隙だらけの牙城④
レシィは一人、食堂で食事をとっていた。
食堂といっても、地べたは土で屋根があって、丸太の椅子と簡素な机が並んでいるだけである。
出される食事も芋か豆がほとんどだったが、レシィには“食糧供給箱”があった。
これはグラスからもらった遺物で、グラスは今や食事の要らない機兵を着用者としているためレシィに譲ったのだ。その名の通り便利な遺物で、人間の空腹を感知し、その魔力を用いることで内部に組まれた術式が食糧を生産するというものである。
つまり、空腹な人間が多くいるこの場所はなにかと都合がいい。
ただし、それを食べるのはレシィ一人である。後ろめたさはあるが、魔力を吸われても自覚がないことは実証済みだ。
その内容は、他の食事からすればだいぶ豪勢である。
箱のなかは大きく左右二つに仕切られている。
まずはコメ。白く粒々した得体のしれない食べ物だが、口にしてみると意外とおいしい。これは右側(ひっくり返せば左だが)の三分の一の容積を占めている。
次に鶏のから揚げが二つ。シンプルにおいしい。ゆで卵を半分に切ったものも最高だ。ししとうとニンジンの和え物も悪くない。
一日一回の制限はあるが、逆にいえば毎日食べられる。そのうえ、その内容は毎日変わるのだ(なぜかコメだけは毎回固定だ)。
これだけあれば、食事にはなにかと困らない。
「おや? レシィさん、ずいぶん美味しそうなものを食べてやすね」
後ろから話しかけてきた男は
「ほーん、最近新しく来たガキってのはこいつか。なに一人で食ってやがんだ?」
もう一人、見かけない男がいた。骨太な体格のいい男だ。スキンヘッドで、表情もいかにも威圧的である。
「それは遺物でやすね。はーん。知らないんでやすかレシィさん? そういう貴重なものは共有財産として届けないといけないんでやすよ。あっしが代わりに司令部に持っていきやしょうか」
「おう。そういえばそうだ。そんな決まりがあったな。てなわけだ嬢ちゃん、そいつは俺らに任せな」
「えと、あの、その……」
「どうした。ん? 親切で言ってるんだぜ? 俺らの親切が聞けねえってのか?」
「いえ、ですけど、これは」
「なんだ。司令部に用があるのか? 私がその司令部だが」
と、彼らの背後から現れた女性はノエルだった。呆れ顔で立っている。
「んなっ、ノエル……!」
スキンヘッドの男はノエルの登場に身を引き、わかりやすく縮こまった。ただ、狼狽えないのは五十部である。
「ノエルの姐さん、こちらなんでやすけどね。食糧を生み出す箱なんでやすよ。しかもこれ、周囲の人々の魔力を使ってるらしいんでやす」
「え……」
口から出任せであったが、五十部は偶然にもその性質を言い当てていた。
「ちょっとこう、問題があるとは思いやせんか。ここのみんなはまともに食べられていないんでやすよ」
「レシィ……だったか。その遺物を手に入れた経緯は?」
ノエルは五十部を見ず、レシィを見て尋ねる。
「その、以前に……グラスさんからいただきました」
「だそうだ。あくまで私物だな。とはいえ、詳しく聞いておきたい性質の代物ではある。ただし、お前ら抜きでだ」
と、男二人に手で払うジェスチャーを見せる。
「それは横暴ではありやせんか? あっしらも関わることでやすから気になるんでやすけどね」
「司令部に届けるつもりだったのだろう? お前たちは第二砦に行って畑でも耕してこい」
「はあ。そんなだから最近は司令部も信頼をなくしてやすよ?」
「……もういい。五十部。ノエルには敵わねえ。行くぞ」
そうして、ノエルは男二人を追い払った。
「やれやれ。こんな女の子一人に……」
ノエルは深いため息をつく。
「あの、すみません……この箱のこと、黙っていて……」
「ん? まあ、たしかに有用そうだが……いずれにせよ、あんた一人の食事が浮いてるってわけでしょ。だったら問題ないんじゃない? いや、でもまあ、もしかしたら……それ、グラスからもらったっていった?」
「は、はい」
「それの複製とか量産ってできそう? そういうことあいつはなにか言ってた?」
「特にそういうことは……あ。“量産に失敗した試作品”みたいなことはいってました」
「失敗した……。でも、グラスなら量産化の方法も見えそうではあるわよね」
「は、はい。私もそう思ってました」
「そうよね……」
しばらくノエルはそのことについて考えていたが、ふと我に返ったように話題を変えた。
「と、そうじゃなくて。実はあんたに聞きたいことがあって探してたのよ」
「わ、私にですか?」
「そ。つまりその、グラスについて。あいつって、前からあんなんだったの?」
「あんなん……というのは?」
「言ってることは正論なんだけど、なんか言い方が気に食わないみたいな」
「はあ……。わからなくはないですけど」
「あんたも皮肉とか言われたりしなかった?」
「皮肉……。いえ、グラスさんはただ正直なだけで……」
「ふうん。正直、か。そうともいえるかもね」
「ノエルさんは、グラスさんのことお嫌いなんですか……?」
「嫌い……ってほどでもないかな。なんだろ。なに考えてるかわかんないっていうか」
「考えてること自体は、明確だと思います」
「へえ?」
「知ること。そのための手段の模索。特に人間への関心が強いみたいです。合理的で変に感情を挟まないぶん、優しくもあるんです」
「なるほど。ま、あんた自身はあいつをそう悪くは思ってはないわけだ」
「そ、それはそうですよ……! グラスさんには、何度も助けてもらいましたし」
「たしかに、やってることだけ見れば私らも助けられてるしね。ふむふむ。話してくれてありがと。あいつとは今度とも一緒に動くこともあるだろうから、いろいろ知っておきたくてね」
「あ、こちらこそありがとうございました。助けていただいて……」
礼を言いつつ、レシィは胸に刺すような痛みを感じた。それがなんなのかは、レシィにはわからない。
「ん?」
ふと、妙に騒がしい様子が聞こえる。方角としては訓練場の方からだった。
「あの二人がやるってよ!」
「え? あの二人?」
「あの二人だよ! アーガスさんと落日!」
「あの二人が……試合をするんだよ!」
訓練場を中心に慌ただしく賑わう。居住区画にも農業区画にも工業区画にも噂は広まり、次々と人が集まってくる。
口から出る言葉の八割が嘘かデタラメという
すなわち、「みな娯楽に飢えている」。
その言葉を思い出すように、レシィもまた人集りに群れる一人とならざるを得なかった。
「アーガスさんに……落日さん?」
新生アイゼルに来たばかりのレシィも、アーガスの強さなら知っている。銃が効かず、訓練用の丸太を無造作に真っ二つにする。そのうえ「騎士」だ。間違いなく強いに違いない。
しかし一方、落日は名前を何度か聞いたというだけで、実際に目にするのも初めてだった。
「あの、落日さんって……強いんですか?」
「強いよ」
ノエルは力強く断言する。
「英雄だよ。いわゆる。あいつはね。普段はちょっと頼りないんだけど、いざってときは頼りになる。そういうやつだよ」
皇国最強戦力といわれた騎士団の一人、〈双斧〉アーガス・ブラウン。
第三皇子近衛最強にして隊長を務める男、〈無名の英雄〉落日。
果たしてどちらが強いのか、人々の多くは知らなかった。
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