第20話 「そういえばマリンを抱いていません」

「さあ、コスプレ鎌女? なぜこんなことしたのか話してもらうぞ」

 AAR発射装置を突き付けながら僕は強い口調で問うた。もっともAARの銃口を突き付けたところで、なんの脅しにもならないので、恰好だけだ。

 本当は、鎌女の顔を照合して、何者か調べたいところだが、相変わらず通信が復活しない。

 黙するかとも思ったが、鎌女は口を開いてくれた。

「わ、わからないの……」

 鎌女は首を振りながら答える。

「分からないことがあるか、お前は何者で、目的は何かと聞いている」

 かなり強い口調で僕はさらに聞く、スカイのいる場でこんな口調になったことはない。明日からスカイがこわがったりしなければいいのだが……。

 それでも鎌女は首を横に振った。


「わからない、私の名前もわからない。なぜ鎌を振り回さなければいけないかもわからない……教えて、私は誰なの?」

 鎌女は涙目になりながらも、そのつり目を大きく見開いて僕を見つめる。

 わからないだって、何やら嘘を言ってるようでもなさそうだが。


「お前が誰かなんて僕が知ったことか、聞くことを変えるぞ。お前はいったい誰に命じられてこんなことをしたんだ。この停電もお前の仲間がやったことだろ?」


「……仲間? 仲間、分からないわ。誰に命じられたか、でも私は誰かに命じられて? いえ、自分の中の湧き上がる衝動で、やった気が……。でも誰かの声が聞こえたような……」

 鎌女はぼそぼそと、かろうじて聞こえるかのような声だ。

 なんだか、夢から覚めた後のトークのようだ。ふわっとしていて、彼女の実在性すら疑ってしまう。なんだ、自分のやったことの認識がないのか。


「わかってるのか? お前は人を殺した。その鎌で、ヒトの首をはねたんだ。それも3人だ、3人。そんなふわっとした状態で人が殺せるか!?」

 お前は殺したんだよ、最悪の殺人犯だ。

 司法の手にゆだねれば間違いなく死刑。


「……そう、私は確かに殺した。殺さなければならなかった。帆との首をはねなければいけない、いけない、いけない。殺さなければ私が死ぬ。死ぬ……死ぬ……死ぬ……死ぬ…‥‥。殺したぁ。私が殺した……」

 ぶつぶつと人を恨むようなトーンで、うわごとのように話しだす。


「私が殺したあーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 そして今度は急に叫びだした。あまりの急な叫びに思わず僕はぴくっとなったし、レオ君は軽く後ろに後ずさった。心配になってスカイを見ると、今にも泣きそうな表情だが何とかこらえてるようだ。強い子になったな、スカイ。


「レオ君、すまないがスカイと少しこの場を離れてくれ」

 僕は小声でレオ君に指示する。レオ君は黙ってうなずくと、スカイを抱きかかえて、暗闇の中、この場を離れていった。ありがとうレオ君。さてと……。


「おい、落ち着けよ」

 わめく鎌女を制する。

 こいつはひょっとしてクスリでもやってるのだろうか。薬物中毒ジャンキーのなれの果てが狂気の殺人者とはなんとも笑えない話だなあ。そう思って、女の両肘の肘の裏あたりに目をやるけれど、特にそういった後はない。まあ、別に注射だけが手段じゃないしね。


「わたしはぁ、ワダシハ、落ち着いているわ」


「とてもそうは思えないけどね、クスリでもやっているのか?」


「そんなものに手を出したことはない。私は私はただ声を聞いただけ」

 焦点の定まらない目で、うわごとのようにつぶやく鎌女。


「声って何のことだ? 一体何を聞いた、典型的なジャンキーの症状だろう」

 AARで固められているが、鎌をもつ女の手は震えてる。

 目は虚ろ……典型的なジャンキーの症状だが、しかしただのジャンキーがこんな組織ぐるみの、狂気的殺人を犯すとも思えない。

 どうしたものか、このまま警察に引き渡すのがベターだろうが、さっきの推察の通り、今ここに向かってきてるのが本当の警察じゃない可能性も十分あり得る。出来ればこの女を回収して、ソラに研究させたいものだが。


 再び僕は、リクとの交信を再開する。


「なんとか、ソラと連絡はとれないか? 目の前の鎌女を回収したい」


 すぐにリクから応答がある。

「俺の居場所を親父がロストしてからすでに10分以上経過してる。異常にも気が付いてるはずだ、そろそろ救援が来てもいいころだと思う――。来た、外の方に微かだがヘリの音が聞こえる。音からして、親父の管轄してる奴に違いない」


 繰り返しになるが、リクはとても聴覚が優れてる。俺にはヘリの音なんて全然聞こえてこないのだが、リクにはとらえられるらしい。

 そういえば、耳がいいといえば目の前の鎌女も耳がいいんだったな……。

 そう思って目の前を見ると、心なしか鎌女の表情が変わったように思う。こいつもヘリが近づく音に気が付いたのだろうか?


「リク、どこに向かえばいい? 鎌女もそこに連れていく」


「……今、そっちに位置データとルートを送る、指示通りに向かえば、いま周辺をウロチョロしてる正体不明のレスキュー隊とかを避けて、屋外に出られるはずだ」

「了解だ」

 

 ピッという音とともに、メガネ型の端末の視界に、地図データとルートが示された。ソラ粒子を散布したことで、はっきり周辺の人物の動向が見える。なるほど、まだこの周辺までレスキュー隊は来てないらしい。

 問題はどうやって鎌女を運ぶかだな。


 ぱっと見で40kgない位……。担げないこともないか。


「すまないが少し眠ってもらうよ」

 僕はそういって、腕時計型端末から鎌女に対して麻酔液を噴射した。何かどこかで見たような設定のガジェットだが、某探偵漫画のような強力な、睡眠効果はない。ただのクロロホルムなので、ゆっくり吸わせて気絶させるだけだ。

 

 運が悪いと死んじゃうこともあるらしいのが怖いけど、まあそんなことはめったに起きないらしい。

 液を吸うと、鎌女はゆっくりと身体を前に傾けていき、崩れ倒れそうになる。それを僕は腰をかがめ、肩で鎌女のお腹のあたりを支える。

 胸のあたりがわずかに僕の肩に触れた。

 確かに柔らかい感触、むむ、この女なかなかの巨乳である、マリンほどじゃないけど……。そういえばここ三日マリンを抱いてない……。


 いやそんなん考えてる場合か!?


 さて、鎌女を抱えて指定場所に行くかと思ったが、鎌女の体がまったく動かない。


 びくりともしない!


 なんだ、ぱっと見40kgだと思ったが、機械でできてたりするロボットなのかと一瞬疑ってしまったが、なんのことはない、僕がAARで足元を固めていたのをすっかり忘れていた。

 しばらく、体を揺さぶったりしたので、すっかり鎌女の巨乳を楽しむ感じになってしまった。


 慌てずにAARを溶かすための特殊溶剤を足元にかけて、鎌女を地面からひっぺりはがす。


 さて、外に出ますか。

 僕はレオ君にも声をかけて、スカイとともに外を目指した。

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