子さんを預かって、見守ることが仕事なの。確かに、その中には子どもたちと元気いっぱい遊ぶのも含まれているわ。けれど、あなたはそれを楽しみすぎているの。そのせいで、一部の子どもたちしか見守ることが出来てないのよ」

「…………すいません」

 俺は自分でも、今の子どもたちに流行っているものには詳しい自信があった。アニメだとか、ゲームだとか。だからその知識を活かして、彼らとより触れ合えるように心がけているつもりだった。しかし、それが裏目になってしまったということか。

「他の指導員さんと色々話し合ったの。けれど新堂くん、あなたの行いはやっぱり彼女らには好く見えていないし……、どうやら、保護者の方からも問題視されてるみたいで」

「そうだったんですね……」

「本当にごめんなさいね。そういうわけで、もう今日は帰っていいから」

「……お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様」

 保育長に一礼してから、俺は学童教室を後にした。



「はぁ…………」

 まさかクビになるなんて微塵も考えてなかった。一体、これからどうすればいいんだろう。俺は大きな喪失感を胸に抱え、アスファルトに腰かけながらぼんやりとグラウンドを見つめていた。そこでは爽やかなサッカー少年たちが、互いに切磋琢磨しあいながら練習に励んでいた。

 俺は小学生時代何をしていたんだろうか。思い出そうとしても、何故かぴんと来ない。両親が事故で死に、伯父夫婦に引き取られて……、

「そっか」

 思い出した。ぴんと来なくて当然だ。俺は――あの時何もしていなかった。大きな環境の変化が原因なのは言うまでもないが、それ以上に、それを言い訳にして何もしてこなかったのだ。だからこうして、彼らと携わることで疑似的にあの時代を取り戻そうとしていたのではないか。

「……ま、いいや」

 考えていても、結論なんて出やしない。気を取り直して、重い腰を上げようとした。

 その時、ちょうど笛が鳴る。どうやらサッカー少年たちが休憩に入るようだ。丁度俺が座っていたのは選手たちの荷物が置いてある近くだったようで、彼らは水筒やらタオルやらを取りにこちらへ向かう。

 しかし、その内の一人は荷物ではなく、何故か俺の元へやってきた。格好良さの中に子どもらしい可愛さもあり、少し尖った茶髪がやんちゃそうな雰囲気を漂わせる。なんかすげぇモテそうだ――、

「お兄さん」

「お、おおうっ」

 声を掛けられたのが突然すぎて、変な声が出てしまった。

「ど、どうしたの? いきなり……」

「お兄さん、いつもバイト終わるのもうちょっと後じゃなかったっけ?」

 少年は、俺の顔を覗き込みながら続ける。

「あ、それとも休憩中とか?」

「えっ、いや、まぁ……」

 そもそも、なんで俺がここでバイトしてることまで知られてるんだ。その上、よりにもよってそれをやめましただなんて……、簡単に言い出せることではなかった。

 ――が、しかし。

「…………」

「…………ん?」

 言わなければ当然、こんな風に無言の状態が続くのは当然なわけで。

 俺は致し方なく、真実を告げることにした。

「……実はさ、クビになって」

「え、クビ!?」

「まぁちょっと色々あってさ……」

 事実を告げるだけでも大分情けなかったので、その理由まではとても言えなかった。なんだか気恥ずかしくなって、目を逸らす。

「それで、君は……」

 しばらくしてから少年の方を横目で見ると、彼の姿はなくなっていた。

 と、思ったが、少し離れた荷物置き場に行っていて、何やら荷物を漁っているのが見て取れる。

 そして少ししてから、また俺の元へとやってきた。

「じゃあ、ちょうど良かった!」

「はぇ?」

 また変な声が出てしまった。ちくしょうめ。

 そんな俺には目もくれず、少年は手に持っていた紙切れを俺に手渡した。

 そこには、住所とおぼしき文字の並びと、謎の単語が書き連ねてあった。

「M・M団……? なんだこれ」

「まぁ、ちょっと詳しく話すと長くなるから……。とりあえず、明日この場所に来てくれる?」

「いや、んなこと言われても俺、用事とかあるし……」

「バイト、クビになったなら時間あるんじゃない?」

「うぐっ」

 その通りすぎてぐうの音も出やしない。

「ま、これはオレだけの問題じゃなくてさ。頼むから来てよ」

「にしたって、全然なんのことか分からないんだよ。もうちょっと詳しく」

 途中まで言いかけたところで、再び笛の音が鳴った。

「あ、オレ戻らないと! それじゃ!」

「いや、ちょっとまっ――」

 最後の言葉も、言いかけで終わってしまった。そして少年は、何事もなかったのように練習に戻っていった。

 結局俺が分かったことは、謎の場所に招待されたという事実だけだ。ほぼ何も分かっていないに等しい。

「まぁいいや……、帰るか」

 そうして俺はようやく腰を上げ、とぼとぼと駐輪場にし向かっていった。

 出会いの数だけ別れがあるなんてよく言うが、あまりにも大きすぎる別れの代わりに手に入れた出会いは、不可解すぎるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウチの団長は使えない タダノ ユキヒト @tadano_yukihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ