第13話 滾り、漲り、迸る
すると莫大な熱量と圧力とを併せ持った
「これは……熱さ。これが
そう呟いたエリスは、椛音が放つ強大な瞑力をその全身に受けても尚、顔色を一つも変えず、極めて冷静な面持ちのままで椛音の姿をただじっと、見据えていた。
「エリス、こちらの勧告に従う意思を対象が見せない以上、ここで対象を無力化する必要があります。ただちに行動を開始しましょう」
「ええ。残された時間は長くない。ここは二人で――」
エリス達が攻撃態勢へと移る様子を見せた瞬間、椛音は彼女たちの背後から姿を現し、両の手で握りしめた杖の先から定まった色を持たない光を生み出し、そのまま一気に放出した。そしてほぼ零にも等しい距離から怒涛の如く殺到した光の雨によって、エリス達は退避の猶予すらも与えられないままその渦中に巻き込まれた。
やがて眩い光が薄らいでいくと、その奥から光の泡のようなものが無数に
「くっ……」
「
それは椛音が急襲を行った際、エリスが反射的に放ったと思しき防衛術の名称らしく、先程までエリス達を覆っていた光の泡のようなものがその痕跡だったと考えられたが、椛音の放った攻撃を最初から全て防げた様子でも無く、エリスが纏う衣装には明らかな綻びが数箇所に渡って見受けられた。
しかしもう一人のシルファの方は、その外観から察する限り、
「すみません、エリス。私がもう少し早く――」
「構わない。少し角度が悪かっただけ。それより……」
そこから急に口を噤んだエリスは何かをシルファと示し合わせた様子で、二人して軽く頷くと、間もなく椛音の方へとその視線を戻し、揃って上空へと舞い上がり始めた。しかし椛音は、その両者の出方をただ黙って見守っていたわけではなく、自身の背後には既に
「今度こそ、当てる!」
椛音はそう叫ぶと、従えていた光球をエリス達に向けて一斉に発射し、そしてその直後に自身もまた彼女達の居る方向へと向け、空気の壁をも切り裂く
先行して放たれた光球の集団を巧みに回避したエリス達だったが、椛音は息をつく暇も与えない程の勢いで彼女達のもとへと接近し、そのまま間髪を入れず自らの杖先に
椛音が瞬息の
そしてもう一方のエリスはダメージを受けながらも、被弾率を低下させるためか自らの戦槍を急速に回転させ、微細な光の弾丸を可能な限り相殺しようとしていた様子だったが、その勢いを
それから程無くエリスの足元にあった地面がその衝撃の余波を受けて崩壊し、防御姿勢を崩された彼女は、更に雪崩れ込んだ光弾が直撃した際に生じた爆発によって舞い上がった土煙の海へと地表の破片もろとも呑み込まれた。
椛音はそのまま更なる一撃を見舞おうとしたが、いつの間にか椛音の居る位置へと急降下しながら紫色の炎弾を
しかし椛音は、自分でも俄かには信じられない程の反応速度を以って自らの杖を振るい、その剣撃を正面から全て受け流して見せた。それは様々な角度から飛んでくるシルファの斬撃速度が、椛音にはまるで著しく鈍化したように捉えられたからである。
そしてその認識力は刻々と鋭敏となり、限りなく研ぎ澄まされていく。
(感じる……攻撃より先に飛んでくる、意識の波みたいなものが)
椛音は依然として攻撃を繰り出してくるシルファの視線が、途中で一瞬だけ自分から逸れたことに違和感を覚えたが、エリスが居た方向はシルファのちょうど背後側にあたり、またそこから何かが移動した気配も無かったため、このままシルファの攻撃を受け流し、椛音が反撃の時機を捉えることに努めようとしたまさにその時、彼女は自身の背後から突如として発生した強烈な衝撃に、その身を歪めた。
「あぐっ!」
椛音に直撃したものは蒼の色素を帯びた光弾。シルファが先刻上空から放ったものとは明白に異なるそれは、椛音が背後を確認するまでの僅か一秒間の間に、計六回、椛音の身体に着弾した。
そしてシルファは椛音がその被弾によって姿勢を崩した隙に、渾身の一撃を彼女の頭上から見舞い、不意の追撃に反応が間に合わなかった椛音はその直撃を受け、間もなく地上へと激突した。
「んん……はっ、いけない!」
ほんの僅かな間昏倒していた椛音だったが、受けたダメージは致命的ではなく、全身には多少の痛みと出血とがあったものの、彼女は程無くして立ち上がり相手の更なる追撃に備えようと身構えたが、間もなく上空から降ってきたシルファの声が椛音の両耳へと届いた。
「そこから動けば、死にますよ」
その声に足を止めた椛音は、ややあって晴れていく土煙の合間から、彼女の周辺地帯を取り囲むような形で、空中に静止しながら紫色の煌光を妖しく見せ続ける、
「
不覚にも敵の攻撃を受けたがために陥ってしまったこの窮地を脱すべく、椛音は自身の思考を研ぎ澄ませ潜思しようとしたが、その胸中には自分が一体、誰の攻撃によって落とされたのかという別の想いが交錯し始め、椛音は次の行動に移るための結論を瞬時には出せずにいた。
「思案を巡らせる時間は、与えない」
その声にはっとして振り向いた椛音が見たものは紛れもないエリスの姿であり、さらに彼女が手にした戦槍の切先からは蒼い輝きが激しく揺らめいて見えた。そしてその瞬間椛音は、自分が彼女の攻撃によって撃墜されたのだと悟った。
「つまり私は、あの時後ろを取られて……でも」
不意にそう
「地中を通った、ただそれだけ。ここは、私の意識が現実世界を投影した虚像に過ぎない。それは
そのエリスの言葉に、椛音は自身の頭の中で途切れかけていた光明への道筋が、確かに繋がっていくのを感じた。
この封域を生み出している者は十中八九、エリスであり、その彼女が生み出した領域はエリス自身が見た現実世界を投影した虚像で、実体はない。またその一方でエリスは先程から時間を気にしている素振りを見せていた。それが意味するものは恐らく、エリスが封域を維持し続けられる時間の限界が間近に迫って来ているということなのではないか。
そう考えた椛音は、抜き差しならない状況の中で、自身の答を見つけた。
「この封域がイメージの世界だって言うなら、私にだって、きっとできる!」
椛音がそう叫びながら足元の地面に手を当てると、彼女の周囲にあった地盤そのものが一気に高く隆起し、椛音の身体を守護する大盾のように
「私の封域に思念干渉して、書き、換えた……?」
突然の出来事に一驚を喫し、即座に反応できなかったエリスとシルファは、半歩の間を置いてからすぐさま椛音に対して一斉攻撃を行ったが、彼女が居たはずの位置には、瓦礫の山以外何も見受けられなかった。
「……っ! エリス、今すぐ離れ――」
そこまで言ったシルファはエリスの眼前で、側面方向から突如として押し寄せた稲妻の如き強烈な閃光と衝撃をその身に受け、周辺の圧壊した地表もろとも吹き飛ばされた。
「くっ、この力は、さっきの……」
辛うじて巻き添えから逃れたエリスは、身体の在る位置を複雑に変化させながら宙空を急速移動し、シルファの居た位置から上空へと即座に移動した物体をすぐさま目視で捉えた。
「一応、あなたも巻き込む心算だったけれど、流石、ね」
エリスへ向けてそう言い放った人物は、額や四肢から幾筋もの流血が見受けられるも、
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