第14話「7人で食卓を囲みます」

 東京から茨城県つくば市に逃げてきた夜、もっとも茨城県といってもつくば市はもはや東京の衛星都市みたいなもので、つくば特別区の方々は自分に茨城県民という認識はないと思うが、それはおいておいて、ようやく、僕たち家族は一カ所に集まることができた。


 つくばの別宅は、しばらく使っていなかったので、結構ほこりっぽく、僕とマリンは、レイナさんにも少し手伝ってもらって、とりあえず生活ができる程度に掃除をした。


 夜の8時くらいになって、ようやく、リクがマリナとレオ君を連れてやってきた。とりあえず、食事にすることにして、寿司の出前を取ることにした。この街では、あらゆる出前はドローンによって運ばれてくる、頼んでから15分で、宅配用のBOXに寿司が届いた。


 僕の持ちビルでは、屋上の宅配用BOXに荷物が入れられると、さらにそれを分別して各家庭まで、専用エレベーターを使って運ばれることになっている。この街では多くの建物でそのようなシステムになっており、いまや宅配人や郵便配達人は存在せず、すべてがオートメーション化された。


 さて、僕、妻のマリン、娘のマリナ、息子のスカイ、リク、そしてレイナさんとその子供のレオ君、7人で食事をすることなど初めてだが、別宅にはちょうど大きな円卓があったのでそこを取り囲んで寿司をつまむ。


 もし、椅子がなくみんな、畳の上で食事をいただいたならば。まるでサザエさんちの食卓のようである。今思えばサザエさんの円卓って結構大きいんだなあ。僕はこの円卓をなぜ買ったのか覚えていないのだけれども。


「で、レオ君さえよければ、その大空学園のセキュリティ学科に入ってもらいたいんだがどうだろうか、どんな学校かは一通りリクから聞いたとは思うんだけど」

 僕の向かい側に座るレオ君は、円卓の中央にならぶ無数の寿司ずしたちに伸ばそうとした手をとめて答えてくれた。


「ああ、全然いいっすよ。母さんの負担にもならねえし、面白そうだし」

 レオ君は、中3にしては身長が高い、180㎝くらいありそうだ。そして切れ目の一重で、髪型は坊主にしている。一瞬野球部かと間違うような風貌だ。話し方も野球部っぽいし。

「ちょっと、レオ、自分の将来なのよ。もっと真剣に考えてよ、それに私の生活とかそういうのは気にしなくていいから、お金とかも大丈夫だからね、あなたの行きたいところへ行って」

 割り込んだのはもちろんレイナさんだ。


 レイナさんにとっても悪い話ではないと思うが、いまいち納得してなさそうだったからなあ。


「自分の行きたいところって言ってもなあ、太陽さん、あれなんですよね、その学校は射撃訓練とかあるんすよね?」

 レオは熱いまなざしでこちらを見る。

「ああ、日本じゃさすがにできないから、海外で何週間か合宿したときに行う。日本でも模擬弾による訓練は欠かさないよ。実際使うのは、模擬弾とかAARだからね」

 AARは先日透明人間相手に使った、対象を速乾性の樹脂で固めて動けなくする装置だ。見た目は完全に銃であるので、少年心をくすぐるだろう。


「そうっすか、自分、サバイバルゾーン大好きなんすよ。結構国内でも有名プレイヤーで、だから、その学校はまさに行きたい感じっす」


 サバイバルゾーンとは、VR(バーチャルリアリティ)ゲームで5年以上売り上げナンバーワンを記録してるFPSである。プレイヤーは孤島にあらゆる兵器を持ち込んで潜伏し、敵対するプレイヤーをとにかく倒していく。

 昔からよくある種のゲームだが、VRとしての出来が非常によく、まるで本物の戦場で戦ってるようだということで、数多くの人に愛好されてる。実際このゲームのせいで、自衛隊の志願者が増えたとか、フランスの外人部隊にわざわざ参加しに行くだとかそういう輩も出てしまった。レオ君もそういうクチなのだろう。


「ちょっと、レオ、ママの気持ちも考えてよ。私はあなたに危険なことはしてほしくないの」


「だって、自分の行きたいところに行って、っていったじゃんよ。しかも、学費は無料だし住むところまでついてくるなんて、こんなラッキーなことないじゃん。なんで母さんが躊躇してるか、わかんねーよ」


「で、でも、危ないじゃない。それに、友達とかと離れちゃうのよ」


「離れるっていったって、TXですぐだし。それにどうせ、サバゾーで遊ぶだけだから、たいして今と変わらないよ、まったく母さんはめんどくさいなあ」


「めんどくさいって!なによ、ママはレオのことを思って言ってるのに!」

 急にレイナさんの口調が強くなり、声が震えて今にも泣きそうだ。こりゃあ、めんどくさい、感情的になられたら、意味もなくレオ君の意思を無視して、やっぱダメってなりそうだ。

 僕は、マリンに目配せする。なんとか対処してくれ、と。


「レイナさん、少し一階のバーに行って私と話しませんか。ちょっと落ち着きましょう」

 マリンはレイナの肩にそっと手を添える。マリンはもともとメンヘラだ、おそらくレイナさんにもその気質があると思われる、きっと二人は気が合うに違いない。実際さっきまで意気投合して部屋で飲んでたわけだし、ってまだ飲むつもりなのかマリン……。

 レイナさんは、マリンの方を見ると、軽くうなずいた。

 ならば、マリンにレイナさんは任せよう。


「では、レオ君とはもう少しよく話してみますので」

 僕がレイナさんにそう伝えると、それにもレイナさんは軽くうなずいて、マリンとともに部屋を出ていった。

 さっきも話したが、このビルの一階には、僕の探偵業の最初の客であるルイさんって人が経営してるBARがある。生活できる程度には繁盛しているらしい。そこに二人は向かうのだろう。


「で、いいのかいレオ君、お母さんの言う通り、将来的には命の危険がないとは言えない仕事をすることになる。さすがにゲームの影響でってことでは、お母さんも納得しないよ。僕もそこはよく考えてほしいと思う」

 しっかりとレオ君の目を見て僕は伝えた、大事な話だからね。


「レオさん、お母さんにめんどくさいっていうのはひどいです。はっきり言ってうちのお父さんが変な提案をしてるだけなんです。よく考えたほうがいいと思います。それに、まだ将来を決めるのは早いんじゃありませんか。もっと勉強とかしてからでも」

 非常にかわいらしい声で、しかし辛辣な正論をぶつけたのは、僕のかわいいマリンである。こんなまっとうな意見を言う子に育てた覚えはないんだけどなあ……。

 それに勉強なんかしたいやつだけがすればいいというのが、僕の主義なのだが。どうしてそんな余計なこと言うのマリナちゃん……。あと、お父さんを変とか言わないでよ。

 すると頭をかきながら、レオ君は答える。


「俺は、勉強嫌いだからさ。はっきり言って苦手だし、学校で教えてることが正直無駄だとしか思えない。でも、そのセキュリティの学校はすごい役に立ちそうじゃん。それに、はやく母さんを楽にさせてあげたいし、あと、このビルに住んでもいいんすよね? 太陽さん」

 レオ君は初め、マリナに言葉を返していたが、最後は僕に話を振った。

「……ああ、ちょうどこの部屋の隣があいてる。そんな広いわけじゃないが、前のマンションよりは全然大きいよ。君のプライベートな部屋も作れるだろう」


 このビルの五階に、ダイニングがあり今はそこで食事をしてる。その隣には、別世帯になるような部屋が用意されていて、客人を泊めるときなどに使おうと思ってたのだ。4階は、寝室や、マリンの衣裳部屋、子供部屋に使おうと思ってる。さらに4階にも同じように、別世帯の部屋があるが、そこには、例のバーのルイさんが住んでいる。


「うん、じゃあ、太陽さんたちはお隣さんになるわけすよね。だったらぜひ自分はその学校に行ってみたいっす。半端な気持ちではないです、お母さんのためにも自分ためにも」

 この子は結構しっかりしてるな。

 本当に将来的にリクのいいパートナーになってくれそうな気がする。


「レオさんは結構しっかりしたお方ですね、素敵なお隣さんができそうです」

 マリナがレオ君に向かってそういって微笑む。

 何回見てもこの笑顔に癒されるよ、むやみにふりまいたらダメだからね。なるべくお父さんだけに微笑んでほしいものだ。

「あ、‥‥‥あ、はい素敵なお隣さんを、め、めざすです」

 なぜかレオ君はマリナに対して激緊張して、言葉を返していた。うーん、マリナは3個くらい年下なんだけど、しっかりしてるし、女王様気質なところあるから、まあしかたないか。


「よし、じゃあ、レオ君。これからよろしく頼むよ。リクともスカイとも、そしてマリンとも仲良くしてやってくれ、あとはレイナさんだけだな」

 マリンがうまく説得するのを期待するばかりである。


「あ、たぶん母さんは大丈夫ですよ。大概、酒飲んじゃったら、全部許しちゃうんで……。俺もそれで生まれることになったんだって言ってました」

 ……おい、レイナさん。息子になんて言う暴露をしてるんだよ……。



 その後、マリンとレイナさんの二人が、部屋に戻ってきたのは、子供たちがとっくに眠りについた深夜2時過ぎであった。

 べろんべろんになった二人は、「これからもこうやってずっと飲んでようねぇ♡」とお互いに言いあっていたので、まあ、この街に引っ越すことに同意したのだろう。

 それにしても、レイナさん、吐くのは仕方ないですけど、せめて便器の中に収めてほしかったです。

 僕はしぶしぶ、便器周りを掃除する羽目になるのだった。

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