③ リア充とは正反対の少年のお話(結叶サイド)
(土曜日)
さて。
昨日は柄にもなく叶人にエールを送ったわけなんだけど。
いかんせん暇だ。俺は部活に入ってないし、結梨はどこか遊びに行ってしまったし。まったく、あいつはお兄ちゃん離れ甚だしいんだから。
ふん、だけど俺だって学んでいるさ。家で時間を浪費するよりもっとマシな行動を起こすくらいできる。俺だって妹離れしていかないとな。寂しいけど。欲を言えばずっと養って欲しいけど。
というわけで前来た時とは比べ物にならないほど気軽な気持ちで俺は目の前のインターホンをプッシュした。
「はい、どなたですか……あ、結叶くんじゃないですか」
「ちょっと暇でな」
今度は神原本人が出てきたか。
そう、紛れまなくここは神原の家だ。まあ、ちゃんとした暇つぶしには持ってこいの場所だ。
といっても、これが二度目の訪問なんだけど。
前回はありもしない浮気の疑惑を解きに来て謎に酔った神原に迫られて窮地に立たされた俺がネガティブな思考に落ち着いたっていう黒歴史だからノーカンにしてほしい。
「急だけどいいか?」
「は、はいっ! 私はいつでもウェルカムですので……!」
どうぞっ、と神原はドアを開けて中へ促してくれる。
俺は素直に従って神原の家へと入っていった。
……今、神原が勘違いしていたようにも思えるが。
ま、いっか。
*
「お、倉永くんじゃん」
「……とことん暇そうだ」
ひとまず通されたリビングには楽勝で深夢がいた。俺に気づくまでソファに寝転がってボーッとしていたあたり、同じ暇族の匂いを感じる。いつも図書室にいるから部活に入っていないのは決定的だし一匹狼で他を寄せ付けないような文学少女だから当然か。
「じゃあ結叶くん、部屋まで行きましょうか……」
そんな同族を同族の分際で憐れんでいると神原が変なことを言った。
「え、なんで? 神原姉も暇そうだし、ここでいいじゃん」
「え、えーっと……。結叶くんはそういうのが好みなんですか……///」
俺が至極普通だと思われることを言うと、神原は(照)がつくように顔を赤らめていった。
そして。
「おい、おいおいおい!?」
いきなり脱ぎ始めた。
神原(照)、お前は家で痴女になるやつだったのか。私の聖域なら思う存分本気を出せるぜ、みたいなノリなのか。
ひょんなことから神原の下着姿を見てしまったことがあるが、あっという間に下着になっていく様の方が色気があった。
そういうもんなのかね。
なんて言ってる場合じゃねえ。
「やめろって!」
俺は最後に残った上着を取り払おうとしているところをなんとか止めに入る。……最後に残ったものだから、下はもう一丁だ。
「あ……。結叶くんは脱がせる方が良かったですか」
「いや、どっちでもねえから……。とにかく服を着ろ」
そこらに脱ぎ捨ててあるものを拾って神原に押し付ける。
神原はそれを受け取ると、ゆっくりと衣類を身につけていった。
「で、お前は何を考えてるんだ? この痴女予備軍」
「痴女なんてひどいです! 私はただ結叶くんが望んで来たのかと思っただけで……」
「望んできたってどういうことだよ」
「だって、彼女の家にいきなり押しかけるなんて、そ、その、エッ、チなことをする時じゃないですか」
……なんて偏見だ。そして恥ずかしがって単語を句読点で区切るな。言いきれ。
「私の部屋でならよかったんですけど、結叶くんがここでいいっていうから、てっきりそういうことなのだと……」
なるほど、あの時感じた勘違い感はこういうことか。
ならば、キッパリと言ってやらねばなるまい。
「……大丈夫だよ、神原。まだお前は俺の友達認定だから。そういうことは万が一にもありえん!」
「それはそれでひどいです!」
「って、君ら付き合ってなかった?」
唐突に深夢が会話に割り込んできた。
そういえば、ほとんどのやつが俺と神原が恋人同士って認定してたんだっけ。叶人や篠崎でさえそう思っている節がある。
俺は疑問を解くため、結局俺らが落ち着いた立ち位置について説明した。これで深夢は真実を知る知り合い第一号だ。
「なるほどねえ。たしかに君ららしい」
笑いを含んだはにかんだ声が耳に届いた。
「つか、なんで今神原止めなかったんだ?」
ふと思い立って俺は今の神原の奇行についての話に戻した。なお、タメ口なのは本人の希望だから遠慮なく。
きょうだいって、そういうことしようとしてたら止めるものでは……? 少なくとも俺は結梨が神原と同じことしてたら命懸けで止める。
深夢は俺と同族の匂いがするから、この答えは決まったようなものだったけど。
「えー、本人たちが楽しいならいいじゃんそれで」
……どうやら俺と同族だったのは暇だという要素だけのようだな。
「放任主義すぎる……」
「だって、そんなガチガチに守ってたらいつまで経っても大人になれないじゃん?」
「だからって痴女行為を良しとするのはどうかと思うけど」
「それもそれで愛の形なんだよ」
さもいい話のように言っているが、俺にしてみればただの迷惑でしかない。
「まあまあ、いいじゃないか」
俺が顔を顰めていると、深夢は場を鎮めるように手を動かした。
そして握り拳を振り上げて。
「これにて新婚ハピハピカップルによる私を含めた3P×××の始まり始まり!」
「いや何言ってんの」
こいつも頭がおかしかったようだ。それにしても、誰に向けた言葉だろう。
*
もちろん、俺がいる時点でそんなハレンチなイベントは起こるはずもなく。
「くっ、もはやここまでか……!」
「ふふふ、結叶くんだからって容赦しませんよ!」
クライマックスを迎えていた。
なんのって、そりゃトランプに決まってるじゃん。
人の家でやる遊びなんて限られている。……いや、一応テレビゲームとかもあったんだけど、俺が強すぎた。普通に練度が違うのだよ。
だからアナログで目に優しいトランプゲームをすることにしたのだが……。
「これです!」
「ぐああああああああああああぁぁあぁぁぁぁ!」
「倉永くん、弱すぎない?」
横でプッ、と笑ってくる深夢には殺意を抱かざるを得ない。
そう、ただいま大連敗中。ババ抜きも、大富豪も、神経衰弱だって今のところ全戦全敗だ。
アナログにおいて俺は運も実力もないらしい。デジタルゲームとかばっかやってたからアナログの神様が怒ったのかも。
……いや、そもそも日頃の行いが原因か。って自覚してる時点で直せって感じだけど。
「も、もう一戦だ!」
「はい、いいですよ……結叶くんにこんな弱点があったとは思いもしませんでした」
「そうだよねー。正直テレビゲームの時点でゲーム系が恐ろしく得意なのかと思ってたけど」
「ほっとけ」
今度は俺がカードを切って、三等分に分けていく。もちろんズルなんてしないさ。後味悪いからな。
「じゃあ今度はババ抜きで」
「了解です」「はいよー」
一番勝率が高そうなのがこれだ。運に左右されにくいしな。
あ。
ここで、俺は自分のある変化に気づいた。
「ん、どうしたの?」
気づいた反応が呆けていたように見えたのか、深夢が俺を覗き込むようにして顔を近づけてくる。
……やっぱり。
「いや……いつの間にか顔が見れるようになってたから」
そうなのだ。
俺は深夢と勝負を重ねたり、話を重ねたりするうちにいつの間にか顔を突き合わせて話すことができていた。
「たしかに。いつも感じる若干の視線のズレを今は感じないや」
「ってことは、また克服したんですね!」
神原が目をキラキラさせている。
先天的なものなのか、後天的なものなのかはわからないが、俺の顔を直視できない病はいつか治そうと神原や叶人に言われていたが、でもこれは……。
「たぶん、顔が神原に似てたり、前から話したりもしてたし、ただ慣れただけなんだと思うけど」
「いいえ。それでも進歩は進歩です!」
「だね。これで倉永くんが誰かといい感じに打ち解けた場合に顔を見ることができるようになる、っていうこともわかったし」
二人ともそんな感じに褒めてくれはしたが、俺は決して自分が進歩したなどとは思っていなかった。……卑屈にもほどがあるだろ俺。
ちなみにその回のババ抜きも俺がビリで終わり、罰ゲームで俺が二人に何かを奢らなければいけないことになって遊びはお開きとなった。
*
(日曜日)
「ほぉー、ここが結叶くんの……」
神原は俺の片付けられた(表面上は)部屋を眺めてそう一言。
まるで昨日の入れ替わりのように今日は神原が押しかけてきた。
そして運の悪いことに、家には日曜で休みだった母さんがいた。
母さんは神原を一瞥すると「まあ」と口に手を当てて俺に「結叶にこんな日が来るなんてねえ」としみじみ言って、「今日はお祝いよ。結叶は神原さんを自分の部屋に上げてあげなさい」と促してリビングへ入っていってしまった。
母さん、露骨なお祝いって当人にショックを受けさせるもんなんだぜ。
と、いうわけで神原には俺の部屋に来てもらったのだが、よく考えてみると自分の部屋に上げるのは叶人以来初だ。……それ以前に他に上げるやつがいなかったんだけど。
日頃から小綺麗にしておいてよかった。……本の並びとかゲームの収納とか俺がスムーズに生活するためにやったことだけど。まさか役に立つ日が来ようとは。
「何しましょう?」
そんな俺の部屋を見回しながら神原は聞いてくる。
えっと、ゲームは……駄目だな。昨日学習したばかりだ。となると、他には……。
…………。
あれ、案ひとつにして手詰まった。
それもそのはず。そもそも遊びに来られることなんてハナから考えてないから自分一人だけが遊ぶようにカスタマイズしてあるのだ。
これは一種のぼっちの弊害というやつか……!
一人で遊ぶことに特化しすぎて多人数で遊ぶことなんて全く考えていなかった。
「どうするか決めていないこの状態をどうするか考えることから始めよう」
俺はベッドに座り込んで思考を始めた。
……たしかに最近は叶人と遊ぶことさえなかったからな、だって遊ぶなんてゲームやネットで事足りるし。前は何して遊んでたんだっけ?
「結叶くんも本いっぱい持ってるんですね。あんまり見たことない作者さんが多いですけど……」
あ、そうだ、暇つぶしなら読書もあるな。
って、やっぱり一人の時じゃねえか。
「ちょっと見せてもらいますね……」
うーん、やっぱりわからん。
だってここにあるのはマンガ、ラノベ、ゲーム、その他諸々の趣味物だけだ。遊ぶ道具なんて存在しない。
よし、ここはひとつ、お友達と遊ぶのにお忙しい結梨の力を借りよう。今日は『たまには休まないと疲れちゃうよ』って言って家にいた気がするし。贅沢な妹だぜ、ったく。そうして充実した日常送ってるの羨ましい。
「……ん?」
部屋の外に出ようと座ったベッドから立ち上がったところで、突っ立ったままの神原が目に付いた。
何か本を持って目を見開いて何かを直視して、そして恥ずかしそうに顔を赤くしている?
「おい、神ば――」
どこかに行っちゃってそうな意識を戻そうと神原の肩に手をやろうとしたところで気づいた。
神原が持ってるのはラノベだ。ま、ここにある本は全部そうだけど。
そして、その本のジャンルは最近流行りのチーレムなるものだった。結構話題のシリーズなんだよなそれ。
そして、ハーレム要素が入っているということは、つまり、ああいう系のシーンもあるわけで。
神原は奇しくもその文中表現でなく、ストレートにイラストを見てしまったようで。しかもカラーの。
「はわ、はわわわ、はわわわわわわ」
もう茶くらい沸かせるように真っ赤だった。
でも、どうしてこいつは……。
「そんな焦ることないだろ。これくらいお前だってやってるじゃん」
結構色々と迫ってくる割に、ここまで耐性がないんだ? 昨日だってちょい痴女じみた行動に走ってたくせに。
「は、え!?」
「いや、うん」
この反応、まさかの自覚なしだったパターンか!?
天然に痴女じみた行動するのはむしろエグい種族だぞ!?
「え、私、こんな恥ずかしいことを……もう私……」
茶を沸かすのを通り越して溶岩でも出てきそうなくらい顔がやばい。
これは、どうすれば?
「もうお嫁に行けないです!」
「え……」
俺はきっと、その時あんぐりと阿呆のように口を開けていたのだと思う。
そのお約束の一言が発せられると同時にドアが開いて飲み物や菓子を持って気を利かせた母さんが入ってきたのだ。
考えてもみよう。全く交友関係のなかった息子がいきなり異性を連れてきて部屋の中でその異性が『もうお嫁に行けない!』と言ったらどう思うだろうか。
「……あ」
神原も母さんに気づいて俺と同時に間抜けな声を出した。
「ゆ、結叶、あなた、まさか」
母さんは戦慄を隠せないようにジリジリと後ずさった。
「その子の弱み握って、そういうことしてたんじゃ……」
「誤解だぁっ!!」
その後母さんの誤解を解くのには神原の協力があっても相当の時間がかかった。
*
「今日は大変な目に遭った……」
「そうですね……」
お前のせいだろ。母さんに言われて神原を家まで送っている途中、俺は少し憎々しげに神原を睨んだ。
「でも、最後には誤解が解けてよかったです」
「神原が普通に俺の恋人だっていうことでな。……不本意だ」
「なんでですか。私は結叶くんのことは恋人だって本気で思ってますよ?」
「あのな……。俺にしょっぱなから恋人っていう関係を作るのはハードルが高すぎるんだよ。もう少し俺自身がランクアップしなきゃ……あ」
恋人で思い出した。今は俺たちの関係云々よりもっと大事なことがあるじゃないか。……正直、今まで忘れてた。
「叶人と篠崎の件。何か考えておかないと」
「ですね。といっても私的にはメインは休日デートなのですけど……」
「ま、当事者に一応連絡くらいはしておこう」
といって俺は叶人に『おめ。頑張れよ』とメールを送る。おめ、というのは直前に叶人が試合での勝利の報告をしてきたからついでだ。
「私も愛華に送っておきました。ですけど……」
「どうした?」
「なんとなくですけど、困難が待ち構えてる気がするんですよねえ」
その不穏な呟きは、直後に吹いてきた冷たい風に流されてしまったが、遠くに見える黒い雲を見ると、俺も両想いだから平気だよ、なんて軽口を叩く気は失せて、にわかに不安な気持ちになった。
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