⑥ そのあいだのリア充ども

 結叶が開始後早くも脱落した。

 本人は行きたくない感じだったのはこういうことか。たしかに結叶は人混みが苦手そうだ。いつもの生活からして。

 神原が運んで行ったけど大丈夫かな。二人っきりになりたそうだったから止めなかったけど。

 ……いや、待つんだ。

 ってことは、どういうことか。


「……どうする?」


 ここからは、篠崎と二人きりということだ。


「あ、ああ、どうしようか」


 やべえ、意識しちまって緊張する。今までは普通に友達としてやってきたけど好きな人として見るとこんなにも違ってくるのか。

 いや、いけない。せっかく二人きりなんだ、少しの進展くらいはしないと。


「えっと、そうだな。じゃあまずはあれ乗るか」


 俺は手始めに半円を描いて動くバイキングを指さした。しょっぱなからキツいのはさすがに無理だ。


「うん、いいよ。じゃあ行こっ」


 といって篠崎は笑みを浮かながら俺の手を取ってバイキングへと向かう。

 篠崎はこういう子供っぽさが残っている。だからこうして手を引っ張るのも無意識的な行為だとは思うのだが……。

 俺はその柔らかい感触を意識してしまっていた。

 なにこれ。やばい。

 篠崎がまっすぐ前を向いてくれているからいいものの、おそらく今の俺は顔を真っ赤にしているだろうな、と自覚があるくらいには顔が熱かった。

 あーやっぱりキツい。意識しまいと思えば思うほどに意識してしまう。

 今だけは、いや、今こそは、結叶の動じなさが欲しかった。ただのワガママだけど。

 俺たちが最初のアトラクションに着く頃には、俺の精神は疲労困憊だった。


「とうちゃーく……って、叶人どうしたの」


「ちょっと、俺も久しぶりにこんなところ来たからさ、テンション上がっちゃって」


 俺は膝に手をついて顔が見えないようにしつつ、そう答えた。うん、いい言い訳だと思う。


「そう? 実は私もなの」


 いくらか落ち着いたところで顔を上げると、満面の笑みを浮かべた篠崎の姿が見えた。

 それを見てなんとなく、俺も笑ってしまう。

 この顔をずっと見ていたい……。

 なんてクサイことを思いながら、俺はバイキングの順番待ちの列に並んだ。


 バイキングは予想通りの安定した乗り物だった。

 一回転しないか心配だったけど普通でよかった。最初に乗るにはうってつけの乗り物だ。

 だけど、俺はその浮遊感を楽しむことはできていなかった。

 こういうものが苦手なわけじゃない。むしろ得意な方だ。

 原因はもちろん篠崎だ。

 乗っているあいだ、隣に座っていた篠崎は悲鳴をあげながら俺の手を強く握ってきたのだ。

 それで俺はドギマギしてしまって楽しむことに集中できなかった。

 後になって冷静に考えてみると、これは俺の特性を顕著に表していたのかもしれない。

 いわく。


 ……俺ってちょろくない?


 *


 だけれど、さすがにやられっぱなしでは男の名がすたる。

 ここはひとつ、反撃というと言い方がおかしいけど、少しは頑張ってみようじゃないか。

 いや、言ってしまうと今週の平日にそんなことはやるべきだったんだろうけど。でもハードルが高かったんだよ、って言い訳させてほしい。

 今は深夜テンションならぬ休日テンションだから、平日よりかはやりやすいだけだ。

 ということで俺はその行動をいつ起こすか機を窺っていたんだけど……。

 ……えーと、何すればいい?

 俺の知ってるド定番は手を握るやつだけど、それならなんの躊躇いもなく篠崎がやってしまっていたし。しかも本人なんの気負いもしていなかったようだし。

 なんとなく良さげな人生を歩いてきた俺だけど、恋愛経験なんて皆無だから、行動を起こす決意はあっても何をすればいいのかがわからなくなっていた。

 これなら、結叶に何か参考になるものを借りておけばよかった。ほら、あいつラブコメの小説とかいっぱい持ってるからさ。

 まあ、どれにしろ時すでに遅しなんだけど。


「叶人?」


「ん、なに?」


 篠崎はなぜだか人のことを名前で呼ぶ。そういうのに抵抗がないらしい。俺が知ってる唯一の例外は結叶の『倉永くん』だけだ。

 ……ってあれ? そういえばなんで結叶だけ……?

 その時。俺にはひとつの最悪な推測が浮かび上がった。


「なんかボーッとしてたから」


「ああ、いや、俺もこういうとこに来るの久しぶりだからちょっと疲れたんだよ」


「……そう? てっきり部活のメンバーで来たかった、みたいなこと考えてるのかと思った」


「なんで?」


「だって、叶人はいつも色んな人と一緒にいるし。ワイワイしてるのが好きなのかなってね。あ、でもそうしたらときどき倉永くんと一緒にいるのはなんでだろ」


「俺はそんなふうに思われてたのか」


 だとしたらちょっとそれは勘違いだ。俺はみんなに合わせているだけで、決してそういうのが好きなわけではない。いや、別にそれはそれで楽しいということは否定しないけど。

 そしてさっきの篠崎のセリフは、なんで結叶とつるんでいるのかも聞いている気がした。

 これにはしっかり答えねばなるまい。


「結叶はそれこそ幼稚園のちっちゃい頃からの幼馴染でさ。繋がりが深いんだよ。しかもあいつ気使わないタイプだろ? そういうところが人として好きでさ。こっちも気使わなくていいっていうか。気の置けない仲なんだ。向こうがどう思ってるかは知らないけど少なくとも俺は結叶のことは親友だと思ってるよ」


 途中から小っ恥ずかしくなってきたけど言い切った。何だこの告白してる感じ。

 ……そういえば結叶大丈夫かな。

 ふと脱落した幼馴染が気にかかった。

 それはともかくとして、この長文のマジレスに対しての篠崎の反応といえば、そこらの鼻で笑うクソ野郎とはわけが違った。

 篠崎は、微笑ましい光景を見たように顔を綻ばせたのだ。


「……ほんと、あなたたちっていい友達よね。正反対すぎてなんで一緒にいるのかよくわかってなかったけど、そういうことだったの」


 それは慈愛に満ちた顔だった。

 そんな篠崎に俺はドキリ、と心臓が高鳴るのを感じた。そしてそれはどうしようもない不可抗力で。

 やばい、今顔見れない。


「ま、まあな。そういえば、篠崎と神原はどういう関係なんだ? こっちもこっちで両者は違う気がするんだけど」


 俺は逃げるように話題を変えた。

 でも、俺が結叶との関係を話したのだし、これを尋ねるのは道理だろう。それに、俺も気になっていたのだ。なんとなく見た目から気さくな雰囲気を纏った篠崎が、なんとなく近寄り難い清楚で可憐な雰囲気を纏った神原と一緒にいるのかが。


「あ、やっぱりそうなるよね話の流れ的に。……そうだね、じゃあ私も話そうかな」


 そこらに無造作に置いてあるベンチのうちのひとつに座りながら、篠崎は話を始めた。


「……私は中学三年の三学期に親の転勤で夢望のいた学校に転校して来たんだけど」


 結構衝撃的な事実からぶっこんできた。

 今どき中学の転校なんて珍しい……気がする。少なくとも俺の前いた中学の身の回りではいなかった。

 転勤ってことだからしょうがないことなんだろうとは思うけど。それにしても三学期に転校というのはキツいものがあったと思う。何せ今まで仲を深めてきた人たちと離れて、全く知らない人たち、しかもガッチリと友好関係を結んでいる人たちの中へ飛び込んでいかなければいけないのだから。


「……でもさ、逆に三学期っていうのがよかったのかも。いや、悪かったのかな。私は早々に友好関係を築くのはやめて、とにかく卒業式に出ればいいな、なんてことを考えながら日々を過ごしていたの」


 でもね、と篠崎は区切るように言う。


「そんな時に、夢望が現れたの。物静かそうで前々から綺麗だなとは思ってたけどまさか私に絡んでくるとは思わなかったわね」


 それが篠崎と神原の出会いだったらしい。運命的というか、なんというか。

 小さい頃からずっとの俺たちとは少し、というか大きく異なっていた。


「まあ、関わってきた理由は自ずとわかったわ。夢望、あんな感じだからクラスから頭いくつか分抜きん出ちゃってたのよ。だからそれとなくクラスから孤立してた私が同類だと思って絡んできたみたい」


 そして神原と知り合った篠崎だったが、思いのほか気が合ったらしい。二人は日に日にどんどん、みるみるうちに親しくなっていったそうだ。


「あ、その時は夢望に彼氏がいてね。まあ、もはや友達のようなもんだったけど」


「お、おい、どういうことだ!?」


 サラッと重大なことを言われたので俺は慌てて話を止めた。

 え、あの神原に元彼がいた? 結叶はこのことを知って……?


「大丈夫。倉永くんは了承済みよ。たぶん。しかもね、さっきも言ったけど、そいつ本当に友達程度の存在だったのよ。恋人らしいこともしなかったし。卒業式前にキッパリ別れてたし。……今になって思えばあれは都合の良いエスケープゴートだったのかもね」


「そ、そうなのか……?」


 当事者でない俺には知りようがないことだ。

 まあ、そのことについては結叶に任せればいいかもな。

 それにしても、また『倉永くん』か……。


「そんなわけで、夢望との友人関係は今まで続いてきましたとさ、って感じかな」


「なるほど。じゃあ神原とは五ヶ月半くらいの付き合いだったんだ」


「そうだね。……改めて考えてみると短いなあ。この短期間で夢望とここまで仲良くなれたなんて信じられないわ」


「すごいな」


 話のひと段落を窺ってため息をつき、ベンチの背もたれに体重を預けると、心地の良い風が俺の肌を撫でていった。

 最近雨続きだったけどこのところ天候はいい。その点で言うなら今日遊園地に来たのは大成功と言える。

 ……いや、何一人で天気のこと考えてるんだよ。それは話すネタがなくなったときの常套手段なんだけども。


「なんというかさ、俺たちってなんとなく似てる気がするな」


「……どこらへんが?」


「とっても親しい友人を一人持ってたりとか、その友人同士が付き合ってたりとか。もっというなら同じ部活だし。考え方だって似てる気がするし」


「……そうだね。たしかに叶人と私は似てるのかも」


 そう言って微妙に視線を俺と同方向に逸らしたのはどういうことだろう。なに、俺がいきなり変なこと言ったから警戒されちゃってる?

 ……だけど、そんな俺から見て後ろを向いている篠崎を見て、俺はある衝動に駆られた。

 いや、抑えろ俺。そんなことをしたらやばいやつだと思われるぞ。

 という俺の理性は本能を抑えるには不十分だったようだ。

 思わず、手が伸びていく。

 その手は、篠崎の上部へと向かっていき、最終的には――篠崎の頭のてっぺんに着陸した。


「え? なっ!?」


 全くのノールックからいきなりのことでびっくりしたのか、篠崎が変な声をあげた。

 そして、俺はといえば、その髪の毛の感触に感動を抱いてそのまま頭を撫でてしまっていた。

 ……しょうがないじゃないか。目の前に、手の届くところに頭があったのだから。

 だけどその時間は篠崎が素早い動作で俺から離れることによって一瞬で終わった。


「な、なんで頭……」


「あ、ああ、いや……」


 篠崎はもう顔真っ赤だった。無理もないだろう。いきなり頭を触られたのだ。頭や髪の毛という部分は触らせるのにもっとも抵抗があるらしいし。……って、知ってたならなぜ触った俺。

 どうしよう。どう言い訳しよう。


「か、可愛かったから……」


 本当に何言ってんの俺!?

 その理由だと俺が可愛いものは見境なく撫でるやつだと思われるぞ!

 俺の理解不能な妄言に篠崎は真っ赤だった顔をさらに赤く染めた。


「な、なに、それっ!」


 かと思えば、ポカポカと俺の胸を殴ってきた。音は鳴っているが不思議と痛くはない。

 そりゃあ当然の仕打ちだろうな。どれ、気の済むまで殴らせてやってから、その後に改めて謝ろう――


「……は、初めて撫でられた……」


 ――え。


「誰にも頭だけは触らせなかったのに……。それが、こんな不意打ちで……」


 ……そんな切れ切れに言われると罪悪感が半端ない。すいませんでした。

 篠崎がそんな嫌そうな顔をしているのを見ると、俺の最悪の推測が現実味を帯びてきた。

 一人だけ『倉永くん』という苗字呼びに、初めて撫でられたことに対して俺への嫌悪感。

 もうこれは決定的だろう。


 ――おそらく、篠崎は結叶が好きなんだ。


 だって、それなら説明がつくのだ。いつも結叶が篠崎と一緒にいることが。思えば前に神原が休んだ時だって一緒にいたじゃないか。

 そうか、そうだったのか、となると脈はなしか……。


 そんな現実を直視してしまった俺の心が折れそうに鳴っていると、結叶から合流しようという旨のメッセージが送られてきた。

 俺は、どうすればいいのだろうか。

 自分の気持ちを伝えると決意したはずが、俺の心がここに来て揺らいでいることを感じていた。

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