第7話


ヴァルハラ高等学園は世間一般からは異常視されている。理由は、先ほど合唱した通りだ。

世間には、そんな学園はおかしい、間違っているとメディアで叫ぶ大人は多数いる。その中には、今僕の視界に映るように、抗議デモを学園内で行う過激派も大なり小なりいても、何らおかしくない。


拡声器のようなスピーカーをもっている男、きっと彼がこの団体のリーダーだろう。細身だがひ弱な印象受けない――つまりは細マッチョのようだった。対する我らが学長はゴリマッチョ。相反する筋肉同士のぶつかり合い、これは面白そうだと不謹慎ながら思ってしまった。


「神田君、顔がにやついているけど、どうしたの? 思い出し笑い?」


 鈴の音のような美声が耳に心地よい。声の主はもちろん納戸さんである。先ほど、男女交際禁止と叫んだはずなのに、心がふわふわしている。懐かしい感覚。これはまさか恋――


「山本七曜! あなたの学園は若者の青春を不当に奪っている! こんな学園の存在を、私たち全うな大人は許しはしないっ!」


 自分の恋心に気づきそうになったところで、デモ団体のリーダーが叫ぶ。その叫びには自信が満ち溢れ、『我らこそ正義、巨悪を成敗する』というような大義名分を抱えているのが透けて見える。そして、よく見れば彼は整った顔だちをしている。よくよく見れば、ニュースとかで見たことがあるような気がしてきた。人権派のコメンテーターの――名前が出てこないな。


「ほう、吠えたな若造が。どこかで見た面かと思えば、偽善者コメンテーターの桜坂(さくらざか)実(みのる)ではないか」


 学長の言葉で、記憶が蘇った。桜坂実、元俳優にして海外の恵まれない地域の学校を建てるといった、多数の慈善事業を行っている若者たちのインフルエンサー。俳優時代の収益を競馬・競輪・パチンコ・カジノ等のギャンブルにつぎ込み、結果として大勝したという。

 曰く、神に愛された男。世間ではよくそんなキャッチコピーがついている。

 それを聞くたびに、どうして神はその愛を父にも分け与えてくれないのだろうと思ったものだ。恨みがつのりすぎて、一周回って名前を忘れてしまっていたな。


「俺のことはどうでもいい。大事なのは、彼らの青春だ! 山本七曜、あなたが生み出したVR技術はこの世界を大きく進歩させた。なのにどうして、彼ら若者の未来を縛るようなことをする!」

 

 桜坂の叫びに、学長はため息をついた。やれやれ、何もわかっていないと言わんばかりに。


「いちいち私の名前をフルネームで呼ぶな、若造。いらいらするわっ!」


 唾棄するように学長は続ける。


「それに、お前ら主張は間違っている。ここにいる我が生徒たちは自分でこの学園を選択している。それを外野のお前らにとやかく言われる理由はない」


 学長の応対に、桜坂は怒り心頭といった具合だった。拡声器を投げ捨て、学長のいる壇上に上がる。そして、僕ら新入生に向かって叫んだ。


「君たちは、本当に自分の意志でここに入学するのか? 違うだろ、本当は他のみんなと同じように友達をつくり、部活に汗を流して、恋人を作ったりして楽しく過ごしたいだろ!」


 桜坂の声が響く。それに呼応して、取り巻きの大人たちが「そうだ―」とか「子供の未来を守れ―」とか叫んでいる。しかし、僕を含め学生たちからは何の声も上がらない。


「やれやれだね」


 納戸さんが小さな美声で呟く。ゆったりとした動きでゆさゆさ揺れている。これは否定の動きなのだろう。


 壇上に目をやると、学長はわなわなと震えだした。学長の震えに呼応するように、大地が揺れるのを感じる。地震かと思ったが、それは違った。

 僕らの背後に武装集団が終結していた。その数は、桜坂の20や30といったちんけな数ではない。校庭を埋め尽くすばかりの――100や200といった桁の違う集団。生徒の中に混じっていた世紀末集団の武装が可愛く見える程の、実用的な武装。サブマシンガン、ロケットランチャー、全身に巻き付けられたダイナマイト。殺意を体現しているかのような漆黒のコートを全員が羽織っている。


「な、なんだこの集団は? まさか武力行使か? 卑怯だぞっ!」

 

 あからさまに狼狽する桜坂。先ほどまでの自信満々な雰囲気はどこ吹く風、余裕が消え顔面蒼白である。


「若造が――これだから私はリア充が嫌いなんじゃ」


 対する学長は震えを止め、悠然とした態度で桜坂に臨む。

 禍々しいオーラが学長を包んでいる。見ている僕でさえ、皮膚がひりつくのを感じる。

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