④ なんとも言えない二人の関係
その翌日は、朝から雨が降っていた。
朝から憂鬱な気分にさせられながら、俺は今日は遅刻ギリギリに学校へ登校した。
「どうしたの?」
なんて前の席から篠崎に聞かれたが、「いや、なんでも」としか言いようがない。
ダサすぎるじゃん。普通にいつもの時間で登校してた途中でひょんなことから泥まみれになって着替えてから来たらこんな時間になったなんて。これは俺の中でだけの出来事にしておく他はないだろう。
それこそが俺を憂鬱たらしめている元凶ですらあるんだけど。
実際問題、俺が気を取られるのはそんな些細なこと(……なのか?)でいてはいけない気がした。
到着直後に始まったホームルームや、午前の授業には遅れを取らないようそれなりに集中しつつ、俺の気持ち半分はしっかりと違う思考に支配されていた。
いわく、アレにだ。
そう、俺とはあんまり関係ないアレ。
隠す必要もないことをアレ呼ばわりするとは、俺は伏線マスターにでもなれるのかもしれない。
昼。
早速アレを実行に移した。
神原にはしっかりと事前に連絡をしてある。
雨だけど俺が神原に昼一緒に食おうぜと言い、そこから連鎖して神原が篠崎に昼一緒に食べようと言う。これぞ巻き込みスパイラル。……何言ってんだろ俺。
そして俺は叶人にも今日は昼一緒に食べないかと誘ってみると、叶人は二つ返事で了解してくれた。こんな俺のわがままに付き合ってくれるとは、叶人も大概良いやつだよな。
まあ、今回は完全に俺のわがままに付き合っているというよりかは、叶人の意思も少なからずあるのだろうが。
役者は揃った。あとは場所だ。いつもの屋上は雨が降っていて使えん。
というわけで俺はここに来て神原にバトンタッチという名の丸投げをした。
「えーと……」
もちろん神原は困っていた。
いや、アレの話した時くらいにちょっとくらい考えとけよ。俺が言えた義理じゃないけど……。
「教室じゃ嫌なの?」
俺たちが頭を捻っているとやがて篠崎が当たり前のことを聞いてきた。たしかに、昼を済ませるならこの教室で事足りる。
だけど、駄目なんだよ、今週はな。
「叶人がこっちのクラスに来るのは気まずいだろ」
ここで俺はそんな当たり前な質問が飛んでくると考え事前に練っていた言い訳を言った。……なんでその対策は考えられて場所は考えられないんだよ!
俺は心の中でだけ頭を抱えながら篠崎の反応を待った。篠崎のことだ、ワンチャン『あんたが呼ばなけりゃいい話でしょ』的なことを言われそうな気がする。
だが、意外に答えは想定していたこととは裏腹だった。
「そ、それはしょうがないわね。いいわ、どこか移動しましょうか」
「助かる。叶人のためにもな。で、なんかいい場所あるか?」
どうやら神原の言った通り、篠崎は叶人きゅん大好き〜! らしい。なんとなく思いを知ってると面白いな。叶人がらみならなんでもしそうだ。思わずニヤけてきた。
「何ニヤけてるのよ気持ち悪い」
やはり指摘された。いかん、いつもは抱かない感情だから俺の真顔維持スキルも耐性がなかったようだ。
俺はなんとか表情を抑える。
「いや、なんでも。思い出し笑いだよ」
「そんなことより行こ愛華」
怪しまれる前に神原が関心のベクトルを変えてくれる。ナイス。
「そうね、一ヶ所だけあるわ。ついてきてよ」
「あんまり人がいない場所か?」
「なんでそんなこと? まあ、いないでしょうね」
よし、好都合だ。俺は篠崎から目的地を聞くと、叶人へその場所のことを送信した。
*
そんなわけでたどり着いたのは。
「おお……。これはいい場所だ」
雨雲に遮られ、日光が届かない中、薄暗い室内。静まっている場所だからか、梅雨の時期特有のウザイじめじめ感は不思議と抱かなかった。
パチパチ、と篠崎が部屋の明かりをつけると数個並んだ大テーブルが目に付いた。
「こんな場所知らんかった……」
「そりゃそうでしょうね。学校案内では来ない場所だし、あんまり使わないもの。むしろ私だから知っていると言っても過言ではないわ」
「そして私たちは部活にも入ってないからここに来ることはあるはずなかったってことですね」
そうだ、ここは部活に関係のある場所だった。
たぶん、俗称的な言い方をするならば、ここはミーティングルーム。正式名称は会議室か?
自由に使えてかつ部活の時間以外は使われることのないここは、素晴らしいプライベートスペースになること間違いなしだった。……うちの高校はいちいち鍵とかかけないから結構ガバガバなのだ。外から入られさえしなければ内は適当でいいでしょ、的な考え方だ。全く、どこの横着者だよ。
「よっ」
なんてふうに呆れていると、開いている扉から叶人が入ってきた。片手に弁当を持っている叶人の顔は心なしかいつもより緊張しているように思えた。
あちゃー。叶人って意識するととことん意識しちゃうタイプだったか。俺が叶人に助けられてばっかだったからそういうところは知らなかった。
ともあれ、万事良好。
「早く済まそうぜ」
俺は一足先に弁当を開くと、中に入った手頃なサンドイッチにありついた。
比較的軽めに取れる昼食をみんなより圧倒的に早く終わらせた俺は、これまた自然な口調で切り出した。
「ちょっとトイレ」
「あ、私も」
便乗するように神原も立ち上がってミーティングルームから外に出る。
そう、これこそがアレだ。
くっつけよう大作戦。大はいらなかったかもしれないが、とにかくくっつけるのだ。
廊下に出ると、俺と神原は怪しまれるといけないのでミーティングルームから離れるように歩く。
トイレ方面にしっかり歩いたところで、俺は神原に向き直った。
「よし神原、スマホを出すんだ」
「わかってますよ」
軽い仕草で神原はスカートのポケットから自分のスマホを取り出した。
別に神原のスマホを覗きたいだとか、そんなことではない。
今、俺はあの部屋に布石を打っている。
『……いやー、それにしても準優勝できてよかったよ』
神原のスマホからこんな声が聞こえてきた。篠崎であろうことは間違いない。
そう、俺は通話状態のまま、あの部屋にスマホをポンと置いてきたのだ。我ながら用意周到すぎて寒気が走る。
まあ、有り体に言ってしまうと、やましいことがないと断言してから言ってしまうと、盗聴だった。
二人きりにしたとて、勝手にラブコメを展開するというわけではない。逆に起こらない可能性の方が圧倒的に多い。現実なんてそんなもんだ。
トイレという理由で出る時間が長いとおかしいというか変な疑惑を呼びかねないので三分だけ様子を見るとしよう。
『まあ、運が良かったっていうかな』
『いやいや、みんなが頑張ったからこその勝利でしょ』
『……照れるからやめろよ』
お?
普通にいい感じじゃ?
この褒めあいから関係が進展するんじゃ?
『…………』
『…………』
お?
普通に黙っちゃったけど?
なに、話すネタ切れた?
それとも想いを寄せている相手と二人きりで緊張でもしてるのか?
『それにしてもあの二人っていいよなー』
あ、話逸らした。しかも俺たちを巻き込み型っていう。
『だよね、最初は不安だったけど、安定してみると羨ましい限りなのよね……』
そして自然に乗っかるお前もお前だぞ、篠崎。
はあ、そういう雰囲気から遠のいてしまったじゃ……いや待てよ。俺らの付き合っている関係の話から自分たちの関係についての話に結びつくとは考えられないか?
俺が神原と付き合っているという認識なのは少しばかり癪だが。別に神原が嫌いなわけではない。なんとなく知ったような顔をされるのがイラつくのだ。
『わかる。俺もああなってみてー、なんて思っちゃうんだよな』
『やっぱり、叶人もそういう恋愛に興味持つんだ?』
む。俺らがいなくて二人きりだからか、篠崎が叶人のことを名前呼びしてるぞ。これは推測だが、俺たちがいる時にはわざと叶人のことを呼ぶことはしてなかった気がする。
いや、だがこれはチャンスだ。恋愛に話題が移ったことで話が一気に持っていける形を取った。
言うなればこれは消化試合だ。さあ叶人、お前の思いの丈を篠崎にぶつけろ――。
『いや、まあ、うん、そうだな』
――おい、なんだその反応は。リア充の領域にいるお前がキョドってるのはおかしいだろ。
叶人の意味深な行動をどう解釈したのか篠崎はここぞとばかりに畳み掛けていた。
『ちなみに、好きな人とか、いるの?』
……やるな。駆け引きってやつが上手い。
『まあ……いる』
『それってどんな人?』
『それは……』
さあ行け、今度こそ。
お前だよ、なんて言って抱きしめろ。それで今回の件は終結だ。
『献身的で優しくて陽気な人……かな』
だが。
神原の上手くいかないことを示唆する予言(?)がよく的中してしまったらしい。
叶人……それはさすがに抽象的すぎやしないか。
*
「あ、おかえり結叶」
「ああ……」
揃ってトイレに行った後に同時に帰ると誤解を招きそうなので時間差で俺が後にミーティングルームへ戻ることにして今帰ってきたところなのだが、なぜだろう、ため息が止まらん。
いや、なぜかはわかっている。
全ては目の前にいる幼馴染なのだから。
「あのな……」
俺は声を潜めて隣の叶人に耳打ちした。
「お前、さすがにあれはヘタレだぞ」
「え? なんのこと?」
あ、そうだった、盗聴してたことは知らないんだった。
「好きな人が献身的で優しくて陽気な人って、さすがに抽象的すぎる。もう少し私なのかも、って思わせぶりな感じな応答をしろよ」
「へっ!? なんで結叶がそんなこと知ってるんだよ!?」
「どうしたんですか萩宮くん?」
「あ、いや、なんでも」
そこで昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
俺はパッパと片付けを済ませ、教室に戻ろうとする時に、再度叶人に耳打ちした。
「今週中にけりをつけなきゃいけないんだろ」
「あ、ああ」
「なら頑張れよ」
そう叶人の肩を叩いて教室に戻るあいだ、だけど俺はなんとなく自分で結論を出してしまっていた。
……たぶん、叶人ってヘタレだ。
*
そう思ったのは正しかった。
なぜなら、今週叶人と篠崎のペアを作るシチュエーションを多数作ったにも関わらず、何事も起こらずにいつも通りであったからだ。
あっという間に金曜日。
花の金曜日なんて表現は似合わないほどに雨が降っていた。これは今週ずっとだ。でもたしか、今日の深夜あたりに止むとか言ってたっけ。
これではなんの進展もなく叶人と篠崎がこれから生活していくことになってしまう。両想いの相思相愛のくせに。
さすがにそれは俺の後味的にも悪かった。
だから、俺はしっかりと行動を起こした。
「明日遊び行きません?」
……主に俺が案を出して神原に代弁してもらう感じで。
俺が言うより神原が言った方が関心を持ちやすい、というのは言うに及ばずである。これでも俺は自分の過小評価っぷりは誰にも負けないつもりだ。……誰と競ってるんだよ俺。
「そうだな、お前らだって休み今週いっぱいまでなんだろ? 遊べる時に遊んだらどうだ」
「その口調、結叶は遊ばないつもりだな?」
「うん、できるならな」
実際、最近は休みという休みがなかった。先週は暇だからという理由でつい遊びに行ってしまったが、人間なのだから完全な休息日も必要だろう。
だが、まあ無理だろうな。
「結叶くんは行きますよ。ね?」
ほらな。
もはや脅迫じみた声音で俺の腕を掴んでくる。
「わかったわかった。で、そっちの二人はどうする?」
「私は行くわ。夢望と遊ぶなんて久しぶりだしね」
「つーわけだから、叶人も来いよ」
「え?」
返事してないじゃん何決めちゃってんの、的な顔をしていたので何か不平不満をたれようとする前に先制を取って言う。
「篠崎が来るってことは女子が二人で男子は俺一人になるだろ? バランスが悪い。しかも気まずい」
「……たしかにそうかも。じゃあ俺も行くか」
どちらかというと気まずい、の部分に賛成するようにして叶人の参加を取り付けた。ひねくれ論理にかかれば人を唆すのも楽勝だ。
よし、それじゃあ場所だ。
実はもう神原となんとなく決めてある。
「……じゃあ明日は八時にここの最寄り駅に集合です。みんなで遊園地に行きましょう!」
「俺はいいけど、篠崎と叶人、急に大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
「久しぶりに羽を伸ばせそうだしね」
やはり学校生活の中でのラブコメは起こしにくい。
イベントだイベント。イベントを発生させれば今度こそこの二人はラブラブの関係になるだろ!(暴論)
今までのは言ってしまえば序章に過ぎない。
ここからが本番だ。
このプロデューサー倉永がこの二人を恋人の関係にまで落とし込んでやるぜ!
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