冒険屋のお仕事
「え、なにこれ」
「へえ。かわいいじゃない」
レシィは「現れたもの」に戸惑っていた。
白く、ふわふわした、生き物のような、なにか。うさぎのようにも見えたが、そのわりには圧倒的にディティールが足りない。手足もなく、耳もなく、目もない。かろうじて尻尾らしきものがついている。白い綿毛のかたまりのようにも見えた。
「“白雪徒”だね。それで存外便利な偵察魔獣さ」
「はあ。そうなんです?」
白雪徒と呼ばれた魔獣は、うさぎのようにぴょんぴょんぴょん、と三度跳ねると雪が溶けるように姿を消してしまった。別れは突然である。
「あ、消えちゃった……」
「それがそいつの特性さね。七度跳ねればまた姿を現わす」
言われて、しばらく待って見ていると(といっても、姿は消えているのでどこにいるのかはわからないが)、白雪徒は再び姿を見せた。思ったより先の方だ。そして、また三度跳ねると姿を消してしまった。
「三度跳ねるごとにこの世から姿を消し、七度跳ねるとまた戻ってくる。それが“白雪徒”の特性さ。感覚を繋いでうまいこと操れれば偵察や隠密にはかなり有用ってわけさ」
「はあ。なるほど……。って、感覚? 感覚っていっても、目も耳もないように見えますけど」
「そこはまあ、便宜生やせばいいのさ」
「できるんですかそういうこと。えっと、どうすれば?」
「そこはまあ、感覚さ」
「感覚……」
「ていうか、魔獣召喚って本人でもよくわかんないものが呼び出されたりするのね」
「まあね。制御できてないうちにはよくあることさ。正直いうと、そのへんの原理はアタシもよくわかっちゃいないんだけどね」
「魔獣召喚はねー、叡海からの原型イメージを抽出する作業なんていわれることがあるよ。だから術者が違っても共通した魔獣が召喚されることもあるし、高等な術者だとそれに飽き足らずいろいろ組み合わせたり
「へえ。カガワ、あなたは?」
「アタシ? だいたい察して欲しいもんだね。アタシがそんな芸術家気質に見えるかい?」
「つまりカガワが呼べるのは、いわばできあいの魔獣だけってとこ?」
「多分ね。それで不便したことはないけど」
迷宮広場にて、レシィはカガワより魔獣召喚を習っていた。
結果、「才能はなくもない」といった程度だと判明した。一週間程度で魔獣召喚そのものには成功しているため、少なくともミナセよりは適性があるといえた。
ただ、カガワは「人に教える」というのを得意とする性分でもなかったため、実用レベルにまで至るかどうかは正直わからない、といったところらしい。
「ところでカガワ、他にも聞きたいことがあったんだけど」
「なんだい」
「冒険屋って、たしか
「それを聞いてどうすんだい」
「実力とか……ある程度わかるでしょ」
「実力ねえ。冒険屋のランクがそもそもどうやって規定されるのか知ってんのかい? 信頼と実績さ。仕事を受けて、それを確実にこなす。あとは協会に気に入られるかどうか。実力はあまり関係ないね」
「で? その言い方だとあまり高くはなかったみたいね?」
「Aだよ。ディミニとコンビでね。仕事は仕事でちゃんとこなしてたさ」
「Aってのは、つまり最高ってこと?」
「そうさね。まあ、だいたいの基準さ」
「ふうん。で、その……伝説の冒険屋とかいってた、マジカル・ロジャーってのは?」
「さあね。ロジャーはどこにも属してはいなかったからね。なんでも、危険で緊要な案件を抱えてる依頼主のもとにふらりと現れて売り込んでくる、って話さ。そして、どんな仕事でも確実にやり遂げる。信頼と実績という意味では間違いなくランクはAだろうね」
「ずいぶんと高く評価してるのね」
「まあね。会ったことはないが、アタシらもロジャーには憧れていたところがある。彼がこの迷宮にいるってなら、ボヤボヤしてると先に攻略されてしまうかもしれないねえ」
「ていうか、あなたがランクAとかいわれても比較対象がないからなにもわかんないわね」
「だろ? アタシもできるだけ面白い仕事が受けたかったから上げてただけさ」
「冒険屋の仕事ってのもよくわかんないし。傭兵とは違うの?」
「アタシらの仕事は“人の代わりに冒険すること”さ。街道に出没する魔物の退治やら、霊山に自生する薬草やら、鉱食蛇竜の巣やら……ま、傭兵との違いは主な相手が人間じゃなく魔物ってことかね。あとはまあ、遺跡かね。アイゼルじゃあ遺跡はだいたい軍の管轄だけど、たまに手伝いってことで仕事が回ってくることもあったね」
「じゃあ、やっぱりこういう迷宮には詳しいわけ?」
「それなりにはね。とはいえ、ヨギアやゾルティアは政情不安でろくに調査されてないから、まさかここまでの規模の迷宮が未発見とはね。さて、アタシはディミニのとこ行くよ。そろそろ起きられるだろ」
と、カガワは梯子を伝って戦列艦の甲板まで登っていった。
「……行ったわね」
ミナセはレシィをちらりと見る。
「ん、どうしたのミナセ」
「ちょっと実験するわよレシィ。曲がりなりにも魔獣、呼べるようになったでしょ」
「え、うん」
「だから、ほら」
「え?」
「〈隠匿〉よ!」
「あー……。でも、なんでカガワさんに隠れて?」
「念のためよ。固有魔術は下手に人に教えるものじゃないでしょ。ほら、コムも」
少女たちは戦列艦の影に集まって密かに実験をはじめる。
例によってミナセがレシィを未発見、コムが発見した状態ではじめ、そこからレシィが魔獣を召喚した場合どうなるか、という内容だ。
「って、レシィ。あなた、動いた?」
「いや? 術式はあらかじめ書いて、それを起動させただけなんだけど」
結果、魔獣の召喚は“身動き”と判定されるらしいことがわかった。〈隠匿〉は解除され、ミナセはレシィを発見することができた。
「なんで? うまくいったら不可視の魔獣で無敵だと思ったのに」
「以前、グラスさんが銃を撃ったときは大丈夫だった気がするんだけど……」
「二通り考えられるねー。
①魔獣はレシィちゃんの身体の一部だっていう解釈。
②サイズが問題という解釈。銃弾くらいなら小さいからいいけど、魔獣だと“白雪徒”でも大きすぎて“身動き”扱いになっちゃうの」
「うーん。じゃあ、今後は順番を変えましょう。魔獣を召喚したあとで〈隠匿〉するのよ」
結果、レシィの召喚する魔獣は自由に動き回る一方で、ミナセはレシィを発見できない。つまり――。
「えっと。レシィは、召喚した魔獣を操作するのはできるんだっけ?」
「まだあんまりできないけど、少しは……」
「さっきまであたしはレシィが見えてなかったけど、そのときもできてた?」
「まあ、うん。少しはね」
「つまりそれって、〈隠匿〉を発動したまま、ある意味で“身動き”ができるってことじゃない……! レシィ、やっぱりあなたの魔術は“最強”だわ!」
ミナセの考えは当たっていた。〈隠匿〉は、魔獣と組み合わせることでより強力な魔術となる。レシィにその才能がわずかでもあったのは幸いだった。これは新たな切り札になるかもしれないとミナセは拳を握った。
「よう。アンタらさっそく魔獣で遊んでたのかい?」
戦列艦より戻ってきたカガワは一人の女性を連れていた。褐色肌に黒髪、睨みつけるような目つきに黒真珠のような瞳。あの日大怪我で現れ、戦列艦の医務室に運ばれたもう一人の冒険屋。
ディミニだ。レシィやミナセに比べれば背は高いが、大柄なカガワの横に立つと大人と子供くらいの身長差はあった。
「あら。ようやく起きたのね。ディミニだっけ?」
「……カガワ。こいつらは?」
「あたしはミナセよ。あとはレシィに」
「貴様には聞いてない」
目も合わせずに言葉を遮られ、ミナセはむっとする。
「話はしてたろ? そいつがミナセ。まあそこそこ強い。レシィにコムは魔術能力こそからっきしだが、そこそこに知識はある」
「今後の迷宮探索はこいつらと合わせて五人で、だったか? 不要だ。カガワと私の二人で十分だ」
「その二人で探索して、斬り刻まれて帰ってきたんでしょ?」
「なんだ。私に言ってるのか?」
「他にいる?」
「ったく。こうなるだろうとは思ってたがよ。ディミニ、人数は多いほうがいいってのはそんなにわからねえか」
「わからんな。足手まといだ」
「じゃあなんだ、たとえばだ。たとえば。捨て駒として考えればどうだ。危ねえときにはこいつらを囮にするのさ」
「……カガワは、そうは考えていないだろう」
「あー、まあ、そうだな」
「だったら無意味な話だ」
どうにも話はまとまらない様子だ。ディミニは拗ねているようにも見えた。
「ねえ、カガワ。要はあたしの実力を知らないから認めないってわけでしょ。軽く試合でも組める?」
「やめとけ。ディミニは加減を知らん。最悪死ぬぞ」
「そういうことだ。私は貴様の力を認めている。カガワが評して“そこそこ”のやつの力など必要ないということだ」
「あたしの方も、あなたの力をわかってないんだけど?」
と、蚊帳の外なのはレシィとコムである。
「ねーねー、どうなってるのあれ。また喧嘩?」
「そうみたい。今回は、ミナセが突っかけてるってより……どっちもどっち?」
なす術もないので小声でぼそぼそと話しながら、二人は様子を伺っていた。
「わかったわかった。ディミニ、抱いてやるから」
カガワは腕を広げ、ディミニを抱き寄せせる。ディミニの顔はその大きな胸に埋もれてしまった。そして、カガワはディミニの頭を優しく撫でる。
「いい子だから。アタシのいうことを聞いてくれ。な?」
「…………わかった」
その光景を前に、剣に手をかけ喧嘩腰だったミナセも呆気とられる。
「さて、冒険の再開だ。今日はそれなりに奥にまで行こうかね」
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