秋雨の降る放課後の教室で

藍羽 涼

第1話

 二年に進級し、クラス替えをしてから随分たち、秋になった。


 俺こと佐倉高広さくらたかひろは特に秀でたとこもなく、友達とばかやったりして代わり映えのない毎日を送っていた。


 そんな俺の日常にちょっとした変化があったのはちょうど秋雨の降る放課後だった。



――――――――――――――――――――――



「はぁ~、やっと今日も終わったぜ、つってもこの雨の中帰るのはだり~な」


 放課後、化学室で、授業のわからない部分を質問してから、俺は昼頃から降り始めまだやまない雨が窓を打ち続ける音と、それに交じる雷の音を聞きながら教室へ戻ると、教室の電気がまだついているのに気づいた。


「消し忘れか?」


 ちょうど来週テストがあり、部活停止期間の今は、完全下校時刻も早くなるためほとんどの生徒は放課後になるとすぐ帰ってしまう。俺は先生に質問してたからたまたま遅くなったが、普通なら授業が終わってから聞くのでわざわざ聞きに行く必要はない。俺だって掃除が終わった後、教室に戻る途中に化学の先生に会って、今日は化学の授業がなかったために質問できなかった所を聞くということがなかったら今頃はもう帰ってるだろう。


 だが、予想に反して、教室にはまだ一人残っていた。


 そいつの名前は雨宮歌淋あまみやかりん。一年の時から美少女として有名で、今年初めて同じクラスになり、思わず机の下で小さくガッツポーズするぐらいは嬉しかった。

 腰のあたりまである黒髪は艶やかで、彼女の紫色の瞳は神秘的な雰囲気を感じさせる。その容姿のせいで、最初は近寄りがたそうという印象を受けたが、同じクラスになると意外に気さくで親しみやすいというのが今の印象だ。

 とはいっても俺は、あまり話したことはないが…


 女子に話しかけるのはまあまあハードルが高い…


「あれ、高広くんもまだ残ってたんだね」

「ちょっと、先生に質問があってな、雨宮こそ、なんでまだ残ってるんだ?」

「あははぁ、傘忘れてきちゃってさ、親待ち」

「そうか」


 流れる沈黙。テストの話題でも出そうかと思ったが、そこまでいい話題だろうと思い、何かいい話題はないか考えていると---


「私さ、雨って結構好きなんだ」


 少し唐突すぎなんじゃないか?とも思ったが彼女から話題を振ってくれたので助かった。


「なんか、雨降ってる音を聴いてるとさ、情趣を感じるっていうか。感傷に浸れるんだよねぇ」

「そうゆうもんか?俺には迷惑としか思えん。」

「まったく、風情がないなぁ。」


 そんなことを言われても、俺は雨の音を聴いていても、感傷に浸る気にはならない。


「ねえ、高広くん」

「なんだ、雨宮」

「もし、私が"高広くんのことが好きです"っていったらどうする?」

「ちょっと、突然すぎじゃないか?」


 本当に突然すぎだろう。雨の話をしていたはずなのに何故いきなり、"もし、雨宮が俺のことを好きっていったら"って話になるのか意味がわからない。


「いいから、いいから、ねぇ私結構優良物件だと思うわけよ。容姿はいい方だと思うし、性格も普通にいいと思うよ」

「いきなり、そんなこと言われても考えられねーよ、確かにお前のいう通りだと思うが、話がぶっとびすぎた。」

「まあまあ、確かにちょっと無理矢理な感じはあったけどさ、で、どうなの?」

「いや、どうなの?って言われてもまず雨宮が俺のことを仮定だとしても好きとかあり得ねーだろ、接点なんてあんまりないし。」

「じゃあ、正直にいうよ。私、高広くんのことが好きです。付き合ってください。」

「はっ?」


 いきなりの雨宮の告白に俺は驚愕した、本当に俺と雨宮の間には特にこれといった交流はない。隣の席にすらなったことがないのだ。強いて上げるとするのなら、一度だけ、雨宮が日直の時にその日回収だったプリントを渡す時に少し話した程度だ。一目惚れという可能性も捨てきれないが容姿が特に優れているわけでもない。よく言えば、中の上くらいだと自分では思っている。


「まぁ、驚くのも無理はないかな、多分、私が高広くんと初めてあったときのことは多分覚えてないだろーし、もちろん、その時の出来事も。」

「初めて会ったときって、同じクラスになる前にどこかで会ったことあるのか?」

「あるよ、去年の夏、ちょうど今日見たいな雨の日に、場所は確か、市立図書館だったかな。」

「去年の夏の雨の降った日で、市立図書館にいった日か…」


 心あたりといえば---



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「結局降ってきたか…」


 夏休みの宿題を進めるために俺は市立図書館に来ていた。朝、家をでたときは快晴だったが、天気予報で夕方頃から雨が降るといっていたので、一応傘を持ってきていて正解だった。鞄の中に折り畳み傘が入っているには入っているが小さいため、少し濡れてしまうからあまり好きではない。


「うわぁ、最悪。雨降って来ちゃったし、やっぱお母さんのいう通り傘持ってくればよかったぁ。」


 この雨の中帰るのめんどくさいなぁ、と思いながら玄関まで行くと、ふとそんな声が聞こえた。目を向けてみるとショートカットの女の子が玄関でため息をつきながら立っているのが見えた。大方朝の天気で降らないだろうとたかをくくったのだろう。俺の予想は彼女のさっきのひとりごとからしてあっているのだろう。

 確かに、見ず知らずの他人ではあるが、別に俺の傘はのコンビニで買ったビニール傘だし、さっきもいったように俺には折り畳み傘もある。たまには、人助けみたいなことをしてみてもいいかなと思い、俺は彼女へ話しかけにいった。


「すみません、傘ないんでしたら、ビニール傘で良ければ、差し上げましょうか?俺は折り畳み傘あるんで」

「え、あ、ありがとうございます。本当にいいんですか?お金とか払ったほうがいいんじゃないですか?」

「いや、全然気にしなくていいですよ、前にコンビニで買ったただのビニール傘ですし」

「そうですか、それならお言葉に甘えて。あの、本当にありがとうございます。」


 そういって、彼女は傘をさして歩いていった。

 俺は、少し彼女に見惚れていた。彼女の短い黒髪は、とても艶やかで、日本人とは思えないほどに肌も白く、ミニスカートから覗く脚もとても、綺麗だった。


 その後、その日に限って、折り畳み傘を入れ忘れていたことに気付き、雨に濡れて帰ることになったのだが、先ほどの可愛い女の子のことを濡らさずに済んだんだと思えば、まぁいいかな。



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「もしかしてあのとき傘をあげたのって雨宮だったのか?」

「そーだよ。あの時と全然違うからあんまりイメージわかないでしょ」

「まぁな、髪の長さで結構変わるもんだな」

「それは、当たり前じゃない?誰だってそうだと思うよ?」

「まぁ、そうか」


 確かに、髪の長さが変わると結構イメージって変わるもんだな。それにしてもおの時の女の子が雨宮だったなんてとんだ偶然もあるもんだな。


「んで、それが私が高広くんのことを、好きになったきっかけ。今年、おんなじクラスになって、あの時の人だって思ってさ、それで、今までおんなじクラスで高広くんと数ヶ月過ごしてさ、行事とかで見てて、かっこいいなぁって思ってさ」

「俺、そんなに行事とか、活躍してねーと思うぞ」

「活躍したとかしてないとかじゃなくてさ一生懸命やっているの見てさ。

だからもう一回いうよ、佐倉高広くん、私はあなたのことが好きです。付き合ってください。」


 はっきりいうと、彼女の告白は嬉しい。何回もいってるように彼女は誰がどうみたって文句なしの美少女だし、性格だってどこにも文句がつけようがない。

 けど、果してそんな彼女に俺がつりあうのだろうか?まして、俺は彼女のことを全然しらない、そんな俺が簡単に告白を受けてしまっていいのだろうか?そんなにことが俺の頭の中をぐるぐる回る。


「ねぇ、高広くん。もしかしたら、頭の中で、お互い何も知らないのに簡単に告白を受けるのは駄目なんじゃないか?とかおもってない?」

「……」

「お互いのことはこれから知っていけばいいじゃん。だから、お願い私のことが嫌って訳じゃないんだったら、余計なことは考えないで」


 彼女は本当に俺のことが好きなんだろう。別に疑っていたというの訳ではなのだが、ここまで、言われてしまってはさすがの俺も覚悟を決めざるを得ないと感じた。


「こんな俺でもいいなら、喜んで!といいたいところだが、本当に俺なんかでいいのか?」

「なんかじゃないって、私は高広くんがいいの!高広くんだから好きになったんだよ!」

「俺も雨宮のことが好きだ。雨宮みたいにちゃんとしたきっかけがあるわけじゃないが、お前のことが好きだって気持ちはちゃんとある。」

「ほんとに?嘘じゃない?」

「こんな状況で嘘ついても仕方ないだろ?」

「やったぁ、ほんとに嬉しい~!」

「俺も、まさかこの恋が叶うなんて思ってもなかった。」


 彼女と同じクラスになって、噂どおりの美少女だなぁとおもった。それから彼女を見ているうちに徐々に好きだという気持ちが芽生えはじめていたが、どうせ叶うはずもないし、やはり初恋というものは叶わないものなのだなぁと感じたりもしていたが、思わぬ形で叶うことになるとは思いもよらなかった。



―――――――――――――――――――――――



 しばらくして俺と雨宮の間には沈黙が流れていた。

 教室には、未だに雨が強く降り続け窓に打ち付けられており、光と音の間隔が短くなったことから近づいて来ているのだろう雷の音だけが響いていた。


「ねぇ、高広くん」

「なんだ、雨宮?」

「まずは、その雨宮ってのやめない?せっかく付き合うことになったんだから、歌淋って呼んでよ!」

「いきなり、そんなこと言われてもハードル高いっつーの!」

「結構へたれなの?高広くんって?」

「おい、地味に心に刺さってるからな!」

「じゃあ、呼んでよ、歌淋って。はい、3、2、1」

「はえーよ」


 俺はこれからこのテンションについていけるのかと不安になってきたが、それでも彼女とのこのやり取りが楽しいという気持ちも多少はある。


「もー、余計なことは何も考えないなくていいからさぁ、高広くんは考えなすぎなんじゃないの?」

「わかった、わかったよ、歌淋」

「これでよしっ、と」


 いずれは、やはり名前で呼ぶようになるんだろうと考えて、割りきれるようにした。もしかしたら俺は彼女のいう通りへたれなのかもしれない。あまり認めたくはないが。


「そういえば高広くんってすごい真面目だよね。今日もわざわざ先生に質問しにいったりしてさ」

「わざわざいったんじゃなくて、廊下であったからついでにな。まぁ、でも今のうちから真面目にやっとかないと後々大変だしな、大学とか」

「へぇ、すごいね、まだ二年生なのに」

「姉さんがいてな…。姉さんは相当頭がいいし、運動もできんのに、めんどくさがりでさ。三年生になって慌ててるのをみて、ああはなるまいとな」

「へぇ、お姉さんがいるんだ。うらやましいなぁ、私は妹はいるけど、上はいないからさぁ」


 確かに、兄や姉のいない人にとっては、兄や姉はうらやましく思われるのだろうが、俺の姉さんに関しては、うらやましがられるようなものじゃない。やればできるのに、料理と当番を俺に押しつけたり、挙げ句には自分の部屋の掃除を弟にさせるという暴挙に出やがる。姉さんは、頑張っても中の上くらいの容姿である俺にくらべ、文句などつけようがないほどに美人で歌淋にも勝るとも劣らないくらいであるので、何回か彼氏が出来たとつれて来ることがあったが、すぐにめんどくなったといって別れることもざらにあり、本当にどうしようもないのである。

 あまり歌淋には合わせたくない。というのは、姉さんは俺のことをいじることだけはめんどくさがらないため、俺に歌淋のような彼女が出来たと知ったら確実ににいじって来るだろう、本当にどうしようもない…。


「さっきから、黙ってどうしたの?」

「あぁ、いや何でもない。俺も下はいないからうらやましいと思ってな」


 下にもう一人でもいたなら少しは俺の負担も少なくなるだろうに…。


「まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがないだろ」

「確かにね。それにしても大学かぁ、やっぱはやいうちからやっといた方がいいかな?」

「まぁ、あくまで俺が姉さんみたくなりたくないから、今の内からやっておこうと、思っただけだからな。さすがにまだ焦るような時ではないとおもうぞ。ただ、やっておくに越したことはないんじゃないか?」

「なかなかに厳しいこというね…」

「少なくとも、テストはしっかりやっとかないとな。内申とかあるし」

「あ~、もう、やめ!せっかく恋人に成り立てほやほやなのにこんな現実的な話はしたくない!」

「いや、歌淋からふってきたような気もするが…」

「気にしない!」


 確かに、恋人同士になったばかりに普通はこんな会話しないだろう。とはいえ、俺には何を話せばいいのかわからないのだが…


「やっぱさぁ、お互いまだあまり知らないことが多いしさぁ、気になること質問していこっ!」

「気になることねぇ」

「じゃあさ、高広くんは私の告白受けてくれたわけじゃん、それって、高広くんと私のこと好きだったって解釈していいんだよね?」

「まぁな」

「じゃあさ、高広くんって、私のどこを好きになってくれたの?」

「初っぱなから飛ばしていくなぁ。まぁ、確かに容姿もだけど、一番はいつも楽しそうにしてるからかな?なんか歌淋を見てると今日も一日元気だそうって思えるんだよ。」

「な、な、な。」

「どうした、赤くなってるぞ?熱でもあんのか?」

「いや、なんか少しびっくりしてね…。結構さらりと恥ずかしいこというね。」


 そこまで、恥ずかしいことをいったつもりはないのだが…。彼女も案外免疫がないのかもしれない。歌淋ほどの美少女ならば過去に彼氏の一人や二人いてもおかしくなさそうではあるのだが。


「なんか意外だな、とか心の中で思ってそうな顔だけど、私だって高広くんが初めての彼氏なんだから!高広くんはもしかしたら過去にいたのかもしれないのかもしれないけど、私はいきなりそんなこと言われたら恥ずかしいの!」

「今まで彼女なんてできたことねーよ!これが初めてだ。」

「まぁ、だろうね。どう考えても彼女の名前を呼ぶのにあそこまで恥ずかしがる人が前に彼女がいたとは思えないね!」

「事実だが、今俺のガラスのハートには多少のひびが入ったぞ」

「あはは、高広くんって案外面白いこというね」

「別に笑わせようとした訳じゃねーけどな」


 そんな風に俺たちが雑談していると、携帯のメッセージアプリの通知音が鳴った。


「あ、迎えもう来ちゃったみたい。せっかく高広くんと恋人になれたんだからもう少し話してたかったんだけどなぁ」

「まぁ、迎えに来てもらってんならはやくいった方がいいと思うぞ。明日も会えるだろう?」

「まぁ、それもそうだね。でも後でメッセージ送るね!私一応クラスの人の連絡先登録してるんだ。グループって便利だよね!」

「まぁな。じゃあまた後でな、歌淋。なんならテレビ電話でもいいぞ」

「ふふっ、やっぱ高広くん、面白い人だね」


 別に笑わせようと言ったわけでもないんだが、それでも、やっぱり彼女の笑顔を見てるととても可愛いと思うし、元気がでる。そんな彼女と付き合うことができて今日は本当に嬉しい日と感じた。天気はあいにくの雨で放課後になるまで憂鬱だったが、今はそれが嘘のようにすっきりしている。


「じゃあさ、最後に目、つむって」

「なんでだ?」

「いいから、いいから、そういうことは気にしないで!」


 そう言われて少し不思議に思ったが、俺は目つむったが、少しすると制服の襟が引っ張られ少し息苦しさを感じたため思わず目を開けてしまった。すると---

























 歌淋の綺麗な顔が目の前にあり、次の瞬間、唇に温かく柔らかい感触が伝わった。


「じゃあね、また後で」


 そう言って教室から出ていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺は呆然としていた。


 初めてのキスの味はいちごの味がした。





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