第12話「娘のためなら何でもします」

「マリナ姉ちゃんと、レオ君はこっちで回収したぜ」

ソラから威勢良く連絡が来た。


「透明な連中に目をつけられてないのか?」


「大丈夫だ、ソラ粒子に反応なし、マリナ姉ちゃんは無事届けるよ」


「ならよかった。ええと常磐道は事故渋滞してるからやめたほうがいいかもしれない。圏央道から行ったほうが早いな」


「把握してるよ、太陽おじさんもきをつけてな」


 リクは僕の代わりに、学校帰りのマリナと、レイナさんの子供のレオ君を迎えに行っていた。7歳が車の運転するのもどうかとは思うが、自動運転だし、いざ捕まったりした場合は外交特権でなんとかなる。

 

 なぜ、たかが下着泥棒にここまで警戒してるかと言えば、あの特殊光学迷彩のせいである。はじめは金持ちの危険な遊びぐらいに思っていたのだが、さすがに、下着泥棒の正体が一般人だったことと、同じ装備をした仲間が3人もいたことからただ事ではないと判断した。


 4年前、リクとその父親のソラは、ジュラルという星の宇宙人たちと、情報空間上および、それに伴うリアルな戦場で、激しい抗争を繰り広げていた。


 その戦いは、僕たちソラ陣営が勝利をおさめたし、完全に決着がついたと思っていたのだが、今回、3人、いや中抜をいれたら4人か、それだけの数が、光学迷彩を身につけて周囲にあらわれたというのはただ事ではない。


 偶然なら、それに越したことはないが、万が一は常に考える必要がある。万が一、あの迷彩軍団が4年前の戦争の関係者ならば、間違いなくリクや僕の家は狙われるだろう。あの戦いの時の僕たちの勝因は、リクなのだ。もし残党がいるのならば、ずっと探し続けているに違いない。

 

 だからさっきの調査で調子に乗ってソラ粒子とか引っ張り出して来たのは大失敗。そんなん、ターゲットがここにいますよって言ってるようなものだった。

 本気で浮かれてたとしかいえない。てっきりもうあの戦争は終わったものだと思っていた。


 そんなことを考えて、渋滞中の常磐道をのろりと進んでると、腕につけたスマートフォンがバイブした。着信か、相手は非通知か、非通知がつながるような設定にはなってないんだがな。

 普段なら無視だが、なんとなく僕はその着信に応答した。


「だれ?」

「久しぶりなのに、失礼な奴だな、もっと喜べよ」

 ん、この、上から目線の口ぶりはまさしく……


「……なんだ、ソラか。お前のおかげで大変なんだが」

 電話相手はリクの父親のソラ、正真正銘の宇宙人で、僕の親友。……親友なのかな? いいように利用されてしかないけど、まあ僕が金持ちなのはソラのおかげであるのも間違いないけど。


「いきなり、皮肉か。久しぶりのあいだにずいぶん性格が悪くなったな」


「ほんと、久しぶりすぎんだよ。大体、この間の電話なんて2年前だからな。リクに連絡してるなら、俺にもかけろよ。しかもこの間の電話の理由なんて、ひのき坂の解散が悲しすぎて思わず電話したとか、どうかしてるだろ?」


「……いやだって、基本太陽と話すようなことないしな、つまんないし。ひのき坂は太陽の薦めで俺もファンになったんだから、解散の時くらい感情を共有しようと思っただけだ」

 ひ、ひでえ、友人に向かって話しててつまらねーとか最悪だ。


「お前の息子のおかげでとんでもない目にあってるんだが……」


「ああ、聞いてるよ、久々にラぺリングしたんだって。好きだねぇビルの壁を上ったり、下ったり」


「別に好きじゃねーし……おいどうなってんだ。あの透明な連中はやっぱ4年前の残党なんか?」

 この際だ、ソラから聞かなきゃいけないことは山ほどある。


「おれだって暇じゃない。もちろんその件で電話したんだよ。俺とリクのせいにされても困るけどな、変な依頼を受ける太陽が悪いよ。しかも相変わらず察しが悪い、光学迷彩使うような相手にたいして、対策が雑過ぎるよ。そんなん、ただの下着泥棒なわけがないだろう」

 あぁ、久しぶりに話したと思ったら、相変わらずディスられてばかりだ、この感じ懐かしいなあ。いやいや、懐かしんでる場合か。


「リクが調子乗って、ソラ粒子とか出すからだろ。でどうなんだよ、あいつらはやっぱ4年前の連中か?」

 4年前のインビジブルウォーで戦ったソラとは違う宇宙人、ソラと同じジェラルからやってきて、地球を支配するつもりだったやつがいる。


「あいつは間違いなくもういない、あの時確実に消した。操られていた人間も開放したつもりだったが、自らの意思でやつに協力していたシンパもいたはずだ。そいつらがこの4年で地道に力をつけ続けた可能性は大いにある」


「操られていなかったのに、進んで協力した連中なんているのか……」


「まあ、マキナだっていかれたやつだしな。進んで地球を宇宙人に支配させたいってやつもいるだろうよ」


「……厄介な話だな、で今回の下着泥棒もそういうやつらだったと?」


「何とも言えない、インジビルウォーの残党と言われる奴はこまごまと結構いるんだが、おおきな資金力を持ってるような奴は全部つぶしてるからな。今のところ新型の光学迷彩を4着も用意できるような大きな組織を俺は知らない。俺にとって大きな敵とも思えないが、ただ、軽視できるわけがない。悪いが秘密保持のため、金糸町の事務所は消すぞ」


「――分かってるよ、そのつもりだ。だが、つくばは大丈夫なのか?」


「あの町は完全に俺の管理下の街だからな。それに光学迷彩も通用しない、まあ片付くまでは、嫌かもしれないがあの町で暮らしてくれよ」


「……いやだな、お前の管理下にある街に住むとか」


「今回は、太陽のミスでもある。あきらめろ」


「仕方ないか。探偵業もお休みだなあ」

 うかつに動いて、残党勢力に目をつけられても嫌だしな。


「それなんだが、探偵業は続けてほしい……」


「は、なんで?」


「ああ、今回の残党騒動なんだが、俺は正直そこに手をまわせるほど暇じゃないんだ。出来れば太陽の方で、ある程度調査進めてほしいんだよ。探偵業つづけていけば、変な事件に出くわすこともあるだろ、そういうのから少しずつ実態をつかんでほしい」


「だ、だってリクが危険じゃないか?」


「あの町にいる限り、そうそう、残党勢力に狙われたりしないよ。むしろそうなってくれれば返り討ちにできて都合がいい位の話だ、S3にマキナも行くしな。だからといって放っておいていいほど軽微な問題というわけでもない、太陽の方である程度動きがあったら、俺も動こうとは思うけど、とりあえずしばらくは様子見だ」


 あいかわらずソラの話はいちいち長い。


 んっ、マキナ、日本に来るのか? そういえば、マリナがそんなこと言ってた気がするな。どうしよう、再びマキナと禁断の恋に落ちたりしたら、大人の僕の魅力を再発見するとか十分あり得るよなあ。


「……聞いてるか、太陽。そういうわけで、探偵業を続けてくれた方が助かる。必要な金とか道具は俺が用意するからさ、まあ頼むわ。代わりと言っちゃあなんだが、マリナのS3は無条件で合格させるからさ」

 なんだ、聞き捨てならないことを言ったな。


「マリナを条件に出さなくても、あいつは自力で受かるぜ」

 なんといっても自慢の娘である。それに不正で受かるとかマリナが納得するはずがない。

「マリナちゃんができるのは知ってるけど、S3の合格率2%だぜ、まともに行けると思うか、みんな5年とか勉強して対策してるんだぞ。まあ、試験はちゃんと受けてもらってさ、とりあえず合格にしちゃえばいいだろ」


「……そんな、明らかな不正、マリナはそういうの嫌うからな」


「だから、太陽の心の中で止めておけって、マリナには実力で受かったことにしておけばいいよ」

 くっそ、宇宙人め、なんて卑劣なことを考えやがる。合格率2%か……確かに厳しい、それに今から必死で勉強したときに、マリナが落ちたらと考えると……。ああ、そんな悲しい姿のマリナを見たくない。

 合格して喜ぶマリナの姿を見たい!かわいい!


「わかった、合格する方向で頼む」

「よし、じゃあ話は決まったな。その謎の組織を追いながら、探偵業を続けてくれ。マリナちゃんの方は任せろ。じゃあ、またな」

 親ばかの僕は、結局甘い方に流れた……。批判したい気持ちはわかるぞ、だがな親というのは自分はともかく、子供には何とかしてあげたいものなんだよお!


 って、あいつ電話を切りやがった、困ったことにこっちからソラへは連絡できないんだよお!

 次の連絡は果たして何年後になることやら……。

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