冒険屋のお仕事②
「迷宮探索をはじめるにあたり、目標と目的を明確にしておきたいんだけど」
ミナセは四人に向かってそう告げた。すなわち、カガワ、ディミニ、レシィ、コムの四人である。
「待て。なぜ貴様が仕切る」
遮るのはディミニである。
「……別に、リーダーってならカガワでいいけど」
「んー、まあ、アタシが適任かね。で? ミナセ」
「まず目標は、“徘徊者がなにを守っているのか”を探る、ってあたりでいいわよね?」
「そうさね。十中八九、封印魔術に関わるものだろうが、現物は見ておきたい」
「現物に辿り着いたあとはどうするの?」
「見てみないとなんともだが、ま、一個くらい解いてみてもいいんじゃないかい? 警備状況から見てもどうせ“核心”は数カ所に点在してる」
「そだねー。一つだけでも機能はするけど、安全策に何重にも封印魔術を重ねてるってのはよくある話だよ」と、補足するのはコムだ。
「つまりそれは、最終的には迷宮の封印を解いて……脱出するのが目的ということ?」
「ミナセは違う、ってことだったかい。たしかこの迷宮を防衛拠点にしたいとか」
「そうね。外よりここは遥かに安全だし……」
「ん〜……」
「そのあたりの考えをカガワたちとか確認してなかった気がするわ」
「そうだねえ。アタシらはそこまで考えてたわけじゃなく、ひとまず迷宮が脱出可能なものなのかとか、手に負えるものかのかを確認してから判断しようって発想でいたさ。な、ディミニ」
「……私はカガワに従う」
「じゃあ、仮に――の話になるけど、仮に脱出可能だとわかった場合は?」
「いつでも出られるってなら焦っては出ないかねえ。チャンスがそれっきりなら出るだろう。さすがに一生ここで過ごす気はないからね」
「迷宮が手に負えるようなものであるのに越したことはない、ということでいいかしら」
「まあね。というかむしろ、ミナセはここで死ぬまで暮らすつもりかい?」
「……わからないわ。そんなの。でも」
「わからねえことだらけだよな。だから冒険だ」
目標は一致している。だが、目的にはそれぞれ微妙な差異がある。
あえてこの場では口出ししてこないが、レシィは「一刻も早く迷宮を脱出したい」と考えているだろう。そのためには迷宮の探索は必須だ。いずれにせよ、「迷宮を探索する」という点では利害は一致する。
問題は、その先なのだ。
明確にしたいなどと提言しておきながら、先の展望を考えると霧がかったようにぼやけてしまう。不安に胸の痛みを覚えてしまうのだ。
「行くのか、あんたら」
声をかけてきたのは、迷宮に長く定住しているらしい老人たちだった。同じ広場で生活はしているものの、いわば「安住派」と「探索派」で明確に立場が異なっており、互いに利害の衝突があるわけでもないので目立った交流はほとんどなかった。
「俺らとしては別にあんたらが死んでも生きてても別に構いやしないんだが……まあ、なんだ。ここでボケーっと暮らすのも、そう悪くはないぞ?」
これにはカガワが応えた。
「はん。気持ちは受け取っとくよ。要は死んでほしくねえってこったろ?」
「……そうだな。いわれてみればそうだな」
「なんか土産もあったら爺さんらにもやるからよ。心配すんな。死にゃしねえ。じゃあな」
そして、探索隊は出発した。
「で、結局なんだったかねミナセ。目標と目的とかって」
「……いいわ。やることは同じだし。カガワのいうとおり、まずは威力偵察に情報収集。そのあとで考えればいい」
「そうかい。じゃ、ひとまず狙いはここだ」
カガワは手製の地図を指し示す。
「少なくとも二、三体は“徘徊者”を突破する必要はあるだろうね。やり方は事前の打ち合わせ通り。手を変え品を変え逐次適当に臨機応変に、だ」
「挟み撃ちにあった場合は?」
「準備してるさ。時間稼ぎ用の魔獣をね」
先頭にて意気揚々の三人に対し、不安そうにしているのは後ろの二人である。
「あの、私はなにするんでしたっけ」
「レシィかい。あー、なにができたっけ?」
「正直、あまり戦力にはならない気がするんですけど……」
「かもねえ。魔獣召喚も“できなくはない”ってレベルだし。どしよっか」
「……いえ。レシィは、頼りになるわ。だから、一緒に来て」
「そ、そうなのミナセ?」
「ぼくはー?」
「コムはなんだかんだ魔術知識があるでしょ。封印魔術の“核心”に辿り着いたときは、意見とか聞きたいし」
「そっか。“徘徊者”と戦うときは戦力外ってことでいいんだよね」
「……そうね」
即席の
「大丈夫だ。死にゃしねえ。そりゃ死にかけたがな。迷宮にとっちゃアタシらはいわば無限に食える餌だ。追い返しはするが殺しはしねえ。もっとも、痛い目にはあうかもだがな」
カガワの言動はどこか大雑把だ。理論的に、作戦を組み立て――というタイプではない。ディミニはそれ以上に無思考なタイプに見えた。しかし
「そろそろだな。構えろ」
喉を鳴らすような声がする。金属質の足音が響く。ミナセは震えた。まだ、戦ったことがあるわけでもないのに。
一方、カガワは、そしてディミニは、何度も戦ったうえで死にかけてもいる。にもかかわらず、その態度には不安の翳りもない。毅然とし、高揚しているようにすら見えた。
クコロロロロロ……。
徘徊者。迷宮の番兵。蜘蛛の魔獣。体高3mはあろうかという巨体。
さすがにカガワとディミニの顔は覚えているのだろう。強い警戒を発している。ただ、決して防衛線を越えて襲ってくることはない。そこに付け入る隙がある。
「ディミニ」
「わかっている」
まずはディミニが先頭に立った。両手を前に突き出し、宙空にて球形に収束する液体を生成していく。
水、ではない。それはドス黒く濁っていた。赤、青、紫、黄、あらゆる色が混ざり合いながらも混ざりきらぬ不浄の混沌。明らかな害毒そのもの。耐えがたい異臭までも漂ってきた。
「ミナセ、離れてな。見てわかるだろうが、ありゃやべえからな」
カガワもまた準備を始めていた。彼女は左手の革手袋を軽く撫でて、拳で壁を殴る。直後、速やかに術式が展開され魔獣が召喚された。革手袋にあらかじめ仕込んでいたのだ。
呼び出されたのは、特に変哲もない鳥の魔獣である。鳩くらいのサイズで、それこそ用途は偵察か伝書といったところだ。これを三羽。一見して場違い。実際には、この局面ではそれが最適解だった。
「合わせるよ!」
カガワの合図で、まずディミニが浮かべていた毒球がふわりと放たれる。カガワの召喚した三羽の魔獣はこれに勢いよく突っ込んだ。結果、鳥の魔獣はことごとくが溶けて失せた。しかし、その質量による慣性までが消えるわけではない。
鳥は消滅しながらも、身を呈して毒の矢となって徘徊者へと迫る。迷宮も、この連携攻撃を目にするのは初めてではない。ただし、次の連携は初体験である。
ミナセが動いた。姿勢を低くし、蜘蛛の脚に向かって遠隔斬撃を放つ。
距離もある。威力も十分ではない。硬い金属のような外骨格を斬り裂くことは叶わなかったが、姿勢をわずかでも崩すには十分だった。ならば、致命的な毒の矢を躱すことができずに浴びてしまうことになる。
「キイィィギィィィィィ!!」
耳障りなほどに甲高い悲鳴をあげて、蜘蛛の魔獣は毒矢を浴びて溶けていった。
苦痛を感じているわけではない。その悲鳴は、警戒音だ。徘徊魔獣を打倒するほどの勢力が存在することを迷宮中に知らせるための行為である。
「なにあれ……溶けてるの?」
はじめて目にするディミニの魔術に、ミナセは驚きを隠せない。おそらく毒の一種だろうと思ったが、それを浴びた魔獣は白煙を上げてみるみると形を失っていく。さらには、毒液の垂れた床までもがブクブクと音を立てて溶けているようにすら見えた。
「ディミニの固有魔術〈浸蝕毒〉。あんな感じで、なんでも溶かしちまうのさ」
「なんでもって……」
一分も経たぬうちに蜘蛛の魔獣は完全に崩れ去った。活動機能を失い、黒いすすとなって消滅した。
「後始末だ」
次にディミニは、両手で抱えるようなサイズの真水を生成した。それを無造作に毒沼に向かってぶちまける。
「二十分くらい待てば消えるんだけど、希釈してしまうのが早いさな」
慣れた手つきだった。
「……案外、簡単に倒せるのね」
「最初の一体はね。防衛線を超えてこねえからその外から攻撃すりゃいいだけだからな。融通が利かねえのさ。で、どうだディミニ。ミナセは役に立つだろ」
「支援がなくても毒矢は命中していた。こいつの攻撃はまるで通用していなかった」
「ねえカガワ。なんでこう、この人って協調性がないの?」
「そうだぞディミニ。とりあえず褒めときゃいいだろ。そうすりゃこう、その気になってもっと前に出たり……って、あー、ミナセ。これはディミニ向けに言ってるやつだからな?」
「……? 私が悪いのか?」
「苦労してるわけね。カガワも」
と、ミナセは後ろの方でちんまりしているレシィを見やる。ミナセとカガワは妙なところで通じ合っていた。
「あ、思ったけど。“なんでも溶かす”っていうなら、壁とかぜんぶ溶かしちゃえば迷宮探索って楽にならない?」
「アホか。ディミニの〈浸蝕毒〉で溶けねえからこの迷宮は封印魔術の一種だろうなって結論になってんだよ」
「じゃあ“なんでも”ではないわけね」
「私が言ったわけではないからな」
「あー、まあ、そうだな。“だいたいなんでも”だ。さて、行くぞ」
浸蝕毒の希釈洗浄はおおよそ完了したらしい。カガワは後ろでちんまりしていた二人を手招きした。
「ちょっと。行く前にもう一回地図見せて。今いるのがここで……結構、奥まで進んだことあるのね」
「ああ。んで、“核心”があるだろうとおおよそあたりをつけてるのがこのへんだ」
「あの、今さらだけど。機兵の侵入を待って、混乱に乗じて進んだ方が安全だったりしない?」
「おいカガワ。こいつ今さら怖気づいているらしい」
「ディミニ、少し黙ってな。あー、混乱に乗じるってのはな、それはそれでこっちとしても予測不能な因子が増えるってことだ。具体的に言えばアタシらも機兵とバッタリってのはありうる。それに、今はまだガチな攻略ってより偵察みたいなものだしな」
「そう。わかったわ」
彼女らは進み出す。ここからが、迷宮探索の本番である。レシィとコムもおっかなっびっくりついてきたが、ディミニは凍りついたように硬直していた。「黙れ」と言われたのがショックだったらしい。カガワが適当に抱いてこれを解きほぐす。
魔獣を倒し、奥へ進むも、一見では特に違いはなかった。あいかわらず同じ素材の壁で、均質な通路が形成されている。似たような風景ばかりが続く。迷わせるためだけの構造だ。
「あー、やっぱダメか。この前、このへんを汚して印をつけてたはずなんだが」
それを避けるための努力も、“徘徊者”によって清掃されてしまうらしい。
「……静かね。もうそれなりに進んだと思うけど」
「あいつらのこと、“徘徊者”って呼んでるだろ? なぜって、そのままだ。徘徊してるからだよ。出会う出会わないは結構運次第だ」
「あたしたちが線を越えて侵入してきてるのは知ってるはずよね?」
「警戒すべきは必ずしもアタシらだけじゃねえからさ。機兵とやらもそうだし、多分ロジャーも動いてんだろ。“核心”の周辺は厳重に守ってんじゃねえかと思うけどね」
そんな会話の最中。恒例行事めいて、迷宮が揺れる。
機兵群による爆撃だ。
「またやってんのか。懲りないねえ」
ミナセはそんな小言に応えようと、カガワの方へ振り向き、異変に気づく。
「まあ、ひとまず試行を繰り返してみるって発想なんだと思うけど――あれ?」
いない。
向き直る。前を。横を。また後ろを。気づけば、周りには誰もいなかった。
というより、迷宮の構造そのものが一瞬で様変わりしている。
「幻影? いや……」
ミナセにはその知識はなかったが、それは迷宮においては典型的な
すなわち、空間転移による部隊分断の罠である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます