第20話

「貴様……何故罠だと気づいた」


 一君は僕に撃たれた右手を庇いながら呻く。その右手から、ぽろりと何か細く、光を反射する『針』のようなものが見えた。毒針か何かだろうか。

 

「なんとなく、だよ」


 僕は、そう答えて、グリップ部分で一君の頭を全力で殴打した。すると、だらりと糸の切れた人形のように床に倒れた。良かった、うまく気絶させられたみたいだ。

とりあえず、きちんと戦闘不能状態にしておかないと、今みたいに汚い手を使われかねないからな。


「助けてくれてありがとう。危ないところだった」


 ゆさゆさと小刻みに揺れながら、妖精さん――もとい、納戸さんはお礼を告げる。

 

「まさか休戦協定からの毒針とは、予想できなかったよ」


 ぎろりと、髪の毛越しに妃美さんを睨む納戸さん。それに対して、妃美さんは緩慢な動作で僕らに近づいてくる。

 真面目に与えられた武器で戦っているのは、僕と武器がそもそも必要なかった西君くらいだろう。雑魚場軍団も、納戸さんですら私物を持ち込んでいる。はてさて、落としどころはどこだろうか。


「何? 伝令役のお付きがいなければ、まともに会話でもできないのかな?」


 無言の妃美さんに、挑発する納戸さん。妃美さんは挑発には乗って口を開くことはせず、代わりに納戸さんの背後を指さした。


「また騙し討ちするつもり? そんな単純な手に私は乗らないよ」


 納戸さんの銀髪の一部が逆立ち、毛先から短刀がにゅるりと現れる。どういう仕組みか全く分からないが、臨戦態勢になっているのは間違いない。


「来ないなら、こちらから行くよ。そのポリシーみたいに被っている兜、吹っ飛ばしてやるっ!」


 納戸さんはそう告げると、武装した銀髪を一気に妃美さんへ向けて伸ばした。対する妃美さんは一歩も動かず、納戸さんの後ろを指さしたまま静止している。

 ――まさか、また罠? 僕はとりあえず妃美さんに向かって拳銃を構える。見れば、お嬢様らしい、整った顔立ちをしている。それに傷をつけるのはさすがに躊躇われる。だけど、このまま、何かの罠が作動して、納戸さんが傷つくのも嫌だっ!


僕は、彼女の兜に狙いを定める。そして、引き金を引こうと指に力をかけるっ――


「終了―、お疲れ様。これにてゲーム終了。お互い武器をしまってね」


 けだるそうな声と共に、神代先生が二人の間に入った。納戸のさん髪の毛は妃美さんの兜の1cmくらい手前で静止している。


「はい、だからおしまいだって。ほら、時計ちゃんと見てた? もう30分過ぎてるよ」


 そう言って神代先生は、納戸さんの背後にあった時計を示す。確かに、約束された時間を既に超過している。彼女が指し示していたことは、制限時間のことだったのか。


 妃美さんは、やれやれといった顔で、僕らに背を向けた。そして、倒れている雑魚場軍団の所へ行き、一人ひとりにまた『ごにゅごにょ』と耳打ちした。

 するとどうだろう、先ほどまで傷だらけだった彼らが嘘のように元気になっている。一体、どんな魔法を使ったのだろか。


「妃美様、ありがとうございます!」


 一君の一声とともに、他の団員も『ありがとうございます!』と讃えるように続く。彼女は満足そうに、軍団を引き連れて去っていく。

 去り際、一君に『神田隼人、次会ったら絶対に血祭りにあげてやる』と捨て台詞を残した。

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