第5話「リクは僕の子じゃないです」
「うぅっ……、わからねぇ!」
僕は事務所のパソコンの前で頭を抱えていた。まあこれがパソコンなのかどうかもはや怪しい、リクの父親であるところのソラからの贈り物で、なんだかとんでもない性能のコンピューターらしい。そしてディスプレイは、空中にうつしだすことができるタイプで、何画面でも出すことができるマスマルチディスプレイ。
はっきりって使いこなせていない。
僕は先ほどもらった管理会社の監視カメラ映像と、自分で撮った映像をつぶさに見ながらいろいろ考えているのだが、レイナさんがいなかった2時間弱に人が入った様な気配は一切なかった。
もちろん犯人説が濃厚な、レイナさんの子供や彼氏の姿もどこにも映っていない。
念のために、管理会社がくれなかった監視カメラ映像もソラコンピューターの力で、盗み見たりもしたのだが、やはりレイナさんの部屋への出入りはなかった。
こうなるとレイナさんの、若年性アルツハイマーを疑うか、二重人格説とかを疑う必要があるなあ。
あるいは、やっぱあのトイレの小窓が怪しいか……。確かに人が入ることは難しいが、小型ドローンが侵入することは難しくない。(そういえば、かつて僕はそんなことをやったな)それを操作して、下着を盗んで出ていったとは考えられないだろうか。
いや、ドローンはともかく、盗んだ下着が空を飛んでいたら目立って仕方ないし、そもそもそういう映像はみつからなかった。
わからないなあ、とりあえず、気分転換に娘のマリナの寝顔でも見に行って、ほっぺにチューでもしようかなあ。マリナの寝顔を見ると、すべての疲れが吹っ飛ぶからな。
「フフフフっ……」
とにやけ顔でいると、
「おい、太陽のおっさん、何考えてやがる」
僕の背中、事務所の入り口の方から声がかかる。嫌な声だ、子供はさっさと寝てほしい、今が何時だと思ってやがる、夜中の2時だぞ。
「なんだ、ガキは早く寝ろよ」
声の主はもちろんリクだ。なんのようなんだ一体……。
「あんたが自分の娘に対して不気味なことを考えてるから、心配になって起きてきたんだよ」
おいおい、なんだよ。いつの間にか俺は心の声を口に出してしまっていたのか。こいつの耳は恐ろしくいいからな、小声でもうっかり口には出せない。
「僕は仕事中だ、邪魔をしないでさっさと寝てくれ、しっ、しっ」
僕はそうやって、手を払う動きを見せる。仕事中にリクの相手をするなんて疲れが倍増だ。
「……おっ、やっぱり、事件の映像見てるんじゃん。俺にも見せてよぉー」
そうやって目をキラキラさせながら、リクは俺にむかって小走りで近づいてきた。
「守秘義務だ」
俺はそういって、エアーディスプレイをすべて閉じる。
「なんだよ、下着事件なんだろ?おもしろそうじゃん」
「……何で知ってるんだよ?さては、俺のスマホにハッキングでもしたのか?」
こいつは、何でもやりかねないからな。
「いやいや、太陽が今日連れてきたレイナさんから直接聞いたんだよ。どうしたんですかって聞いただけで、勝手にぺらぺら何でも話してくれたぜ」
レイナさんの部屋を出た後、僕はレイナさんの職場にも同行していた。一応以来の内容はボディガードであるので、その日はできる限り一緒にいるということになっていたのだ。
そして、さすがに誰かが侵入したかもしれない部屋にいるのは怖いということなので、レイナさんと息子のレオ君は、僕の部屋でしばらく寝泊まりしてもらうことになった。幸い僕の家の部屋にはまだまだ相当空きがあるので、依頼人を泊めることぐらいはたやすい。セキュリティもそこいらの企業よりはしっかりしてるからね。
そういや、さっきリクがレイナさんの息子のレオ君のところに積極的に話をしにいって、おかしいなあと思ったが、そうかそうやって話しやすいキャラを演じて、情報をレイナさんから聞き出すためだったのか……。
策士すぎんだろ。
「……まったく勝手に依頼人に干渉するなよ、いい迷惑だ、知らない子供のふりをしながら相手の情報を聞き出すのは、蝶ネクタイの少年だけでいいんだよ」
お前は見た目は子ども、中身は宇宙人じゃないか。
「まあまあ、いいじゃん、いいじゃん、太陽も行きづまってるみたいだし。俺だって気になるよ、密室ー。」
すごい笑顔で「密室」という言葉を躍らせる。それにしても、恐ろしいほどのさわやかスマイルだ。そりゃあ、レイナさんもこいつに聞かれたら何でもしゃべっちゃいそうだな、レイナさんイケメンすきそうだし……。
出会った瞬間「うわっ、イケメン♡やばっ♡♡」とか言ってたし。
そして、そのあと僕の顔をジーっと見て、不思議そうにしていたが、なんだというんだ一体。
「しょーがねーな」
と言いながら、僕は再びディスプレイを映し出す。しょーがねーなと言いながら、心の中ではリクからヒントもらうしかねーなと思っていた。俺みたいな凡人の発想ではもはや、密室の謎に挑むのは限界そうだったからだ。
5枚のエアーディスプレイに、僕のサングラス型端末から撮った映像と、管理会社の監視カメラおよび巡回ドローンから撮った映像がそれぞれ映し出されている。僕が見る限りでは、どこにも異常はない。
しばらく、リクはしばらく、ジーっと見てる、主に僕がとった映像のようだ。
「僕の映像に何か……」
「しっ、ちょっと静かにしてくれ」
7歳の子供に黙れと言われてしまった……。
本気でこいつを製造主のところに送り返したいぞ。
「黙るついでに、1番モニター以外の音声をミュートして」
しぶしぶ、僕は要求にしたがった。1番モニターは僕がサングラスで撮った映像である。音声って言ったて、1番モニターですら何の音も聞こえてこないけどな。
しばらくすると、
「……ははっ、ははは」
とリクが何と笑い出した。頭を手で押さえながら、くすくすと笑う。
「な、なんだどうしたっていうんだよ」
少し厳しい表情で僕はリクの方を見る、いったい何がおかしいんだ?
「……だって、だってさ、太陽もレイナさんも間抜けなんだもん。いや間抜けっていうか、よく怖くなかったな?」
「な、なにが?」
するとリクはモニターを指さしながら言った。
「いるじゃん、犯人、目の前に」
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