⑨ 本命さん方の本命談(叶人&篠崎)

 やべえ。

 意識しすぎて篠崎のこと見れねえ。

 俺たちはとりもあえずベンチで休憩中なのだが、ものすんごく気まずい雰囲気が流れている。

 いや、ほとんどの原因は俺のようなものだ。

 だって、さっきからしゃべりがカタコトだし、あさっての方向向いてるし、……たぶん顔赤いし。

 いや、だって向こうもこっちのこと……って思うとさあ。やばいでしょこれ。結叶、余計なこと言いやがって……!

 ……八つ当たりは良くないな。うん。そもそも俺が足踏みしてるから最終手段に出たようだし。

 それにしても結叶、異性に好意を向けられてなお平静を保てるとは……感心するほかない。

 とか考えても一向に話は進むわけがなく。

 ただただ気まずい時間が刻一刻と過ぎていく。


 だ、誰か助けてくれい……!


 *


 やばい。

 意識しすぎて叶人の方向けない。

 もうこうなってから十分は経つだろうか。

 私たちはさっきからずっと変な方向を向きながら隣合ってベンチに座っている。

 絶対向こう、変だと思ってるよね!? 気まずくて困ってるよね!?

 いや、でも、今絶対顔赤いし振り返れないに決まってるじゃん!

 さっき……撫でてくれたのは、夢望の言った通りその気があるってことなのかな……。

 って。こんなこと考えたらもっと恥ずかしくなっちゃうじゃん!

 あーもう気まずい。早くこの状況を打破しないと。せっかく夢望たちが二人きりにしてくれたんだ、期待には答えないと。

 何かしゃべらなきゃ、何か、何か……。


「お、おおおおお、お」


 何言ってんの――!

 動揺しすぎて続く声が出ない!

 ど、どどどどうしよう。


「な、ななにかあったのか篠崎?」


 向こうもつっかえつっかえだ……。ってことは何、やっぱり本当に――?

 脳の許容量がオーバーしてオーバーヒートしちゃいそう。というかしてる。

 顔が熱い。体が熱い。

 なんかもう、思考すら危ういような――。


 あれ、視界がぼんやりしてきた……。

 ついに私の体が限界を迎えたらしい。体が高温を発しながらふらついていることをなんとなく感じて私の意識は真っ黒にブラックアウトした。


「大丈夫か、篠崎!」


 そんな声がして抱きかかえられた気がしたけど、現実なのか幻だったのかはわからない。


 *


 突如、篠崎がくらっとしたのを俺は逸らした目線の端で捉えていた。

 それもあってか、篠崎が地面に叩きつけられる前にキャッチすることができたのだけど……。

 ……うわ。女子ってこんな軽いんだ……。それに、柔らかいし、しかもいい匂いが……。

 って、やめろ。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 篠崎のおでこに手をやると、かなり熱かった。素人の俺でも熱だと断言できるくらいには。

 というわけなのだが。確認してみたものの、意識は完全に落ちているようなのだ。

 それだとしがみつけないのでおぶることができない。

 ということは、まあ、これしかないんだろうよ。

 時は一刻を争う。もう方法だとか衆目だとか恥ずかしさだとか言ってる場合ではない。

 俺は片手を篠崎の首の後ろへ。もう片方は膝裏へと走らせる。

 いわゆる、お姫様抱っこというわけだ。運動部だから多少の筋力があって助かった。俺は篠崎を難なく持ち上げることができていた。

 いざ救護室へ。場所は最初、気持ち悪くなった結叶が向かった方向から見当がつく。

 そのあいだ篠崎の温もりだとか汗だとかその顔だかに俺の心臓はバックバクだったけど、なんとか気持ちを抑えて運びきった。


 ……病人の顔にドキリとしてしまうのはいささかいただけないことなのだろう。

 でも、それによって魅力が溢れているのだからしょうがない。

 とはいっても、もちろん心配する気持ちが一番大きかったんだけど。


 *


「ん……ぅ」


 私はそこで目を開いた。感覚からして横の体勢になっているのだろう。

 そして、景色はさっきいた外とは打って変わって蛍光灯の人工的な光が私を照らしていた。


「ああ……目が覚めたか」


 しばらくぼうっ、としていると傍らからそんな声が聞こえる。

 紛れもなく叶人だ。


「あれ……何がどうなって……。さっきまで私はベンチに座ってたはずじゃ……?」


「倒れたんだよ。いきなりふらって。触ってみたらすごい熱かったから心配した」


「さ、触った……?」


 どこに、何で、どのくらい触ったのか。まさか、叶人だからないとは思うけど、その、変なところに……!?


「違う違う! でこだよでこ!」


 健全なその答えを聞いて私はホッと……できるわけあるか。

 額だって結構なところだ。それを好きな人に触られたとあっては。もっとも、さっきは頭を撫でられちゃったけど。

 と、思っていたら不意にぺたぺたと、さっきまでのは序の口だと言うように顔の至る所を触ってきた。


「な、なに触ってるの!」


「いや、本当に大丈夫なのかと」


 叶人はそこまで言ってからハッ、と何か思い至ったように私から勢いよく手を離した。


「ご、ごめん……」


「い、いやあ、別に……」


 なんだこのぎこちなさ。離れたら離れたで余計恥ずかしくて気まずい。

 ……で、実際さっき触られたのは嬉しかった。引き締まった手の感触がまだ頬や額に残っている。

 さっきから嬉しいことされると私から離れたり威嚇しちゃったりしてるなあ。そういうのって今までなかったから、耐性がないのだ。嫌がってるって誤解されてなきゃいいけど……。

 だけどその心配はなかった。

 なぜなら、いきなり叶人が肩を掴んで向き合わせてきたからだ。


「……でも、本当に心配したんだよ。何かあったらどうしようって……」


 叶人はこちらを正面から見据えて真面目な表情で言った。

 ……やっぱり格好いい。改めてそう思った。

 そう、私は叶人のこういうところに惹かれていたのだ――。


 あれは四月のことだったか。

 サッカー部のマネージャーにも慣れてきた頃だった。

 その時叶人のことは目立つ中心的な人物だと思っていたから、ただカッコイイなと思っていただけで、特別そういう感情は抱いていなかった。

 だから叶人をそういう目で見るようになったのはその出来事が発端だ。


 ある日のこと。

 部活中に怪我をした人がいた。まあ、それはあまり重大ではない怪我だったんだけど。

 それでなんともないと判断した部活のメンバーたちは一応声をかけてから練習に戻っていってしまったんだけど。

 それでも、叶人だけは違った。

 声をかけるにとどまらず、素早く治療してから冷やし続けた方がいいだとかのやるべきことをその人に伝え、最後にもう一度元気づけてから、練習に戻ったのだ。

 うわべだけでなく、心から心配しているというのが丸出しだった。

 それは他のメンバーとは格段に違うことだ。カッコイイだけだと思っていた叶人は、お人好しな格好いい男子だったのだ。

 その時に私の中で叶人を見る目が変わって、いつしか叶人を見かけるとそちらを見てしまうようになっていた。

 自分で考えても安易な理由かもしれない。でもまあ、それが私なのだ。私はいつだって単純に惹かれてしまう。夢望の時だってそうだった。

 一度想ってしまったなら、それはもう止められないものなのだ。


「……おい? 篠崎?」


 いつの間にか物思いに耽ってしまっていたようだ。叶人が心底心配しているのが見え見えな態度で聞いてくる。


「ブフッ」


「い、いきなりなに笑ってんだよ」


「だって顔が面白いんだもんっ」


「べ、別に俺はただ真面目に心配してるんだけど」


「真面目と面白いは紙一重なんだよ。……私はもう大丈夫。少しバテちゃっただけみたいだから」


「そうか? それなら安心だけど」


「そ。だから――」


 私は寝かされている状態から立ち上がって叶人の手を取った。ベンチの時の恥ずかしさはなぜか消えてしまっていた。


「遊び、いこ?」


 だって、叶人にその気があろうがなかろうが、私が叶人のことを好きだと思う気持ちは変わらないから。そこに恥じらいなんて必要ない。

 私は私の青春をしよう。

 大事なのは、今を思いっきり楽しむことだ。


 *


 どちらかと言えば、あんまり好きなタイプではなかった。

 いや、それは食わず嫌いのようなもので、篠崎愛華は怖いやつ、だとか関わるのが危険、だとか言う根も葉もないウワサを間に受けてしまっていたからにほかならない。

 まあ、同じ部活だし否が応でも顔を合わせるので、嫌いという感情は持たなかった。というか、嫌いと思う人は俺にはいない。だいたい無関心か普通か、好んでいるかだ。

 あの頃の俺が持った篠崎に対しての感情はおそらく普通に位置していただろう。

 顔こそ整っているものの、見た目がギャルっぽいし、厳しそうだし。

 それこそ偏見の眼差しで俺は篠崎のことを見ていたのだ。

 だけどそれは篠崎と日に日に仲良くなっていくうち、なくなった。

 もちろんだ。本当の篠崎はウワサや偏見とは違った、いいやつなのだから。

 まあそれまでも部活中のこの献身的な感じはそうなんだろうな、とは思っていたけど、極めつけは結叶たちの一件だ。

 まさか、あの時、結叶が変な断り方をした後のあの時に、篠崎の名前が出るとは思っていなかった。

 しかも結叶が篠崎に呼び出されたその次の日に結叶と神原がくっついていたのだからなおさらだ。

 何をしたのかは想像もできなかったけど、なんとなく、俺と同じような匂いはしていた。ほら、世話好きとかそういう感じのだ。

 そのあたりから俺の篠崎に対する好感度は右肩上がりに上昇していたのだろう。いつしか、結叶たち繋がりで親しく話すようになっていたし、ことある度に気にかけるようにもなっていた。それらのことからさすがに俺が篠崎に好感を抱いていることくらいは理解できた。

 だから今俺は意を決して二人きりでいるのだ。

 篠崎が気を失った動揺からまだ立ち直れていないのか、もう自然と気まずさは感じなかった。だけど今回はこっちの方が好都合だ。

 しかも、現在ナチュラルに手を繋げているのである。さっきも繋ぐには繋いだが、あれは高テンションの賜物だろう。それに対して今のこれはしっかりとした意思を感じる。

 ……もうそろそろ男の威厳というものを見せてやろう。今まではてんでダメだったけど今回で挽回だ。


「篠崎、俺についてこい」


「え、あ、うん」


 夜も近づいてきた夕方。せっかく来たのだし、まずはできるだけ楽しもうじゃないか。

 俺は篠崎の手を引っ張っていった。


 *


 ジェットコースターに乗った。ティーカップにも乗った。お化け屋敷にも入った。

 日が沈んでしまうまで、私たちはありったけ遊んだ。夕暮れ時で若干空いているということも幸いして、私たちは時間のロスを思わせないくらい充実した時間を送っていた。

 たくさん笑った。特に叶人のお化け屋敷でのビビりっぷりと来たら。やば、思い出したらまた笑えてくる。


「って、またなに笑ってんだよ」


 叶人に痛くないチョップされた。そんな些細なことさえもいい思い出の一コマになってしまうような勢いだった。

 ああ、私は幸せだなあ。

 柄にもなくこんなことを考えてしまう。


「いやあ、今日は遊びに来て良かったな」


「そうだな。俺も思うよ」


「それにしても叶人の怯え方は半端なかったけど……ぷぷ……」


「しょうがないだろ!? 苦手なものは苦手なんだよ! てか、それ言うならフリーフォールの篠崎だって面白かったぞ」


「うっ……。あれだけは苦手なんだよ」


「ほれみろお互い様じゃん」


 それにどちらともなく私たちは思わず笑ってしまった。

 ああ、今日は忘れられない一日になるんだろうなあ……。


「いつの間にか夜だよ」


「だな。って言ってもまだあんまり暗くないけど」


「でも時間はもう遅いよ? 帰る?」


 もう普通は帰りの時間とかを考えたら帰る時間だった。


「いや」


 だけど叶人は繋がれた私の手を引いて、淡々と歩を進めていく。

 やがて振り返った叶人は、ニッコリ笑いながらこういうのだった。


「……最後にもうひとつ、乗ってから帰ろうぜ」


 *


 ……あー言ってしまった。これであとには引けんだろ。

 結叶の言っていた今回のデートの最終盤面を俺はたどろうとしていた。

 そう、俺たちは遊園地は楽しみこそすれ、当初の目的は全くもって達成できていなかった。

 ……結局遊びまくっただけでなんの進展もしてないのだ。

 これは問題だろう。だって、当初の目的は篠崎に告白するということなのだから。色々なことがあって回り道になってしまった。

 でも終わりよければすべてよし。今日が終わった時点で最終的に告白ができてればいいのだ。というか、告白って普通最後にするものか。……多少強引なのは気にしない。

 と、いうわけで俺は篠崎と最後の戦場、もしくは始まりの場所へ向かうのだった。


 結叶いわく、最大級のイベント。


 ――観覧車へ。

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