⑩ 最高のハッピーエンドのようなもの
観覧車。
それは、無数についたカゴがゆっくりとくるくる回ってそれに乗り景色を楽しむという、遊園地にひとつはあると言っても過言ではない、有名すぎるアトラクションだ。
だけど、そのありふれたアトラクションのひとつである観覧車には、景色を見るだけでなく、ある側面も同時に存在している。
――それは、絶好のデートスポットということだ。
いや、デートというのは語弊があるか。
デートではなくその前の過程、告白にはうってつけの場所だということだ。
無論、カップルたちのイチャイチャスポットでもあるのだが……密室で同室以外の誰にも何も聞かれないこの場所は二人きりで話すのにはもってこいの場所なのだ。
よって、そんな告白という最大イベントを起こす舞台である観覧車には最後に乗るべきだろう。
だから、観覧車を避けつつほかのアトラクションで遊びつつ、帰る時間になるまでの時間稼ぎをする。
それであれば、篠崎との楽しい思い出を作れるので一石二鳥だ。
そして帰りを暗示するようなことを言った瞬間が一番の、最大のチャンスだ。
そこで、『最後に行きたい場所がある』とか行って観覧車へと誘導する。
女子というのは最後、という言葉に弱いという。おそらくそれなら自然に誘うことができるだろう。
……それに、向こうも向こうで待ってるんだろうしな。おそらく辞退はしないだろう。
さて、そこまで来てやっと本番だ。今までの楽しかったことはひとまず頭の片隅に置いといて、目の前のことに集中する。
夜景は綺麗だと思うから折り返しの天頂に着くまでは雑談や歓談を続ける。ま、楽しんだあとだからいくらでも話は伸ばせるし広げられるだろう。
で、天頂を過ぎてなんとなく話が終わって、沈黙の時が訪れたあと。
若干気まずいという気持ちを抱き始めたところで、話を切り出す。もちろん、告白のだ。
静かになったんだ、気持ちよくストレートに話を進めることができるだろう。
そして、思いの丈をぶつけたあと。それは相手の反応にもよるだろうが、もしオーケーだった場合、それはもうその場の雰囲気に任せる。
そりゃあそうだ。だけどひとつ、どうしても気まずくてどちらも黙り込んでしまうようなことがあったなら、それはそのままにしておいてはいけない。
できるだけ行動を起こすか、話を頑張って絞り出す。
だって、気まずいままで観覧車が終わってしまったら、変な雰囲気で電車に乗って、ろくに話もせず微妙な気持ちで別れることになるだろ?
……まあ、ノーと言われる可能性も無きにしも非ずなわけだけど、そこはそこ、メンタルでなんとかするしかないな……頑張れ、叶人。
――というのが、結叶がアドバイスしてくれた最重要項目だ。……最後に縁起でもないことを言われたのは少しどうかと思ったけど。
ともあれ、観覧車誘導は成功だ。
俺は篠崎の手を引っ張って、観覧車のカゴへと飛び乗った。
……のだが。
「き、今日は楽しかったな!」
「そ、そうだね……」
早速広げていこうという会話を一文で終わらせられた。しかも篠崎はなんかもじもじして外をずっと見ている。
「…………」
「…………」
やばい。この話題ならずっと話せると思ってたのが大間違いだった。もう話すネタないよ……。
初めから大コケだ。
なんだろう、二人とも黙っててなんとなく気まずいぞ……?
……あ、今なんじゃないか?
「な、なあ篠崎……」
「は、はひっ……!?」
「話があるんだよ。大事な、俺の気持ち」
気まずい雰囲気だったんだしこれでいいんだよな?
観覧車は、円の八分の一を回ろうとしていた。
*
変な声を出してしまった。
最後に行きたい場所があるとか言われて観覧車に来た時はもうこれはひとつしかない! なんて身構えてたけど、いざ始められるとまだまだ心の準備ができていない。
だ、だって乗ってから全く間が経ってないよ?
そりゃ、私が会話をすぐに終わらせちゃったっていうのもあるだろうけど……。
「あのさ……」
「ま、待って!」
「むぐぅ!?」
急な展開に耐えられなかった私は反射的に叶人の口を塞いでしまった。
も、もう少しだけ心の準備を……。
「ごめん、今日おかしいよね私」
私は俯いて手をいじった。
「……それは俺も同じだよ」
「でも……なんだか今日は、叶人といつも通りにできてない気がする……」
「こっちも同じなんだって。だって、今日はいつも通りじゃないからな」
「へへ、そりゃそうか。遊園地に遊びに来るなんていつも通りなわけないか」
「そうだよ……ほら、外が綺麗だぞ」
と、叶人が窓に身を乗り出すのが見える。
私も流されるようにそちらへ目を移した。
「わあ……」
程よい高さに上昇した観覧車は、ライトアップされた美しい夜景を見せてくれていた。
「これが見れるって考えると夜でよかったって感じだな」
「うん、そうだね」
「こんなにゆっくりできるのも今週いっぱいまでらしいんだよなあ」
「だね。夏に向けて本格始動でしょ」
「そう。一年だからサポートの方になるだろうけどな」
「叶人なら頑張れば行けるよ」
「軽く言うなよ……」
「はは。でもやっぱりこうして遊べるのはしばらくできないね」
「……たしかに。これがラストチャンスだ」
と。
叶人が不意に私の肩を掴んだ。今度は不意打ちだったから声も上がらなかった。
そのまま至近距離で見つめ合いながら、叶人が言う。
「……やっぱ、恥ずかしいな……」
思わず噴いてしまった。
観覧車、二人きりで肩を掴んで向き合わせといてこれかい。これはもはや格好いいなんかじゃなくて可愛いだよ。
だから魔が差してしまったのか。
私は叶人の肩をつかみ返した。
「……叶人。私も言いたいことがあるの」
*
なんだよこの展開。
篠崎に逆に肩を掴まれた。これじゃあ男女の立場逆転じゃないか。
ううむ、解せん……。たしかに恥ずかしかったからつい呟いちゃったけどこのまま続けるつもりだったのに。
くそう、勢いで行ってたから改めて向こうを意識してしまう! なんか可愛いなおい!
いや、もうこうなったら男の意地だ。イエスだとかノーだとか、そういうのは関係ない。とにかく俺が先手を取る。
「叶人、私は――」
「俺は!」
さっき篠崎がそうしたように俺は篠崎の口を塞いで発言を制した。
そしてそのまま俺のターンを開始する。
この際、心の中を全部さらけ出してしまえ。
それが、今回の目的であって進歩するための第一歩なのだから。
「……お前がどう思ってるかは知らないけれど、俺は篠崎のことが好きなんだ」
「……っ、〜〜〜っ」
篠崎は赤くなって悶えていた。
……さすがにストレートすぎただろうか。なんの前置きもなしにいきなり好きだなんて。
「いつからか、細かいことは忘れちゃったけど、いつの間にか篠崎をことあるごとに見るようになってたんだよ」
でも、俺は洗いざらい話していく。この際断られてももういいや。とにかく、思いの丈をぶつける。
「結叶と神原のあの一件にだって、結構噛んでるクチだろ? 思っちゃったんだよな、そこで。あ、世話焼きが好きなやつなんだなって」
「そ、そんなこと」
「いいや、そんなことある。そういえばマネージャーだってそうじゃないか。世話好きだからマネージャーになったんだろ? そうじゃなかったらやる方からサポートする方になんて行かない。しかも篠崎はいつも献身的で優しくみんなを見守ってるし」
もう頭がぐちゃぐちゃだった。
もはや考えることもできず、俺は言いたいセリフを掴めなくなってしまう。
だから、最後に再び言う。
「……だから、俺はそんな世話好きな篠崎が好きなんだ」
*
言われてしまった。
夢にも見なかった展開にとろけてしまいそうだった。
だって、今まで好きだと思っていた相手から告白を受けたのだから。予感はしていた。そのために少し時間を稼いで準備をしていたけどこれは動揺不可避だった。
とにかく顔が熱かった。これは昼時の体調不良ではなくて、恥ずかしさだけからくるものだとは理解できた。
これって、まさかだけど最初から両想いだった……?
そう考えると、口が綻ぶのが抑えられない。
「は、はは」
「……俺、やっぱり変だったか?」
「いや違うの。叶人がそう思ってるんだったらなんでもっと早くしなかったのかな、って思って」
「……やっぱりそうか。告白ってのは終わりらへんにするもんだと言われたからそうしたけど、篠崎は早い方がよかったのか……」
「違う違う。早くっていうのは、今日のことじゃなくて日付の方。言っちゃえば倉永くんと夢望が付き合い始めたあたりにはもう私たち両想いだったんでしょう?」
「……まあ、そうなるけど。ていうことは、返事は……?」
叶人が固唾を飲んでいるのを見て、しかし、なぜだか私のプライドがこのまま了承するのを拒んでいた。
たぶん、両想いの矢印が一方だけ示されているこの状況を、私が不平等に感じたのだろう。
「……ずるいわよ、叶人」
「……へ?」
「さっきから聞いてれば、勝手なことばっかり言って。一人でどんどん話を進めちゃってさ。たまには私の気持ちも考慮してほしいものね」
「あ、えと、え? まさかダメ?」
「バッカじゃないの」
全く、この男子は。なんだってそうなると思ってしまうのか。
そんなの、決まっている。
「私だって好きだったに決まってるじゃない。叶人なんか四月のうちにはもう好きだったわよ」
「……っ」
今度は叶人が悶える番だった。へへん、もっと言ってやる。さっきの私の恥ずかしさを思い知れ。
「叶人は、最初はカッコイイだけのよくいる人だと思っていたのよ。うん、顔は整ってるしね。だけどね、ある日、私はほかの人にはないような、あなたの優しさを見たわ。ま、安直な理由だけど、私はあなたに惹かれていたのよ。今日だって実ははしゃいで楽しんでたんだから」
「はしゃいでるのなんてわかってたよ」
あらら?
あくまで落ち着いたキャラでいるためにはしゃぎたい気持ちを極力抑えたつもりだったのだけど。無意識のうちにテンションが上がっちゃってたのね。
でもま、ここまで来たらそんなの誤差の範疇。
お返しを食らわせてやる。
「とにかく、私はそんな優しくて格好いい叶人のことが好きよ」
*
……と、告白返しを受けた。
そんなのアリかよUNOかよなんて思ったとて事実は変わらない。
えーと、このまま押し切る算段が一気に崩れてしまったのだが。
この場合、俺はどうすればいい? なんてわかるはずがない。告白を返されることなんて普通はないだろ。
と、なるとたどる道はひとつ。
「…………」
「…………」
……ひたすら気まずい空気だ。チラリと外を見ると、観覧車は下降を始めていた。
え、今のって両方お互いが両想いだった、ってことを確認したんだっけ。
ならば、逆にというか、チャンスは今しかないだろ。
俺は気まずい空気を壊そうと、口をひらいた。
「……だからさ、篠崎」
「……ん?」
「付き合ってください」
「…………」
あれ? さらなる沈黙を誘ってしまった?
しばし顔を隠すように後ろを向いていた篠崎が深呼吸をして振り返った。
なんだか我慢してニヤけるのを抑えているような、そんな顔だった。
「……そんなの、オッケーに決まってるじゃん。こちらこそだよ」
篠崎はこちらへ近づいて優しく俺に痛くないパンチをしてきた。
……やばい。もうダメだ。
俺は今日辛うじて抑えていた感情が爆発するのを感じた。
近づいてきた篠崎の背中に手を回してそのまま引き寄せる。
「あ、ちょ……」
抱き合う格好で向かい合った俺たちはもう止まらなかった。
そのまま顔を近づけ、もっといえば唇と唇を近づけて、そのまま接触する。
いきなりは引かれるのかもしれないけど、それでも俺はせずにはいられなかった。
篠崎も自分から来ていたように思えたし、後腐れはないだろう。
幸せな時間だった。ああ恋とか愛とかこういうことか、なんて初めて思った瞬間だった。
……とはいっても、観覧車が終わる時、気まずい雰囲気で下車することは避けられなかったが。
*
後日談、というか、その翌日の日曜日のお話。
なんだか、なあなあになってその日は解散をしてしまったので改めて、俺たちは二人きりで会うことにした。
これはあまり知られていないような喫茶店の中での話だ。
「本当にオッケーだったのか?」
「なんでそんな事聞くの。当たり前よ」
「いや、実感が湧かなくてさ」
「それは当然よ。私だってまだ全然湧いてないもの」
「ま、まあ恋人同士になったとしても特段なにかが変わるわけでもないもんな」
「ん? そうかしら」
と言って篠崎は俺の手を掴んだ。
「ほら、こういうのが堂々とできるし」
「ああ、たしかに」
そして篠崎には全く恥じらいの念がなかった。環境に適応しすぎだろ。俺の方はまだ恥ずかしいのに、なんか不公平だ。
「でも、いいのよとりあえずは今まで通りで。恋人のようななにかはおいおいできるはずよ」
「そうだな。じゃあこれからも末永くよろしく頼むよ、篠崎」
「はは。なんだかプロポーズみたい。あと、その呼び方やめなさい。よそよそしい」
厳しいご指摘をいただいた。本当にやっていけるのか、これから?
でもまあ、それこそ慣れていくものなのだろう。
俺は軽く笑いかけて、前のセリフを訂正した。
「これからもよろしく、愛華!」
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