第11話「自動運転は便利です」

 真っ赤なR79は、今常磐道を走行中、僕の事務所とは全く違う方向に車を走らせている。

 運転は自動運転だ、日本でもようやく2026年に全面的な自動運転が認められることになった。もっともそんなのが認められる前から、僕は自動運転を活用していたけれども。

「通話、マリン」

 僕は音声でエアフォンを起動させて、マリンを呼び出す。何回かのコール音の後マリンが答えた。

「なあーにー?」 

「ああ、マリンか。レイナさんは近くにいるかい」

 通話相手は妻のマリンだ。事情が変わったので色々伝えることがある。

「電話なんて珍しいね。レイナさんなら目の前でお酒飲んでるわよ、もうレイナさんったら面白いの。もうずっと私たちしゃべりっぱなし」

 お酒って、今午後3時とかなんですけど、僕が命はってる間になんで君たちは飲み会を始めちゃってるんですか。


「まったく……、マリンよく聞いてくれ、事情がいろいろ変わった。その事務所にとどまるのも安全じゃないかもしれない。今すぐ、レイナさんを連れてその家を離れてくれ」

「えっ、どういうこと、下着泥ちゃんはそんなやばいやつなの?」

「細かいことは、あとで話すけど、ただもんじゃない。今すぐ、そこを離れて、つくばの別宅に向かってほしい」

「あぁパンケーキ焼いてるのに……ええと、分かったよ」

「スカイはいるよな? マリナは帰ってきてるか? それとレイナさんの子供の……」

「レオ君?」

「そうそう、レオ君」

「レオ君と、マリナはまだ学校ね、どうしたらいいの、帰ってくるの待ったほうがいいよね」

「……いや、あの二人はこっちで回収する。とにかくマリンは、スカイとレイナさんを連れて、つくばに向かってくれ。あと大事なものがあったらそれも一緒に、ああ、それから事務所のパソコンも一応回収しておいてくれ」

 事務所にあるパソコンは、それなりにハイスペックで、つくばの別宅にはない。あれだけはすぐ手に入るようなものじゃない。サイズも据え置きのゲーム位のもんだし持ち運びに困るようなものでもない。


「ちょっと、あなた、どういうことなの。この家どうなっちゃうの?」

マリンが露骨に不機嫌そうな口調になる。

「……燃やす」

「ちょっと、何言ってるのよ」

「仕方ないだろ、リクを預かった時からこういう事態は想定してるんだから。そのための別宅だし」

「……知ってるけどぉ、あぁーー、思い出がぁっ、太陽の馬鹿」

 あぁ、そりゃあ不機嫌になるよなあ。

 俺だって、たかが下着泥棒の件がここまで大事になるとは思ってなかったさ。


「気持ちはわかるけど、急いで。あとでほしいものは全部買っていいから、そろそろ家具新調したいって言ってただろ」

「うぅ……わかったよぉ」

「じゃあ、頼むよ、愛してる」

「ちょっと、もうやめてよ、レイナさん聞いてるし……。ね、あなたは大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ、合流したら全部話す、じゃあ気を付けて頼む」

「うん、太陽も気を付けて、愛してる」

 愛してるっていい言葉だなあ……。思わずにやけるわ。


 マリンとの通話は終わった。なんだかんだ物わかりのいい女で助かる、変な事態に陥った時でも大したパニックにならない。まあそんなのは4年前のインビジブルウォーの時で散々経験したからな。夫婦とはともに成長していくものだとしみじみ思う。


「さて、リク。お前の親父ソラはなんて言ってるんだ?」

 僕はマリンとの通話後、リクとの回線を開いた。リクは今、マリナとレイナさんの子供を迎えに行くために都内を走行中である。


「本命は、4年前インビジブルウォーの残党だって、やっぱあの光学迷彩の素材を純粋な地球人だけで作り出したとは考えづらいって」

「……やっぱそうだよなあ、リクから新素材の話を聞いたときに疑うべきだった。ただの下着泥棒なわけなかったんだよ。っていうかリクが気づけよ」

「そうだなあ、ほんとうにうかつだった。4年も太陽たちとまったり過ごしてたもんだから気が抜けてたよ。最近は他に考えることもあったし……。」


「マリナのこととかか?」

「ちげーよ、誤解すんな、この親バカがっ!」

「まあいいや。それにしても4年前がらみの案件って知ってたら、レイナさんを事務所に連れていくこともなかったのにな。僕だって、自宅を燃やすのは嫌だよ、スカイはともかくマリナは転校させなきゃいけないだろうし、友達とも離れるだろうし、かわいそうだなあ。ごめんな、マリナ。悪いのはぜーんぶ、リクとそのパパなんだよ」


「おいおい、まあ確かに俺たち親子が巻き込んでるのは認めるけど、全部じゃないだろ。それにマリナ姉ちゃんは、どうせつくばに行くつもりだったからちょうどいいんじゃないか?」


「なにそれ?マリナがつくばとか聞いてないけど」

 お前が僕のマリナの何を知ってるというのだ。


「聞いてないの?S3行きたいって言ってたじゃないか、マリナ姉ちゃんなら余裕で受かると思うけど」

 そういや、そんなこと言ってたな。S3……専門的で総合的な何とかだっけ。

「それって、つくばなのか?」

「そうだよ、なんで知らねぇんだよ。嫁とイチャイチャする以外にすることねーのか」

 むむっ、7歳のガキに夫婦間を冷やかされてしまった。

 そりゃあ、確かにさ仕事がないときとか、他に何もしてないけどさ。うるせーよ馬鹿、お前のせいで今日は命がけだったんだぞ。


「まあ、じゃあマリナにとってはちょうどいいのか。でも友達がなあ」

 マリナは友達が多いからな、それと急に離れるってなったら、精神的に大丈夫かなあ、父親としては学問とかよりそっちの方が気になる。

「……友達って、太陽おじさんは娘の何を見てるんだよ」

 もちろん、可愛いところだが…‥‥

「リク、それどういう意味?」

「……いやなんでもないよ」

 やめてよ、そんな変な含みを持たせるの。僕のマリナは、裏とか表とかそういうの一切ないんだからな。

 そしてしばらく、僕とリクでは沈黙が続き、どちらからともなく通話を切った。


 間もなく自動運転ですすむ車が、渋滞につかまった。ほとんどの車が、自動運転に変わった今、渋滞になることは珍しいのだが、事故渋滞だろうか。いまだに、手動にこだわるやつが無茶な運転をして、事故ったりするんだよなあ。

 こりゃあ、思った以上に別宅につくのは時間がかかりそうだ。

 

 渋滞につかまって数分後再びリクから連絡があった。

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