隙だらけの牙城⑤

 衝突する。

 片や両手剣。片や双斧。激しい金属音と火花を散らし、衝撃波が発生する。大地が揺れ、風が吹きすさぶ。周囲の観客もまた骨が痺れるようだった。

 最高峰の魔術戦。模擬試合とはいえ、手に汗を握らずにはいられない。

 落日が強いのは誰もが知っている。荒廃してしまった世界で途方に暮れながら、彼に救われたものは数知れない。故郷を失ったものたちはその怒りと悲しみを彼との剣術指導にぶつける。第三皇子に見い出された最強の男が彼だ。皇王御前試合での優勝という偉業を目の当たりにしたものも多い。

 アーガスが強いのは誰もが知っている。戦場に出ればただ一人でも戦況を左右させるほどの過剰戦力。それが騎士。半ば伝説じみて信じていなかったものたちも、出会えば死を覚悟せざるを得ない機兵をものともせずに蹴散らすさまを目撃しては、理解せずにはいられない。


 その衝突を小手調べといわんばかりに、両者は互いに距離をとる。そして睨み合いが続く。

 落日は頭の高さに、切っ先を敵に向けた上段で剣を構える。アーガスは両手で無造作に、両足を肩幅に開きどっしりと斧を構える。

 じりじりと間合いを詰めながら、互いに仕掛ける機を伺っている。

 落日が動く。まだ距離があるにもかかわらず。

 早まったか、それでも意表を突くことを選んだか。

 機先を制するにせよこの距離であれば、アーガスは少し退くだけで間合いを外すことができる。


 ――浅い。


 アーガスも、観客もそう思った。これでは届かないと。

 落日は剣を振り下ろさない。それどころか、

 剣をその場に、あたかも宙に置くようにして、身体は力を抜き体重のまま沈み込ませ、両手は滑るように刃先を掴んだ。そして。

 殺撃モードシュラッグ。両腕に籠手を装備しているからこそできる芸当。刃で斬るのではなく、刃を掴み鍔で殴りつける。要は、刀身の長さだけ強引に間合いを伸ばしたのだ。


「いきなりトリッキーな動きをするじゃねえか」


 だが、結果は。

 鎖骨に突き刺さったはずの鍔の打撃は、鈍い金属音と共に弾かれていた。

 アーガスの固有魔術〈硬化〉による防御だ。しかし、ただ〈硬化〉を発動させただけではこうはならない。彼はその直前に攻撃を弾く動きを慣性に残したうえで、衝突の瞬間、ほんのわずかな一瞬だけ〈硬化〉を発動させた。

 つまり、完全に見切られていたということだ。


「完全に殺す気じゃねえか。俺じゃなかったら死んでるぞ」

「あんただから試したんだ」

「そうか」


 アーガスは斧を振るう。当てるためではない。両手で、大きく、大地を叩き割る。

 すなわち、足場を崩すための攻撃。だが、対処は簡単だ。


「あんたは芸がないな!」


 単に、距離をとればいいだけだ。

 だが、アーガスもそんなことはわかっている。距離をとらせたかったのだ。

 距離をとった落日に対し、続けて斧による遠隔斬撃。

 遠隔斬撃は武器本体の重さがないぶん、一般的にその威力は低い。術者同士の力量差が大きく離れていないのなら、これを防ぐことは難しくない。

 アーガスの放った遠隔斬撃も、落日にとって防ぐことは難しくなかった。しかし。

 ――なんだ……?

 連続で繰り出される遠隔斬撃を防ぎながら、落日は違和感を覚える。

 重くはある。防ぐことはできる。だが、絶え間なく続く攻撃の前に。

 ――反撃できない……!

 あまりにも単純な力押し。斧は、剣に比べれば重心の偏りのために振り回されやすい武器だ。使いこなすには相応の握力がいる。そしてアーガスにはそれがある。だからこそ、絶えることのない連撃を続けることができる。

 両斧から繰り出される遠隔斬撃の間隔と、これを防ぐことによるわずかな硬直。両者が均衡しているかぎり、落日は防戦一方の状況を打開できない。アーガスの魔力が尽きないかぎりは。


 ――弱くはない。手を抜いているわけでもない。こいつの強さにはがある。

 アーガスは落日が騎士団にいた間にも何度か訓練として模擬試合をしたことがある。

 皇王御前試合大会優勝という鳴り物入りで入団したわりには、それだけの実力があるようには感じられなかった。アーガス自身は試合を観ていない。だが、あの大会が甘くはないことは知っている。

 この程度で手も足も出なくなる程度の男が、優勝できるほど甘くはない。


「らぁ!」


 遠隔斬撃を受けたその勢いを、あえて押しとどめずにそのまま後ろへ受け流す。すなわち、回転力へと変える。

 落日はそうして強引に、腕力のかぎりを尽くして一回転した剣を大きく振り下ろす。

 その剣からは、遠隔斬撃を斬り裂いて貫く、遠隔斬撃が放たれていた。


「ほう」


 そうあってはアーガスも攻撃の手を緩め、それを防ぐしかない。


「強引に突破してきたな」 


 アーガスは笑う。それくらいはできるだろうと思っていた。

 落日は向かう。距離を詰めなければ決して勝てぬ相手であることを知っていたからだ。


 アーガスの固有魔術は〈硬化〉だ。発動中はあらゆる攻撃を受け付けない無敵の存在となる。

 だが、その持続時間や、あるいはなにか弱点はあるのか。その詳細を知るものは少ない。騎士団でも彼に近しい数人が知るのみだった。固有魔術の詳細情報は魔術で生きるものにとって他人に明かすことはできない「資産」であるからだ。

 それを見極めなければ彼に勝つことはできない。いかなる攻撃でも無効化する能力など、ふつうに考えれば勝ち目はない。

 彼の戦い方を分析すれば弱点の存在は見えてくる。彼が戦いの玄人であるがゆえに、その弱点を補うような戦い方をしているからだ。

 まず、発動中は動けない。よって、発動前に動きを慣性で予約する。

 基本的に発動は一瞬だが、身動きが取れないのならそれは当然だ。最大持続時間はわからない。

 だが、いつかは解除せねばならないはずだ。いかに発動中は無敵でも、〈硬化〉を解除した瞬間に攻撃を通すような――たとえば拘束し、水に沈めるなどしておけば、窒息は免れない。

 弱点というならばそれだ。すなわち、〈硬化〉でなければ防げない攻撃を絶え間なく続け、その間に解除の直後に襲いかかるような術式の準備をする。要するに、実力で圧倒するしかないというわけだ。

 あまりに途方もないことに思えた。だが、やるしかない。

 そこまで考えて、落日は己の気持ちに気づく。

 ――そうか、俺はこの人に勝ちたかったのか。


 両手剣はその重さのゆえに、斬り返すという動きはできない。

 水車斬り。振り下ろした剣先をさらに一回転させてさらに振り下ろす。

 蛇行斬り。斜めの動きを加えて変調する。多様な歩法で敵を惑わす。

 動きを止めずに遠心力と慣性を残したまま次の攻撃に繋げる。重きを、流れるように。

 アーガスは〈硬化〉を発動しない。

 身ごと躱し、あるいは斧で防ぎ、しかし止まることのない連撃に押されているように見えた。

 剣が運動エネルギーを保持し続けるかぎり、勢いが留まることはない。


 落日は、あまり感情を見せない男だった。

 ただ、無感動というわけでもない。あえて人との交流を避けていたようにアーガスは思う。無理に感情を見せないよう努めているようだった。騎士団の二年でも、ここでの再会後もその印象だった。

 落日は平民出身だという。それが第三皇子に認められ出世した。いわば成り上がりだ。その引け目のゆえなのか。アーガスは考えを巡らせる。落日に対する妙な違和感。彼が見せようとしない感情。

 彼と、第三皇子との関係が見えない。


「聞きたいことがあるっていったよな。ようやく言葉が決まった」


 アーガスは落日の連撃を躱し、あるいは受けながら、口を開く。


「なぜ第三皇子に近づいた?」


 その問いに、落日は手を止めた。一瞬、ほんのわずかな隙だ。

 アーガスは両斧を地に突き刺す。鋼鉄の柄が伸び、彼は地面を蹴って斧に体重を預ける。そのまま後方へ身体を縦に回転させ、まるで曲芸のように――飛んだ。

 その勢いのまま、回転力と体重を踵に乗せて、落日の後頭部に叩き落した。


 周囲の観客は呆気とられていた。

 開幕から理解を超えた動きを見せつけられていた。息もつかせぬ怒涛の攻防があった。最後は、アーガスがなにかいった一言で落日は手を止め、まさかの後ろ回し蹴りが決め手となった。

 そう、決着だ。落日は地面とキスしたまま倒れている。観客も一拍開けて気づいた。


「おおおおおおおお!!」


 歓声が上がる。

 落日はしばらくしてのっそりと起き上がり、アーガスに対して頭を下げた。



「さすがですねアーガスさん。やっぱり、アーガスさんが勝ちましたか」


 いつの間にか隣にいた男に、レシィは見覚えがあった。

 異常にして邪悪な魔力を放ち、アーガスに対して突如襲いかかった男。

 シロゥだ。

 レシィは思わず身構える。レシィを挟んで向かいのノエルもこれに気づく。


「げ。シロゥ、お前……!」

「でも、今なら少しは疲れているかもしれませんね。落日さんも本当にお強い。チャンスでしょうか。いえ、これをチャンスと呼ぶのは少し意地汚いですね。とはいえ、あえて見逃すのも失礼という気がします。レシィさん、どうしましょうか」

「え、あひ?」


 唐突に話しかけられ、レシィは思わず変な声を出してしまった。


「ああ、すみません。俺の独り言に巻き込んでしまって。いくらどれだけ悩んでも、身体は勝手に動いてしまう。アーガスさんを信じるしかなさそうです」

「て、おい! シロゥ!」


 そう言い残し、シロゥは中央へ、すなわちアーガスのもとへ向かっていく。ノエルは追ったが、間に合わない。

 嫌な予感しかしなかったが、レシィには見守ることしかできなかった。


 ***


「馬鹿な……なぜ、そんなものがここに……!」


 第三皇子は狼狽えていた。

 風刃によって叩き落したに対して、ひどく怯えていた。

 ボリスはおそるおそる、皇子がなにを撃墜したのかを確認する。

 落ちていたのは、金属製の――虫のようななにかだった。


「殿下、これはいったい……?」

「“虫”だ。見ての通りな。彼らの使う偵察機械だ。つまり、それがここにあるということは! この拠点は、もう終わったということだ……!」


 砦が見つかるのは時間の問題だと、第三皇子は考えていた。

 その見通しは甘かった。それは、もはやを過ぎたからだ。

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