第15話「娘が反抗期かもしれません」

 翌日、泥酔し、二日酔いのマリンとレイナさんをベッドに置いておいて、僕とマリンとリク、レオ、スカイは、買い物がてら、つくばという町を散策することにした。レオ君の新しい住処にはろくに家具も置いてないし、とりあえずすぐに必要なものだけは買わなければいけない。


 ふふっ、娘とデートできるのは久しぶりだ。楽しみだなあ、ほんとうはスカイもリクもレオ君も邪魔なのだけど仕方ないな。今日のマリンは、強い日差しを警戒して白のうすいガーディガンと、同じく白のロングスカートだ、こういう大人っぽい落ち着いた感じも素敵だなあ。かわいい。

 大きなつばのついたそのハットも素敵だよ。かわいい。

 男どものファッションはどうでもいいから、何も言う気はない。


「あれ、お父様、車で出かけるんじゃないんですか」

 僕のビルは地下が駐車場になっていて、車を使う場合はそこから出ていくんだが、今日は直接一階のエントランスホールから表に出た。

「ああ、この街は原則的に車なんていらないんだ。市民であれば、街の中を巡回してる車を自由につかえるからね」

 そういって、僕は腕時計型のスマホをいじる。

 すると、目の前を通過していく車の一台が、僕たちの目の前で止まる。


「おぉ、すっげえ。これに乗っていいんすか太陽さん」

 レオ君が驚いて、目の前の白い車を指さす。


「ああ、すべて自動運転で、安全も確保されている。むしろこの街では、人の手で運転することが禁止されてるんだ。完全に自動運転の方が安全だからね。この制度になってからは、この街の交通事故はなんと0件だ」

 完全にリクから聞いた情報なのだが、自分の情報のようにレオ君に伝える。


「まじっすか、さすが、サイバーシティつくば!」


 そしてさっそく、5人でその車に乗り込む。『目的地はつくばクレオ』と音声で車に伝えると、早速自動車はスタートした。

 サイバーシティというのは、2025年からのこの街の愛称なのだが、なんだろうかこの漂う1990年感は…‥‥。ダサいなあ。そして目的地である商業施設クレオは、僕が大学生の時にあったもので十数年前につぶれてしまったものだが、名前だけを復活させ、今では家具、家電、ファッションからスポーツ、工具まで、ありとあらゆる商品の最先端や研究開発中のプロトモデルまでが手に入る複合ショッピングモールとなっている。


「それにしても、無人の車が常に走り回るって、なんだか電気がもったいない気がするっすねえ」

 助手席に座っているレオ君が素朴な疑問を口にする。

「あら、レオさんは気づきませんでした? この車の外装は全部ソーラーパネルですよ」

 疑問に答えたのはマリナだった、さすがわが娘、よく気づいたぞ。えらいぞ。


「ソーラー? 外装が全部!? すっげえ。じゃ、じゃあ、夜はどうするんだ?」

「昼間の内に蓄電されるのだと思うのだけれど……」

「じゃあ、曇りが続いたりしたら?」

「うーん、どうなのかなあ。さすがにその場合は外部から充電するんじゃないかしら、どうなんですかリクさん」

マリナは、二人の話に興味なさげにスマホをいじっていたリクに話を振った。


「あーーあ、まあこの街自体がゼロエミッション構想で、太陽光、風力、バイオマスを使った発電を軸にしてるからな、外部充電だとしても、コストは少ないんだよ」

リクはスマホをいじったまま、マリナの質問に答えた。すると続けて、レオ君がリクに問う。

「ゼロエミッションっていうのは何?」

「この街でいえば、廃棄物を循環させるってことだな。この街のごみはすべて、エネルギー源として利用される仕組みになっている。99%のごみまでが燃やされてエネルギーになったり、その他の方法で再利用される。例えば、この街では原則的に普通のペットボトル飲料の販売が禁止されていて、強化ペットボトルを使って、洗浄して再利用することが前提になってるんだ、そのほかにも循環を目指す仕組みはたくさんあるぜ」

「なるほど」

 マリナと、レオ君はともに深くうなづいた。

 昔からマリナの質問にはこんな感じでリクが答え続けてきた。マリナにとって一番の先生はリクであり、おかげでこんなに知的好奇心あふれる少女に育ってしまった。


 そして僕は話を切り替えて皆に説明する。


「エネルギーの話はおいておいて、この車は子どもでも自由に乗れるから、これから学校に通学するときはこれを使って通学してくれ。といってもレオ君はあと半年は、都内の中学に通うわけだから、駅まで車でって感じか、少し早起きしなきゃいけないな」

 この街ではすべての生徒は、自動運転による自動車で通学する。通学中の安全も確保されるし、通学時間も短く済む。なんとも行き届いた街であるが、住民税はそれなりに高いので、安易に引っ越そうと思わないほうがいいぞ。


「あっ、そっか、私とレオさんは途中まで一緒に通学ですね、よろしくお願いします」

 マリナは、後部座席から、助手席のレオ君に向かって、ルームミラー越しにぺこりとお辞儀をした。

「お、おおう、そうだな、一緒だな。よ、よろしく」

 それを受けて、やたらどぎまぎして、レオ君が答えた。なぜ、こんなにしどろもどろなのか、ははぁん、さてはこいつ。

 僕は助手席のレオ君の肩に手を当てて、

「しばらく、僕の娘のボディガードを頼むよ」

 ぎゅっと彼の肩に力をいれてそう伝えた。


「は、はい、わかりましたお父さん」

 レオ君は背筋を伸ばしながら答えた、お父さんって……お前に娘をやるつもりは一切ないぞ。からかっただけだ。

 それにしても確かリクもマリナに何らかの思いを持っているようだし、やはりわが娘はモテるなあ。

 だが、20超えても絶対おまえらになんか娘を渡す気はないからな、せいぜいわが娘の可愛さに魅了されて、ぼろ雑巾のように利用されつくされるがいい。とくに、リク、お前は、わが娘の奴隷としてこき使われることを望む。



 車を走らせること10分ほどで、複合ショッピングモールのクレオに着いた。ここからは徒歩2,3分で駅に向かうことができる。このショッピングモールは駅近くにありながら、東京ドーム2個分ほどの大きさを誇っている。これも自動運転システムの確立によって駐車場が不要になったからできたことで、今のところ自動運転の実験

都市として大成功をおさめてるといえる。


「お父さん何買うのぉ?」

 車の中では口を開くこともなく、ずっとゲームをしていたスカイが聞いてきた。おそらくスカイは、まだ好み知らぬお兄さんのレオ君に慣れていない。ゆえに車中ではひたすらおとなしくしてたのだろう。


「レオ君の、部屋にはベッドとかがないからね。とりあえず、最低限だけどもそろえておこう。あと僕たちの新居にも、いろいろとないものがあるから、今日中にそろえてしまおう」


「お父さん、僕の新しいミュージーも忘れないでね」

 いつにない熱いまなざしでスカイは僕を見つめる。さらにはぎゅっと僕の小指を握る。ミュージーとは、ゲームミュージアムというゲームハードの愛称で、スカイの愛するイカのゲームの最新版が遊べるのだ。

 そういえば、前の家に置いてきたまま、家は燃やしてしまったので買わなければいけない。


「お父様、私は別行動でいいですか。服とかも全然ないんで、新しいの買わないと。お母さんは自分の服は全部持ってきたのに、私の全然持ってきてくれなかったの」

 マリナは困り顔だ。そうだな、確かにマリナの服がないのは大問題である。何よりも優先される事態と言えるだろう。


「わかった、まずはマリナの服を買おうじゃないか。お父さんもついていくぞ」

 僕はまっすぐに、ファッション関係が充実してるモールの西館の方を見つめる。


「えっ……。お父様、それは本当に遠慮してほしいです。お父様のセンスとかには何も期待できないんで、私、自分で選びます。ついでだから、お父さんとスカイのお洋服も買っておきますね」

 マリナはあっさり僕の提案を却下した。

 僕は食い下がる。

「一人で買い物させるなんて不安だ、お父さんも一緒に行く」

 そういって、僕はマリナの腕をつかんだ。


「もうっ、お父様は、レオ君の家具とか、家に必要なものをそろえてください。心配ならリクさんと一緒に行くんで安心してください。お父様は、ほんとうに早く娘離れをしてくださいね。行きましょう、リクさん」

 マリナはつかんだ僕の手を振り払って、そそくさとショッピングモールの西館の方へと向かっていってしまった。僕はさぞかし切なそうな顔で、立ち去るマリナの姿を見つめていただろう。それについていったリクは、僕の方を振り返ると何とも言えない表情を僕に向けた。

 おいこらリク!同情するんじゃねーよっ。


「は、反抗期なのかなあ……」

 僕はボソッと声を漏らした。


「あ、あの太陽さん」

 取り残されたレオ君は僕に声をかける。

「なんだい」

「元気出してください」

 おととい、あったばかりの少年に慰められてしまった。


「あ、ありがとう」

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