第10話「探偵業は命がけです」
「逃げるっていっても、中抜をどうする?」
「そいつの顔もはわかってるし、発信機でも埋め込んでおけばいいよ。今はそこを逃げたほうがいい」
確かに中抜はもはや逃げようがないが。
「逃げる必要あるか?仲間がいるなら、まとめてつかまえたほうが……」
「ステルス迷彩つけてるような連中だぞ、銃とか持っててもおかしくない。事態は思ったより切迫してる、いま
うぉっ、銃を持ってるのか!
そりゃやべーな、早く逃げたほうがいい。
「敵はどこから来てるんだ?」
「エレベーターも階段もふさがれてるから、違うルートを考えて」
まじかあ、なんだそのなぞなぞ……。
Q:あなたは今マンションの10階にいます、あなたを殺そうと、見えない敵が階段とエレベーターを使って迫って来ています。さてどうやって逃げたらいいでしょう。
A:エスカレーターで逃げた。
……。
残念ながらこのマンションにエスカレーターはない。
とりあえず時間稼ぎをしよう、そう思って僕は、玄関に向かった。そして、扉のふちに硬化樹脂のAARを隙間なく撃ち込んでいく。
これで、しばらくは時間稼げるだろうが、ものの数分でここまで敵はやってきてしまうぞ。
「なんか、ルートはないのかリク」
「窓の方から行くしかないだろうな」
「窓って、ここは十階だぞ!?」
地上まで少なく見積もっても20m以上あるんだが。
「ラぺリングで降りればいいじゃん、確かその経験あったよね?」
「いやいや、そもそもロープがないから」
「AARの引き金を引きっぱなしにすれば、ロープ状になるから、それを使えばいいじゃん」
先ほどから多用している硬化樹脂のAARは、確かに引き金をずっと引くことで、ロープ上に放出することができる。強度も十分なのは知ってるが……
「こええって、そんな使い方したことないし」
「迷ってる時間はなさそうだよ、俺は何とか周辺の車ハッキングして待機させておくから頑張って」
確かに迷ってる時間はなさそうだ。
僕は、AARで身動きが取れずにいる中抜の皮膚に、発信機を刺しこんで、そしてこの部屋のベランダに出る。
ベランダから身を乗り出して下を見ると、駐車場にある車の大きさが、大豆位のサイズにしか見えない、いやいやこれ結構高いって……。
身が震えてしまって決断ができずにいるところ、玄関の方からガチャガチャと音がした。おい、もう来やがったのか?
しょうがない覚悟を決めるしかない。なぜ下着泥棒をつかまえに来ただけなのに、こんな命がけのことをしなければいけないのか。
AARのカードリッジを交換し、樹脂をロープ状にして手すりに巻き付けるように発射する。ここからは、もうラぺリングなんていうものじゃない。
あとはもう勇気をもって、AAR発射装置の引き金を引いたまま、ベランダから飛び降りればいい。AAR樹脂ロープが僕を上から引っ張って,ゆっくりと下降できるはずである。
(うおお、こええ。本当に大丈夫なんか)
ベランダの柵の上に立つと、足ががくがくと震える……。今、外から僕を見てる人がいたら、今から自殺しようとしてる以外には見えないだろう。いやあ、これはちょっとできないかなあ。
そのとき、ガァーーッンっと、銃声が聞こえた。ドアが開かないので強硬策に打って出たのだろう。そして僕は、その音に驚いて、柵から車たちが豆粒にしか見えない駐車場へと飛び出してしまった。
「うあーーーーーーっ!!」
あらゆる絶叫マシーンに乗った時よりも大きな声を僕は出して、ぐんぐん、地上が僕の眼前に迫っていく!死ぬ――っ。
だが、地面はぐんぐんとは迫っていかなかった、非常にゆっくりと僕は、地上に降りている……。どうやら、AARによるロープ降下はうまくいってるらしい、そして慌てた拍子に発射装置を手から離すという愚行もしなかったようだ。
「ふぅ……」
思わず、僕は溜息を吐く。あとはいち早く地上に降りるだけだ。
「リク、今、地上に向けて下降中だ。降りた後はどうすればいい」
下降しながら、僕はリクに通信する。
「R79をハッキング出来たから、真下に回すよ。太陽おじさんの位置はこっちでも確認してる、周囲の敵の姿はない、万事OKだよ」
ふと、下を見ると赤いスポーツカータイプの車が、こっちに向かって動いて来てるのが見える。あれは、確か出た新モデルだな、このご時世にスポーツカータイプとは何とも珍しい。
ごめんね、あとで賠償金込みでちゃんと返すからね。
ふと周囲を見渡す、一面の青空、本来だったらゴルフ日和だな。
だいぶ車の姿大きく見えてきた。もう少しで地面につく、あと5m位もない位か。
ガクンととそう思った時に急に、僕の体がぐいっと地面に引き付けられた。
――落ちる!今度は本当に一気に、地面が僕に近づいてくる。
ボンッ!
と僕の体は、その赤いスポーツカーのボンネットにたたきつけられた。
「―――――っ!いってぇ!!」
臀部に突き刺すような痛みと、しびれるような痛みが全身に広がった!
なんでこんな目に……。
まあ大丈夫だ、意識があるということは大した衝撃じゃない。確かに痛いけど大したことじゃなさそうだ、ボンネットに助けられた。
「太陽!だいじょうぶか?」
骨振動による音声が若干痛みにも響く。
「……大丈夫、大した事なさそうだ」
我慢できない痛みじゃないし、ケガもなさそうだ。
「あわてて、車を真下に回したよ。上を見てくれ樹脂ロープがバッサリ切られてる」
いわれるまでもなく、ケツからボンネットに落ちた僕の視界には青空のみが映っている。そこにロープの姿がない、つまり、切れたのか切られたのか。
「急いで逃げないと……」
「車はうごく、すぐに乗り込んでくれ、操縦はこっちでやるから」
僕は、痛みが広がる身体をムリヤリ動かして、引きずるようにしながら、その赤いスポーツカーR79に乗り込んだ。
乗り込むと同時に、R79は急発進をしてこの場を離れる。全身の痛みが徐々に広がってきた、こりゃあどこかは折れてるかもしれないな。
やれやれ、下着泥棒をつかまえるだけのはずが、とんだ仕事になってしまった。
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