⑤ レッツ・スタート

 と、格好つけてみたのはいいが、俺は本質的にプロデューサーを名乗れるほどの者ではない。

 まともな恋愛なんてしたことないので結局は俺ができることなんてほとんどないのだ。

 だからこういうのは神原におまかせ……というのは駄目だな。神原のことだから篠崎にすごいことやらせそうな気がする。あんなことやそんなことを。

 方向性が危うくなってきそうなのでここは最初に俺の理想像を述べておいたほうがいいだろう。なんというか、テンプレート的なことだ。

 まず、遊園地で二人きりになる。これは大前提。複数人いる中での告白とか見るに堪えないし見られる方もいやに決まっている。もちろん、例外はいるのだろうが。

 そして、アトラクションやら食べ物やらを一緒に楽しんで、さりげなく手を繋いじゃったりとか間接キスとかをする。これでなんとなく雰囲気を作ったりしていく。

 んで、最後は夜の観覧車で告白。もちろん両想いだから断るはずもなく、その観覧車の中でキスくらいまでいったらいいんじゃないか?

 ……なんていう恋愛の模範的なことが全て起こることはないのだろうが、だいたい最後の観覧車さえできてれば他は大丈夫な気がする。

 うん、そうだな、さすがに全部を求めるのは鬼畜がすぎるだろう。ましてや俺がその立場だったら一個もできない確信あるし。何確信してるんだ俺は。

 とにかく、ここまで筋道を考えれば上出来だろう。

 というわけで、待ち合わせの最寄り駅に到着である。


「おはようございます結叶くん」


「おう、早いな」


 もう集合場所には神原が来ていた。集合時間まではあと十五分ほど。

 どっちも来てないことだし今の内にさっき考えたことを話しておこう。

 ということで、俺は神原に理想の展開を話した。


「なるほど……たしかにいいですね、それ。ハッピーエンドですし。でも……」


 そこで口ごもったので神原を見ると、頬が妙に膨れていた。

 ん?

 疑問に思うのと同時に神原が急接近してきた。


「なんで私たちの展開そっちのけなんですか! 私たちだって今日はデートじゃないですか! 私だってラブラブしたいんです!!」


 ……少し、めまいがした。

 なるほど、そう来たか。俺はてっきり篠崎と叶人をくっつけるためだけの今日かと思っていたが、神原はそうではなかったらしい。

 神原はまだ俺の中では友達だ。だけどあいつは俺が神原を恋人認定することをまだ諦めていないらしい。


「同時並行とかムズいだろ。今日はあいつらのためにしてやろうぜ」


「ふふん、それが大丈夫なんですよ。結叶くんのお話を聞いたあたり、私たちがあの二人の近くにいることはまずいということですよね? それなら向こうは向こうでやらせてあげて、私たちも私たちで行動できるじゃないですか」


「……でもしっかり見守らねえと」


「だからですね、私たちも進まなければ行けないと思うんですよ」


 あー、これ折れないやつだ。

 めんどくさくなった俺は遠い目をして遠くを見ているとまもなく助けは来た。

 集合時間まではもう五分を切っていた。


「よ、結叶と神原」


「早いわね夢望も倉永くんも」


 違う二方向から篠崎と叶人がそれぞれ歩いてきた。方向が違うのが残念だが、この一致。案外気が合う二人らしい。

 ……上手く行けばいいのだが。いや、フラグ立てるのはやめておこう。


 *


 電車に乗っているあいだ、俺は気まずさを感じた方がいいことに気づいた。

 篠崎の顔は見えないけど、みんなの格好を見渡してみよう。

 ……うん、やっぱり。

 語彙力というか服の知識が恐ろしくない俺では上手く表現するのは不可能だが、それでも言おう。三人とも、よくイカしている。いかにも充実した瑞々しい高校生感がにじみ出ているのだ。

 俺も高校生だが、もうそんな瑞々しさなんて捨ててしまった。もう枯れ果てている。さすがに人前に出るから一応変に思われない服装をしてきたつもりだったが、こいつらに囲まれていると絶対浮く。

 ほら、あそこで話してる女子中学生とかサラリーマンとかおばあさんとかチラチラ俺のこと見てる気がする。……被害妄想激しすぎかよ。

 気づかれないように三人から少し離れ、俺は空気になることに徹することにする。


「遊園地、混んでるかな」


「さあ? でもゴールデンウィークでもないただの休みなんだからいくらか少ないとは思うけど」


「大丈夫だよ、そんなこと気にしてちゃダメ。楽しむことに集中しなきゃ」


 ……うん、リア充の会話だ。どこが、とか指定できないけどなんとなくリア充の会話だ。

 普段俺はこんなやべえやつらと一緒にいるのか?

 陰キャの友達がいないのにリア充の友達はいるって、人生ってわからもんだな。まあ、あれだな、電気とか磁石みたいなもんか。反対同士が引き合うって……違うな、これだと同族で仲間を作るのがおかしくなる。理論作成失敗だ。なんの理論かは知らないが。

 俺がスマホに目を落としてそんなことを考えている間にも、リア充どもはその高いコミュ力によって話に花を咲かせていた。


「そういえばあともう少しで中間じゃん」


「あー、やばい、高一のしょっぱなからつまずくのはやばい」


「やばいって、萩宮くん勉強苦手なんですか?」


「そうなんだよ、あの高校来れたのもたまたまの偶然というかな」


「へー、なんでもできる感じの印象でしたから意外です」


 なんでお前らはそんなに会話が続くんだよ。

 俺だったら『中間じゃん』のあとに『そうだな』で終了するぞ。しりとりでやたら早く終わらそうとするやつなみに続かんぞ。

 まあ、関係ないからいいけど?

 その分考える時間とかゲームする時間とか増えていいんだけど?

 と、頭の中でアンチ実況しながら、スマホのソシャゲをピコピコやっている俺。

 ちょっと待て。傍から見たら俺たちってどんなふうに見えるんだ?

 中のいい四人組の友達、ではないな。俺の見立てが正しいならあの三人が仲良さげな友達、そして俺が赤の他人だな。

 それでいいのだが。いやむしろそっちの方がいいのだが。これで四人組だと思われたら俺が不憫だろう。って自覚あるのかよ。

 スマホの画面内では、鍛えに鍛えた俺のキャラクターが揃って敵モンスターを滅殺していた。

 あーあ。こういうわかりやすい世界行ってみたいな。キャラクターで立ち位置が決まってしまうこんな世界ではなく。

 だけどそこから流行りの異世界転移など起こるはずもなく。


「結叶くん?」


 代わりに、神原の心配するような声が聞こえてきた。スマホから顔を上げると、三人ともがこちらを見ていた。

 声をかけてもらえるだけ、俺には救いがあるってことか。


「別に、ただ考え事をしていただけだ」


「そうでしたか。じゃあ、結叶くんはどっちですか?」


「は?」


 スマホと考え事に集中していたから、会話なんて入ってきていない。

 だから問い返してみると、神原から愚かとも言える質問が飛んできたのだ。


「結叶くんは目玉焼きには――」


「塩」


 全く、その話題って初対面で話のネタがない時に話すことじゃないのか?

 結局、俺が会話に費やした時間は二秒とかからなかった。やっぱり続かせることは難しいな。


 *


「やーっと着いた……」


 俺たちが遊園地のゲートをくぐる頃には、俺はもう疲れきっていた。

 まずいつも家にいるのに外出した、というのでひとつ。

 人が多くて人に酔ったのがひとつ。梅雨の時期だから人混み暑いし。

 そして電車が終わったと思ったらバスがあったことがひとつだ。何それ聞いてなかったから交通費が予定よりかかっちゃったじゃんモチベ下がるんですけど。

 俺は守銭奴とまではいかないが、お金は大切に使う派だ。思わぬ交通費には落ち込む。


「大丈夫だ、なんとか……」


 始まる前から死にそうになってる俺を支えている神原から離れて独力で立つ。

 あ、そうだ。いいこと思いついた。


「……いややっぱり無理だわ。神原もう少し支えて」


 ふらふらと俺は再度神原の懐に飛び込んだ。「ひゃんっ!?」なんて変な声を聞いた気もしなくもないが気にしないようにしよう。

 俺は小声で神原に耳打ちする。


「……このまま救護室へ向かってくれ。そのまんまあいつらを二人にする」


「ひゃあっ!?」


 なんでそんな声をあげたのかはわからないが、とにかく察してはくれたらしい。


「ひ、ひとまず結叶くんを運んできます。二人は遊んでていいですよ」


「あ、そう?」


「本当に一人で大丈夫?」


「任せといてください。しかもこんなチャンスは二度とありませんからね!」


「あ、そう」


 今度は篠崎と叶人が同時に腑に落ちたというような『あ、そう』だった。何に納得してんだよ。

 まあ、いいか。まずは二人きりにするという前提条件クリアだ。


「時間はまだまだあるんだ、回復したらまた合流するよ」


 と言いつつ、叶人に今度こそやれよ、という感情を込めた視線を送った。

 どう受け取ったかはわからないが、とりあえず頷いたから何らかの意図は汲み取ってくれたようだ。

 俺は叶人がやることを信じて、神原に支えられながら救護室へと向かった。


 *


「ふう、なんとかたどり着きました」


「いや、救護室に向かえとは言ったけども」


 額に腕を当ててやりきった感を演出する神原にすかさずツッコミを入れた。

 俺は救護室へ行ったというポーズが取れればそれで良かったのだが……なぜか俺はベッドの上に寝かされていた。


「駄目ですよ、無理しちゃ。結構無理してるって見てればわかりますよ」


「いやそこまで重大でもないと思うけど」


「その気の緩みが重症を引き起こすんです」


 俺が起き上がろうとするのを神原が押し返す。つまり神原が俺を押し倒す形に……って前もあったなこのくだり。


「ふっ、もうその手は通用しない」


「? なんの手です?」


 あ、こいつ今度は普通にやってたやつだった。一人で意識しちゃった俺が恥ずかしいやつじゃん。

 真顔維持スキルで悟らせはしないけど。


「大丈夫だって。熱だってなかったし」


「でもですね……」


「やばくなったら遠慮なく言うから」


 俺は荷物から水筒(こういうところの飲み物は高いからだ)を取り出し、中に入っている麦茶で喉を潤した。


「結叶くんがそう言うなら、いいですけど……」


「そうと決まれば早く出ようぜ。あの二人を見ておきたいし」


「何言ってるんです?」


 救護室から出たところで、神原が俺の腕を掴んできた。諸々と腕に柔らかいものが当たるが、まあそれはなにかの幻覚ということで処理しておく。


「何言ってるって、何言ってんだ?」


「決まってるじゃないですか、私たちも遊ぶってことですよ。さあ行きましょう!」


 有無を言わさず俺は神原に引っ張られていった。

 ……こいつの属性がイマイチ掴めないのだが。そもそも属性を持ってるのかは知らんが。


 *


 そして早々に詰んだ。

 原因は今もビュンビュン吹かしてキャーキャー叫び声を喚き散らしている超大型機械。

 そう、ジェットなコースター、ジェットコースターだ。

 補足しておくと、ここは遊園地だからといって夢の国の方ではない。フジヤマが一望できる某有名遊園地の方だ。

 そしてここはいわゆる絶叫マシンが多数建立しているわけで。ここまで来たらもうわかるだろう。

 そんなこんなでえげつない洗礼を喰らった俺はベンチで青くなって座り込んでいた。全く慣れとかないしょっぱなからラスボスに挑んでる感じだろこれ。

 何がやばかったって、そりゃあ内蔵をスクランブルさせる勢いのスパイラルよ。それにスピードが足され遠心力も加わって……思い出したらまた気持ち悪くなってきた。

 俺、倉永結叶がもう絶叫マシンには乗らないと固く心に誓った瞬間だった。

 そしてなにより腑に落ちないのが。


「なんでお前は何ともないんだよ!」


 神原がピンピンしていたことだ。乗る前よりむしろ元気そうにも見える。

 神原は胸を張って言った。


「私、こういうの得意ですから」


「いや、得意っつったって、あれを耐えられるとは思えないんだが」


 製作者の嗜虐心が浮き彫りになったようなアトラクションだった。


「あれ、まさか結叶くんああいうの苦手でしたか?」


 そしてこいつの嗜虐心も浮き彫りになったらしい。

 悪魔のような天使の笑みをこちらに向けてくる。


「苦手ってわけじゃないけど、思ったより過激だったから」


「びっくりしちゃった感じですね」


 隣に座った神原が背中をさすってくれる。ああ、いくらか気持ち悪さは和らいだ気がする。けどなんだろう、この敗北感は……。

 手を払うのもなんか違う気がするし、そもそもそんな気力すらないでいると、あ、と神原が声を上げた。


「次、あれ乗りません?」


「嫌だ」


 神原が隣の絶叫マシンを指さした瞬間に俺は拒否の意を示した。とんでもない。さっき乗らないと固く心に誓ったし。



 ……結局、いくつか軽めのアトラクションに乗ったが、不覚にも昼時になるまで篠崎と叶人のことは頭から振り払われてしまっていた。

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