創死者の遺した夢
創死者デュメジルには偉大な計画があった。
必要なのは長い研究期間を耐えうる不死の肉体である。
必要なのは有能で忠実な子供たち、同様に不死の肉体を持つ
必要なのはラグトル高純度結晶とラグトル暗室である。
度重なる理論と実証、実験と計算を繰り返し、百三十二年の月日を経て彼はこれを実現させる。あとは想定されうる障害を取り除く必要があった。
その日のために彼は多方に水面下で手を伸ばした。
極左政党である共業党に莫大な献金と政治支援を行い、魔術戦力の縮小や叡海深度地下ラグトル調査施設を伴う永続海底研究都市を建設させた。
軍の動きを抑えるために
MMドラッグの流通も、使用者より魔力波ノイズを発生させ定位観測するために必要だった。
彼は目的のために手段を選ばなかった。それゆえに各地で被害が発生していた。
彼の暗躍は万全だった。軍も情報機関もその動きに気づかなかった。そもそも、その情報機関は部下の一人が軍をコントロールするために創設したものだからだ。
すべては順調だった。
隕石の衝突という馬鹿げた事故さえなかったならば。
彼はキールニールを打倒したかった。
七百年前に彼は“十七人の英雄”の一人として加わった。それは彼にとって最高の仲間たちだった。
そのすべてを奪い去ったキールニールを、どうしても倒したかったのだ。
そのための手段が「ラグトルの全的支配」である。
三百年以上の準備期間を経て、残るは実行に移すばかりとなっていた。
だが、その直前で夢は潰えた。
拠点への隕石落下という不可避にして抗えない事故によって、彼は死んだ。
残された多くの資料から彼の計画は明るみに出て、人間社会に潜伏していた
結果、残った
ゲフィオンと、ペスタである。
***
ゲフィオンは「ラガルド・ユーサリアン」という人間を四十二年間に渡って演じてきた。
まずは五歳の戦災孤児として。やがて神童として才覚を表し、貴族ユーサリアン家の養子として迎え入れられる。
彼は
ゆえに不死であり、歳をとらない。彼は固有魔術〈変容〉によってこれを偽装した。
まずは幼子を演じ、年月の経過に伴い「成長」させ、成人してからは「老化」を再現した。
人々は彼の人間離れしたカリスマ性に惹かれながらも、まさか彼が人間でないなどと疑うものは一人もなかった。
彼は嫉妬と羨望の的でもあった。職務に忠実で愛国心に溢れる有能な軍人として。あるいは、一人の魅力的な男性として。人ならざる魔力を隠しながらも、前世から培ってきた知識と経験によって計画のためにふさわしい地位と権力を築き上げてきた。
だが、それも「偉大なる父」であるところの創死者デュメジルの死によって、すべて無意味なものとなった。彼自身の正体も発覚し、長官の地位も退かざるをえなかった。
いわば、それは国家転覆に関わる陰謀の罪。ただ、それでいてなお「ラガルド・ユーサリアン」としての数々の功績によって彼は免罪され、静かに余生を過ごすことを許された。
最悪ともいえる逆境で、彼は一握りの勝利を手にしたのだ。
余生といっても、彼は不死の存在だ。
これからあと何百年でも生き続ける。
父の果たせなかった夢も、熱りの冷めた百年後にでも計画を再始動し、必ず成功させてみせる。
そう決意し、人間としての偽装身分で築いた家庭で、ただ静かに暮らしていた。
いつしか、ただ偽装のために結婚し配偶者となった妻に、彼は少なからず情を抱いていた。不妊であるがゆえに養子として迎えた娘にもそうだ。
妻子はただの人間に過ぎない。いずれも、彼よりも先に逝くだろう。
だが、それまではただ、静かに暮らし、待つ。彼自身も、あたかも人間であるかのように暮らそう。そう考えていた。
彼にとって誤算だったのは、ただ穏やかな生活がそう長くは続かなかったということだ。
***
ぺスタは一方で、海軍への潜入を担当していた。
彼もまた陸軍におけるゲフィオンと同様に海軍において将校まで登り詰め、計画の障害を取り除く役割を担うはずだった。
だが、彼は予期せぬ事故に見舞われた。
まだ士官だった段階での哨戒任務にて、彼の乗る艦は神獣シィルの襲撃を受け、沈んだ。一命は取り留めたものの、軍人としても
すなわち、首から下を丸ごと失っていたのだ。
彼はいわば生首の状態でかろうじて生き延び、救難任務についていたゲフィオンによって回収された。
その状態でも彼にはまだできることがあった。
彼もまた、ゲフィオンと同じく固有魔術〈変容〉を持っていた。自身の姿形、あるいは形状を自由自在に変化させ、体積についてもある程度融通が利くため、彼はゲフィオンの体内に潜むことにした。
いざというときに、ゲフィオンを支援できるように。
結果としてそれは功を奏した。が、「偉大なる父」を失い、ゲフィオン=ユーサリアンも正体を暴かれたあととなっては、特に固執する必要もなくなっていた。
彼もまた生首として「ユーサリアン家」の前に姿を現し、正体を晒した。
ゲフィオンはぺスタを「友人」として紹介した。
それから四年。
やがて、ユーサリアン家の一人娘も独り立ちをしようという歳になる。彼女は皇都の大学への進学を希望していた。そうなれば、彼女は家を出て寮で一人暮らしをすることになる。
ゲフィオンはすっかり単なる過保護な父親となっていた。実際のところ危険性はあった。軍と情報機関はゲフィオンの監視と追跡を諦めていない。娘が一人になったなら危害が及ぶ可能性は否定できなかった。
かといって、娘の意思は尊重したい。
折衷案として出されたのが、「ぺスタに娘を守らせる」というものだった。
首だけになったとはいえ、ぺスタは
娘にとってもぺスタは親しい友人だった。そして、貧相な体型に悩みを抱えていた彼女はこれぞ好機とばかりに「乳房を演じる」という条件によってこれを認めたのだった。
その後、紆余曲折を経て。
幸いにも、というべきだろう。皇都を離れた学外研修時に、それは起こった。
彼女は、父の過保護さとぺスタに感謝した。
滅んでしまった世界において、ぺスタなしに彼女は生き残ることはできなかっただろう。
***
グラスが“狂国”へと入った主な目的は、ある女性に会うことであった。
ただ、狂王によって両腕を奪われたことと、狂国内が想定以上に混乱していたため、優先順位を修正してまずはその対処に当たった。結果、キズニアへ協力したことの報酬で彼は魔術的に再現した両腕を手にし、狂国の混乱回復の兆しも見えてきたため本来の目的へ戻ることとなった。
彼女の居場所を探すことは難しくなかった。狂国内の住民を片っ端から“見れ”ばよかったからである。彼らの持つ記憶の中にある姿を追うことで、現在の潜伏場所は容易に特定することができた。
「ナジェミィ・ユーサリアン。君に会いに来た」
唐突に声をかけられ、彼女は振り返る。
「うぇ?」
無人となった空き家でひっそりと息を潜めていたはずなのに、急に声をかけられて間抜けな声を上げてしまった。
姿を見せたのは金縁眼鏡の女性である。銀髪碧眼にてスタイルのよい女性だったが、その眼鏡だけが異彩を放っていた。
「だ、誰ですか……?」
「というよりは、ペスタ。君の方に用がある」
その名を告げられて、ナジェミィも目の色が変わる。ペスタについて知るものは決して多くない。ましてや、今はナジェミィに寄生していることを知るものは、それこそ両親だけのはずである。
「まさか、父さんの……?」
「可能性は高いと思いますよ。ナジェミィ」
ぬるり、と胸の間から男の顔が現れた。代わりに豊満だった乳房が萎む。名を呼ばれては隠れる意味はないという判断だった。
「あ、ちょっと、ペスタ」
ちらり、とナジェミィは目の前の女性を見る。
――負けた。さっきまで勝っていたのに。
「ゲフィオンが生きているというなら喜ばしいことです。彼とはどういう関係で?」
警戒はしつつも、それを表に出さない柔和な態度でペスタは語りかけた。一連の短いやりとりから複数の背景事情を想定したが、いずれにせよ対応としては迅速に越したことはない。外形は友好を装う方が事態は円滑に進むだろうと考えた。
「彼は生きており、私とは友好関係にある。君の抱くいくつかの想定のうち最善に近いものといえるだろう」
「……奇妙な物言いをしますね。君はいったい?」
「私は
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