第1話「ボディガードは仕事じゃないです」

「……ボディガードですか?一応、当社は探偵事務所なのですがね」


 唐突にあった電話の依頼主は女性であった。

 電話の相手は開口一番、僕に助けを求めた。

 依頼内容はボディガード、彼女は最近ストーカーらしきものに狙われてるらしい。

 僕はあくまで探偵、ボディガードはお門違いなのだが……。


「探偵社というのは聞いてるのですが、畑さんが、困りごとは何でも聞いてくれるというので」

 断ろうと思っていたが、電話越しの相手は、畑の名前を出してきた。

 やっぱりそうだ、最近探偵業とは結び付かないような厄介な仕事は、大体親友の畑がらみの仕事なのである。

 

 畑の名前を出されると、断りづらいのだが、僕の仕事はあくまで探偵業だ。それも別にスケボーに乗った少年が顔をを出すような、犯罪捜査のような探偵業はしていない。

 きわめて一般的な浮気調査やら、身辺調査を生業としてる。たまに企業の依頼で、取引先の調査や、畑の依頼で、ヤクザ関係の裏を調べたりすることはあるものの、ボディガードは完全にイッツマイノンビジネスなのである。


 ぜひ、今はなき新宿の掲示板にXYZの文字を書いてほしい。依頼主がもっこり美女ならばきっと彼が駆けつけてくれるはずである。


 ……どうも僕の心の声が多くなる気がするのは愛嬌だと思って許してほしい。


「あの、ボディガードはやってないんですよ。あくまで身辺調査とかが中心でしてね」

 別に僕はお金には困ってないので、無理に仕事を受ける必要はない。ただ世間体で仕事をしてるだけなのだから。まあ友人のよしみだから、畑に頼まれた案件は受けているが、さすがにボディガードはやりたくない。命かける気とかないしね。


「あの、話だけでも聞いてもらえませんか、警察も相手にしてくれなくて。畑さんに相談したら、『奇妙な事件にうってつけな奴がいる』って言われて、それが、ここなんです。おねがいします」


 そうそう、ストーカー事件なんて警察に任せればいいのだ、昔とは違って警察もストーカー事件等は相当機敏に動いている。2029現在、社会システムの変更によって圧倒的に公務員が増え、警察官も増えた。ゆえにストーカ―等の訴えがあれば、迅速に動くのが今の日本警察だ。


「あの、警察が動いてくれないというのが不思議なんです……。正直探偵社よりよほど頼りになると思いますが」

 率直に伝える、分かってくれると思うが僕は仕事をしたくない。


「……もちろん、警察は来てくれました。でも事件性なしで終わってしまったんです。それでも確かに私の周りでは変なことが起きるんです。怖いんです、お願いします助けてください」

 電話越しでも、涙ながらの必死の訴えであることがわかる。

 うーん、警察が動いてくれない事件かぁ、こういう場合大概、被害者の自意識過剰なんだけど、畑の紹介ならそれもなさそうだし、まあたまには人助けをしてみてもいいか。


 ここ最近、仕事らしい仕事してなくて、昼間はマリンとイチャイチャしてるだけなのだ。さすがに二児の父親としてそれはどうかと思っている。うちの子供たちはお父さんがなんの仕事をしてるのかと聞かれて返事に困ることが多いらしい。

 ごめんね、マリナ、スカイ。お金だけはあるの僕。


 少し考えたうえで、話だけでも聞くことにした。


「分かりました、まずは話だけでも伺いましょう。依頼を受けるのはそれからで、直接お会いしたいのですが、都合のいい時間はございますか」

「あ、ありがとうございます。あの昼間ならいつでも大丈夫です。今日はこれから出勤なので、明日以降ならばいつでも……」

 電話越しからは、先ほどまでとは違うトーンの声が漏れる。


 それにしても今は16:00。今から出勤とは、畑の紹介ってことは水商売関係なんだろうなあ。相変わらず畑は、キャバクラやら、

僕の客の大半が水商売な気がするのは、大学生時代からの名残なのかもしれない。


「それでは明日の13:00位はいかがですか。お宅の方に伺わせていただきます。あとで、住所を守秘モードで送ってください」

「分かりました。ありがとうございます、PASSは6699です」


 2029年になって、世の中のモノ・コトはこまごまと変わった点は多いが、通信システムなどは大きく変わったりしておらず、相変わらずスマートフォンによる連絡が一般的だった。ただ非常に薄型になっており、腕時計式や、眼鏡型など、手に持たなくていいものが主流である。

 

 特に腕時計型、ブレスレッド型は、空中に映像を映し出す形が一般的であり、それらは『エアフォン』という名前でベストセラーとなっている。ちなみに、メーカーは日本でもアメリカでも中国でもなく、インドから出されている。

 

 守秘モードとははエアフォンに搭載されてる、完全密閉型双方向回路のことで(よくはわからん)そこを通せば、原則的に他者の介入がなく盗聴等の恐れがない、それ故に個人情報はこのモードでやり取りするのが一般的だ。(ただし、とても利用料が高い)


 さて久しぶりの浮気調査以外の仕事だ。

 おもしろそうだという意味の仕事は久しぶりかもしれない。いまや浮気調査は実質、形だけの調査を行うだけのもので、極めて形式的な仕事となっている。

 今の時代、浮気はすぐばれるし、もっと言えばさほど問題とされなくなってきた。男も女も浮気して当たり前で、一度の離婚は当たり前となってきたし、子連れ再婚も相当一般的なものである。(うーんわが夫婦は幸せだなあ)

 

 ゆえに浮気調査を行うのは金持ち夫婦で、奥さんが慰謝料を請求する際に正式な証拠を作るためだけにあるといったようなものだ。仕事としては大変つまらないといっていい。


 たまには、おもしろい仕事もしないと人生腐っちゃうよね。


 久々の刺激のありそうな依頼に、なんだかんだうれしかった僕は鼻歌を交えながら、守秘回線で送られてきた住所と今回の依頼の概要を確認し始めた。そこへ、


「……ずいぶんご機嫌だな太陽。依頼でも入ったのか?」


と背後から声がかかる。


 僕は鼻歌まじりで、エアフォンの写しだす空中モニターを確認していた。そこに聞こえた背後からの少年の声に、思わず僕は鼻歌を止めた。えらい礼儀を知らない言葉遣いだが、少年独特の高い声だ。

 もちろん声の主は知っている。

 何回聞いてもムカつく、声はともかく言い回しは親父そっくりなのだ。

 いやだいやだ、いやなところばっか似やがった。


「……事務所にはいるときはノック位してくれ、リク」


 声の主はリク。

 そして父親の名前はあのソラである。


 僕の唯一無二の親友である


 宇宙人のソラが七年前に秘密兵器として作った子どもがである。そのリクを僕と妻のマリンは3年前からこの金糸町の事務所兼自宅で預かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る