第13話「レイナさんはめんどくさいです」前編

 ソラとの電話の後、1時間半かけて渋滞を抜け、ようやく無事に茨城県つくば市にある、別宅へとたどり着いた。


 つくば市は、研究学園都市として有名であり、多くの国立研究機関が存在している。また2005年につくばエクスプレス(TX)が開業して以来、TX沿線沿いの人口増加が顕著であり、2029年現在では、政令指定都市に迫る勢いの人口を誇っている。

 新しい都市なので、都市計画も立てやすく、そこにいち早く目をつけたソラは、行政機関に手をまわし、自分の息のかかった組織や団体の入れ物をこの街の要所に作った。

 あらゆる都市的な実験もこの街で優先的に行われ、いち早く、自動車の自動運転が許可され、今では常識となったドローンによる宅配網なども実験的にこの街からスタートされた。市内中の電柱は地中に埋設され、空には電線のかわりに、無数のドローンが飛びかっている。


 しかし多くの宅配用ドローンが、ソラによる監視を兼ねているということまで知ってる市民は多くないだろう。

 この街は、日本で最も科学的な発展をしている都市であると同時に、残念ながらもっともソラによってコントロールされてる街だともいえるのだった。


「この街に帰ってくるのは嫌だったなあ」

 僕はここつくばの別宅の事務所で、一人ぼそっと本音を漏らす。

 

 別宅といっても、いわゆる一軒家ではなくビルである。5階建てのビルの、一階が僕の事務所となっており、2階、3階は塾と警備会社の事務所として貸し出している。

 4,5階が僕らの邸宅としてかなり贅沢に作ってあるのだが(一階あたり50坪位あるのだ)ずっと使っていなかったので、いい加減誰かに貸そうと思ってた。

 そういう意味では使うことになってよかったとは思うけれど。


 そういや1階には、事務所の隣に友達の畑が経営するBARがある、まあ経営者が畑ってだけでそこにいるわけではないのだが、確かそこを切り盛りしてたのって、ルイさんじゃなかったかな。

 これからは、飲みに行くことも増えるだろう。それは少し楽しみだ。


 さて僕より先にマリンとレイナさんは別宅についていた。とりあえず、住居スペースが片付いてなかったので、二人は事務所でお茶を飲みながら僕を待っていたようだ。さっそく僕はレイナさんに今回の件について適当に真実を隠しながら、報告をする。


「というわけで、信じてはもらえないでしょうが、組織ぐるみのストーカーにねらわれたと考えるのが自然です」

 透明人間の件については伏せた。自分の部屋に透明人間がいて、何もかもを見られていたと分かったら気が気じゃないだろう。組織に狙われてるとわかっても嫌だろうけど。


「でも、そんな、なんかの変な組織に狙われる覚えはないんですけど、それにやっぱり犯人は中抜なかばつだったんですよね。ただのさえない中年サラリーマンだったはずなのに」

 おっしゃる通り、中抜がレインさんを狙ったのであって、組織がレイナさんを狙ったのではない。おそらく、中抜はただの釣り針だった、ステルス迷彩の犯罪利用の実験として使われたんじゃないかというのが、僕とソラの今の見解だった。

 それに探偵ごっこをしていた僕とリクがたまたまひっかかったのではないだろうか。だからね、レイナさんは何も悪くない、悪いのは僕たち。でも、そんな真実は伏せます、ごめんね。


「なぜ、狙われたのかそれはわかりませんが、とにかくレイナさんがあの部屋にい続けるのは危険です。警察にももちろん報告してありますが、中抜をつかまえるのは難しいでしょう」


「そ、そんな。警察にも手に負えないような組織なんですか?」


「ええ、危険な連中です。僕たちもずっと前から調査していたような奴らなんです。とにかく今は、あのマンションからは離れましょう、早いほうがいい」


「……その危険なのはわかりますけど、引っ越すようなお金もないし、私も仕事とかあるし、レオにも学校があるので、簡単にマンションを離れろと言われても」


 まあ、そうですよね。普通そうだと思います、僕たちが異常なんです。でも安心してください、これは僕たちの責任ですから。


「あの、引っ越し費用とかは心配しないでください。僕たちの方で面倒見ますんで。それでもしこのつくばでよければ、僕が持ってる部屋とか余ってるんで、自由に使ってください。仕事と学校もTXを使えば今は25分なんで、さほど大変じゃないでしょう。なんならTXのフリーパスもあまってるんで、ほとんど今までと変わりませんよ」

 2025にTXは進化した。最高速度200kmまで出して、つくば秋葉原を結んでいるのだ。何とリニア計画まであるぞ。

 しかし、レイナさんは非常に困った表情を見せながらいう。


「そ、そんな、私はただボディガード依頼しただけなのに、そこまでしてもらう義理とかないですよ。完全に太陽さんの赤字じゃないですか」

 そ、そうですね、完全に赤字です。

「まあ、嫌な言い方になるかもしれませんが、僕、金だけはたくさん持ってるんですよ。探偵業は、趣味というか、お金持ちの道楽だとか、人助けだと思ってください、どうせ部屋も余ってるやつなんで、どうぞ利用してやってください」


「それでも、わるいです。何のお礼もできませんし。いくら太陽さんが金持ちとはいえ、完全に好意に甘える訳にはいきません」


 ああっ、もうめんどくせえなあ! とはもちろん言わないけど。

 こっちがいいっていってんだから、素直に甘えとけば良いのにさ。なんで、変なとこで良識ぶるのか理解に苦しむよ。

 こっちの事情で、レイナさんには、あのマンションから離れてもらって、目の届くところにいてほしいの!

 言わないけれど、分かってよ。ただまあそこまで言うなら、何かお礼をしてもらおうじゃないか。


「わかりました、じゃあ、こうしましょう。レオ君を僕に下さい」



 言った瞬間、二人の間を静寂が包んだ。

レイナさんの顔は完全にひきつっている。


 二人のあいだにあるテーブルの上のアイスコーヒーの氷が溶けて、コンッという音を立てた。今日も暑い夏だ。


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