第3話「推しがすごいです」
家庭事情ばかりを話していてもしょうがない、複雑すぎる我が家の家庭の様子を話していたら、それだけで原稿用紙が何枚あっても足りない。
すっかり忘れそうになるが、そういえば仕事の依頼があったのである。
仕事の話をしようか。
翌日、リクのことは無視して、例の電話の依頼主の話を聞きに行った。
住所が港区であったので、港区のファミレスで依頼主と落ち合うことになっていた。
ファミレスにつくとすぐ、女性に「サン事務所の方ですか」と尋ねられる。
僕の方で依頼主がどこにいるかはすぐわからなかったが、僕は、ハットに薄い色のサングラスをかけ黒いジャケットを身にまとうという、そこそこ怪しげな格好をしているので、(誰にあこがれてるかは言うまでもないだろう)依頼主の方から声をかけてくれたのである。
ちなみに今日の交通手段はわざわざ小型バイク『ベスパ』で来た。150ccだから、二段階右折も、30km制限も怖くないんだぞ。(もっとも2029年の時点で、二段階右折の法律は撤廃されてしまっていたけれど)しかもわざわざ滋賀県まで出向いて大嶋自転車という店で買ってきたのだ。
まあ、そんな話はどうでもいいか、いや分かる人にだけ分かればいいか。
出会った依頼主は30代前半であろうか、化粧の派手さはあったものだが、いかにも美人奥様といった感じである。僕の妻ほどではないにせよ、むしろ美人というよりはかわいい系か、バッグとか靴とかやたらルブタンを身につけてることが気になる。
僕と依頼主は、ファミレスの一番奥、そして入り口を見渡せる場所に座る。一応、誰が店に入ったとか、出たとかそういうのがわかるようにする配慮だ。
「ええとお名前は、
「はい、探偵さん。今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます」
髪をかき分けながら、レイナさんは挨拶をする。よく見れば、服はグッチで、つけてる指輪もグッチもぽい。最初は靴だけ見てルブタンだと思ったけど、どちらかと言えばグッチ派なのかもしれない。
ちなみに僕が詳しいのは完全に妻の影響である。
「それで、どういう案件なんでしょうか。変なことが起こるというのは……?警察は何もないといってるんですよね」
「ええ、そうです警察は異常なしというんですが……。その、家の中のものがよくなくなるんです。お気に入りの下着とか、タオルとか、ストッキングとか。なんか、そういう細かいものがなくなるんで、最初は気づかなかったんですけど。でもさすがに、勘違いとかそういうレベルじゃなくなってきてて……」
下着、ストッキング、タオル……?うーん、なんか地味だなあ確かに。
―――それはそうと、そんな大声で下着とか言わないでほしいなあ。
「……あのデリケートな話なので、もっと小声でお願いします。下着とか、ストッキングってそりゃあ、ストーカーっていうか下着泥棒とかじゃないんですか」
「もちろんそれも思いましたけど、でも私全部乾燥機にいれちゃうか、部屋干しなんで、外に干したりはしないんです」
残念だが、レイナさんの声は別に小さくならなかった。
「なるほど……、一応確認はしますが、思い過ごしとかではないんですよね?」
気を悪くするかもしれないがそれが一番可能性が高い。
すると、少しにらむような眼をした後、仕方ないかという感じで話し始めた。おそらく同じ問答が警察とでもあったのだろう。
「もちろんです!それに、なくなって変だなあと思ったのが、生理用品なんです。それも使用済みのやつ。トイレのごみ箱に入れてあるはずのがなくなったりするの。最初は、あれ私、捨てたんだっけって思ってたけど、そんなことが4回、5回って続くもんだからきもくって」
せ、生理用品かぁ……。やだなあ……ってそんな話を港区のファミレスで、大きな声で話してほしくないのだけれど、ほら隣のおばさんが怪訝そうな表情でこちらを見てきたよ。
「あの、同居の家族の方とかはいらっしゃらないんですか?」
これも気を悪くしそうな質問だなあと思ったが、聞かないわけにはいかないので仕方ない。
「……15歳の息子が一人います。……まさか息子を疑っているんですか?」
案の定、さらにきつい表情をこちらに向けた、語気も強まる。そうですよね、そういう反応しますよね、分かってますよ、落ち着いてください。
「いえ、一応形式的な質問ですので、そういうわけじゃないんです。落ち着いてください。僕にはほら状況がわかってないんで、とりあえず、何でも聞いていくしかないんです」
今言ったことは事実半分、嘘半分。
正直今の話だけを聞くならば、犯人の本命はその息子である。13歳で変な性癖に目覚めてしまった可能性は否定できない、母親のブラジャーやら、生理用品だかを盗む息子とか想像するのもおぞましいのだが、母親の育て方次第では、倒錯する可能性がないわけではない。
あるいは、家に今遊びに来てる彼氏の線もある。身につけてるものを見る限り、彼女に男がいないという線はうすいであろう、そこそこ裕福な彼氏がいる可能性は高い。その彼氏の趣味が少しおかしいのかもしれない。
とまあこれはあくまで一般論、通常想定できる当たり前の可能性を並べただけである。
これが解なのだとしたら、警察はとっくに解決してるだろうし、そもそも畑経由で僕に依頼なんて頼みはしないだろう。依頼の時点で通常では考えられない裏がある、そういう可能性が高いのだ。
さて再びレイナちゃんは話を続ける。
「警察に散々聞かれたんで嫌になってるんです。何回も息子のことも聞かれたし、彼氏のことも聞かれたんです。でも二人ともそんなことをするような人じゃありません。息子はもう反抗期で、そんな私のものを欲しがるわけがないし、彼氏だって、別に盗んだりしなくたってほしければあげます。それに買ってくれてるのも彼氏だし」
聞かれてもないのに、彼氏の話を切り出したレイナさん。まあ、それだけでどういう性格かはわかるというものだ。
どっちみち今の情報はありがたい。
それにしてもやっぱ話す場所は、ファミレスじゃなくてカラオケにすべきだった。女性の依頼者だったので密室はよくないだろうと判断したが、完全に僕から見える席のおばちゃんがこちらを警戒してる。
自分のプライベートな話なんだから、少しは躊躇して話してよレイナさん。
「大丈夫です、僕は、その辺を疑ったりはしてません。警察がレイナさんの関係者を疑ってるのは、貴金属類が盗まれてないからってところですか?」
だからこそ、警察は不介入といったところか。
この質問にレイナさんの顔ははっとなる。
「そ、そうなんです。盗まれるのは私が身につけていたものだけで、バッグとか財布とか、指輪の類は大丈夫なんです。ルブタンだけは2,3足なくなった気がするけど」
やっと、レイナさんは落ち着いたのか、声のトーンが下がる。そして氷の溶けかけたアイスコーヒーに手を伸ばす。
典型的なストーカーの手口か。
身につけてるものに手は出しても、財物には手を出さない。ストーカー心理では、対象者は守るべき対象でもあったりするから、盗まれて困るお金とかには手を出さなかったりするのだ。もちろんすべて俺のものだって言って、盗むやつもいるのだが。
「……やはり、レイナさんが電話口で言った通りストーカーの線だと思います。―――ずばり、心当たりがあるんですよね?」
アイスコーヒーをテーブルに置いたタイミングで僕はそう切り出した。
「は、はい。昔お客さんだった人だと思うんです、具体的に誰かとはわからないんですが、昔の仕事がそういうストーカーに狙われるような仕事だったんで」
ストーカーに狙われるような仕事?
まあ予想通りというか、なんというか、ぱっと見で分かる通り水商売だったんだろうな。過去形ってことは現役じゃないのか、ぼくはてっきりそうだとおもったけど。
「差し支えなければ、何をしていたか教えていただけますか?」
「……あのぅ、バーレスクって知ってますか?」
バーレスク?バーレスク?
なんかすごい昔に聞いた気がするな。確か、マキナがなんだか、すごいはまっていたような気がする。(マキナは僕の大学時代の後輩ね、そのうち明らかになります)
たしか、あいつはミーちゃんだっけ、その子をひたすら推していたような気がするけど。あぁ、思い出してきたわ、セクシーダンスのエロい店か?
「あの、六本木のこういっちゃあれですけど、いやらしい店ですよね?」
僕は思い切り声のボリュームを落として確認を取る。
それを聞いたレイナちゃんは、少し眉をしかめて答える。
「別にいやらしい店ってわけじゃないんだけど、まあ仕方ないか。……あの私そこでダンサーやってたんです。レニって名前だったんですけど。結構テレビにも出てたし、DVDとかも出してたんですけど……知らない?」
そ、そうだったのか。DVDまで出てるの?
まあどおりで、すごいかわいい子だなとは思った。僕の妻ほどではないとはいえ、そして僕の娘にははるかに及ばないとはいえ、確かにかわいい30代だとは思った。
「す、すいません。存じてませんでした」
僕は平謝りする。
するとレイナさんことレニちゃんは笑って答える。
「仕方ないか、今では全国展開までしてるけど、当時の私を知ってる人って本当最初の頃のお客さんだから。でもぉ、いまだにバーレスクってそういう認識のお店なのか、少し残念」
寂しそうな顔をした。ごめんなさいレイナさん。
さて、そうなるとレイナさんを狙いそうなやつは相当な数がいるってことか、こりゃあ調査して突き止めるっていうのは難しそうだ。現行犯をとっつかまえるっていうのが一番妥当なのかな。……やだなぁ危険があるのは。
「まあ僕のバーレスクの認識なんて気にしないでください。――とりあえず、一度レイナさんのお宅をお邪魔してよろしいですか?現場検証してみないと何とも言えませんから」
「えぇ、それはもちろん」
こうして僕はレイナさんの住む港区のマンションに向かうことになった。
あっ、一応妻に仕事で、女の人の部屋に行くからねって連絡しないとね!
うーん、僕って愛妻家。
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