第8話

「問うぞ、桜坂。お前は女子に振られたことはあるか?」


「なぜ、この場でそんな問いを?」


 訝る桜坂に対し、学長は続ける。


「では、振られた女子にささげたラブレターを黒板に張られたことは?」


 学長は、桜坂の返答を待たずに続ける。


「級友に童貞であることを馬鹿にされたことはあるか、クラスの女子全員に避けられ続けたことはあるか、持久走大会の時、生暖かい目で見守られながらゴールテープを切ったことはあるか、女子に振られた回数が両手両足を足しても足りなくなったことはあるか、レジの女性店員にお釣りを手渡しされず投げ返されたことはあるか、 バレンタインデーの時に下駄箱にゴミが入っていたことはあるか、そしてクラスで人気の男子に『これ、食いきれないからあげるよ』と憐憫と侮蔑の目でチョコを渡されたことはあるか、卒業式の時に恋人も友達もおらず一人寂しく帰ったことはあるか、母親に――」


「学長、もう十分だ。あんたの思いは、俺たちにしっかり伝わってるよ」

 

 学長の叫びを一人の生徒がなだめている。いつの間に壇上に上がったのだろう。アンダーリムの眼鏡をかけた、スパイキーな無造作ヘアの男がそこにいた。年齢は僕らと同じくらい。新入生だろうか。


「俺の名前は田口(たぐち)――そう、田口真一(しんいち)。学長の思いに共感し、数多の学園からここヴァルハラを選んだ男だ!」


 なんか自己紹介が始まった。なんとなく、僕は彼、田口とは仲良くなれない気がした。


「馬鹿そうだね、彼」


 納戸さんも、僕と同意見らしい。ため息交じりに呟いている。ふわっといい香りがした。スイートでシュガーな甘い香り。神に愛されているのは、桜坂ではなく納戸さんではないかと、思った。彼女なら神に愛されてもいいと思う。可愛いは正義であり、絶対である。

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