第11話 再生

11    再生


 朝飯は、魚を焼いた物だった。小麦をこねて平らにしたものを焼いたパンに近い物がうまかった。

 久しぶりの、手を加えた物を食べた気がしていた。

「おう、ここには酒はねぇのか?」

 オオタカが島民に尋ねる。首を振られてがっかりしたオオタカに

「はずかしいじゃないか!酔っ払ったところなんか見せられないよ!僕らが恥をかく」

 アジサシが睨んだ。

「ちっ!このチビが。はいはい、贅沢は申しませんよ」

 オオタカを見てくすくす笑いながらヒタキ

「なんだか、素直になっちゃったんだねオオタカ!」

「うるせぇよ、チビ姫め!」

 その言葉に一同が目を合わせた。

 ハヤブサが頷きながらしみじみと言葉を選んだ。

「そうだな、わたしのいとこにあたるのだな、姫に違いない」

 ヒタキが不思議そうにシギを見た。優しく微笑んでシギが言う。

「そなたの母は王の娘ゆえな」

 その言葉にオオルリがヒタキの片手を握って

「なにも変わりはしないのよ。ヒタキはヒタキだからね」

 ヒタキは、皆の温かい視線に頬が赤くなって来たのを感じていた。


 ストローグラスは揺れ続く


 小さな過ち隠しぬき


 守るものだけ目をこらし


 ストローグラスは揺れ続く


 いつかその身を捧げつつ


 天まで届け


 愛と想いを抱えながら


 ストローグラスは揺れ続く


 トキハナツモノの訪れとすべてを壊す愛の翼


 窓の外から、子供たちの歌う声が聞こえてきた。

「あ、あれ」

 ヒタキはシギの顔を見た。

 シギも不思議そうな顔をしている。オオルリが呟いた。

「そう、あなたの村の歌とちょっと違う。最後のところ、わたしもここに来て聞いたの」

 ハヤブサもオオタカも頷いていた。

『トキハナツモノの訪れとすべてを壊す愛の翼』

 ヒタキが口の中で小さく歌った。

「我の村にはないフレーズだな、村に言い伝えられているのはトキハナツモノが訪れるという言葉だ」

 シギが首をかしげた。

同じ歌が伝えられる村。同じようなストローグラスに囲まれた孤島。そこに暮らす人々。そびえたつ岩山のふもとの生活。そしてその岩山に残された怪鳥の卵。

 何から何まで一緒のこの村で唯一違う歌の最後の歌詞は一体何を物語るのだろう。シギの頭には疑問だけが残っていた。


 その時、ズズンという何かが崩れる音がした。ガラガラと石の落ちる音。

 皆あわてて外に出てみる。

「ああ!崩れている!」

 天井にぽっかり開いた穴の周辺が崩れている。すぐ目の前に大きな塊の岩がいくつも落ちてくる。見る間に天井にヒビが入った。そこここに、ギシギシと不安な音が鳴り響いている。

「あぶない!」

 ハヤブサに抱え込まれるようにヒタキの身体が宙に浮いた。足元の岩の床に亀裂が入っていた。

「はやく!」

 ハヤブサがヒタキを抱えながら、天井の岩が降ってくる中を走った。

 穴を作っていた岩の天井は崩壊しながら、バラバラと小石を降らせている。

 あちらこちらで、悲鳴が聞こえ村の人々が逃げ惑っている。

 地の底から押し上げるような震えを感じて、ヒタキはハヤブサを見上げる。

 その時、大きく大地が揺れて世界が震動した。

「皆!上に!岩山の頂上に走って!」

 ハヤブサが上に登る洞窟の階段を指差した。

 天井が破け、青空が覗いている。そこに何かの影が通り過ぎる。

「あれは、なに?」

 抱えられながらヒタキが叫ぶ。けれど足元が揺れて、逃げる事で精一杯の皆は気づかない。

 島民の村が壊れていく。遠くのほうの暗がりに明かりが差し、見る間に朝日が降り注ぐ。

 平和だった生活が壊されてゆく。小さな泉の水が溢れ流れてゆき、家族の住む家が地面に飲み込まれてゆく。畑の上に天井が崩れ落ち森の木がなぎ倒され、緑が岩の下敷きになり土煙が舞い上がる。

 人々は大切な命を抱きしめながら、逃げる。上へ、頂上に続く階段へ。

「はやく、上へ!」

 ヒタキは頂上に続く階段の前で降ろされると、ハヤブサに促された。

「ハヤブサも早く!」

 階段を登りながら、振り向くとハヤブサは入り口に立って人々に声をかけている。戻ろうとするヒタキを見つけて声を荒げてハヤブサが叫ぶ。

「アジサシ!ヒタキを頼む!はやく上へ!」

 アジサシが頷いてヒタキの手を握った。戻ろうとするヒタキを強くひっぱって上への階段を登る。

 シギはオオルリの手を取り、注意深く進んでいた。

「そこのガキ!怪我したんだったら背中にのれ!二人も三人も一緒だ!」

 オオタカの声が聞こえる。三人の子どもを背負い、オオタカが勢い良く階段を上がってきた。

 ハヤブサを気にするヒタキとアジサシを追い抜かし、頂上に子どもを置くとすぐに戻ってきた。

「ガキは面倒だぜ!」

 二人を見るとそう言いながらまだ悲鳴が聞こえる元へと降りていった。

「僕は、ヒタキだけだけど、守り抜くからね」

 アジサシが自分に言うように言いながらヒタキの手を引いた。

 頂上に出ると、そこはまだまだ頑丈な岩山が広がっている。かなりの標高の頂上には冷たい風が痛いほど強く吹いていた。

「なに?どうして?」

 ヒタキの目に飛び込んできた眼下に広がる光景。

 ストローグラスに覆われた大地に裂け目ができている。地上に広がっていたストローグラスの草原。

 ずっとずっと続いていた黄緑色とこげ茶色の地平線。

 それが、ぱっくりと口を開けるように裂けて落ちている。茶色の煙を上げながら崩れ落ちていく。

 あちらこちらで、もうもうと土煙が舞い大地が変わろうとしている。


 生まれてからずっとこの景色を見て生きてきたあたしは、今世界が変わろうとしている瞬間にいるのかもしれない。世界は終わろうとしているのかしら?あたしたちは、消えてなくなるの?

 母さんに会えたのに。これから異国の世界を見に行けるというのに。

 ヒタキは、声にならない声をあげた。

 

 ヒタキの目の前に大きな影が通り過ぎた。それは、空で輪を描いてピィと鳴いた。

 見上げると大きな鳥が強い風に胸を張って飛び、大きく広げた翼は日の光に光って銀色に見えた。

「ピィ!おまえは大丈夫だよね。翼があるものね」

(ココヘ)

 ヒタキの胸の辺りに何かが聞こえてきた。

 なに?オオババ様?だれ?

(ノッテ!)

 ヒタキは目の前に、大きな頭を低くして銀色の羽を持つ鳥を見た。

「おまえなの?」

 ヒタキはもう何も迷わず、鳥の背に乗った。二度目とは思えないほどたくましく美しくなっている鳥の背は、もうりっぱなおとなの鳥だった。

 首の羽毛はヒタキの身体をかくし、冷たい風から身体を守ってくれた。大きく立派になった翼は日の光を受け輝き、羽ばたきは力強かった。

 ほんの数回羽ばたいただけで、ヒタキは世界を見渡せる高さまで上っていた。

 ヒタキの目線前方に日は輝き、すがすがしい朝を連れてきていた。今飛び立ってきた岩山が小さく見える。そしてそこに、ざわめく人々が豆粒のように見えた。

「ああ、みんなごめん。あたしだけこんなところに来ちゃって!」

(ミテゴラン、カワルヨ)

 鳥が言っているのがわかった。

 これはこの子の言葉だ。この子があたしに話しかけているんだ。

 ヒタキは地平線まで続くストローグラスの平原がところどころ陥没しているのを見た。その壊れた巨大な穴は少しずつ大きくなりながら、背の高い草が倒れて中に飲み込まれてゆく。大地にヒビが入り裂けてゆく。土煙は強い風にあおられて、空高く上る。

 見たこともない光景、感じたことのない不安。だけどその先にあるものはなんだろう?

 小さな期待が胸で渦巻いているのも感じていた。

「なに?あの水は」

 その広がってゆく穴の中に、光を浴びて輝く水面が見えた。

 そこにも、あそこにも崩れた地表からキラキラした光が見える。ヒタキは地上を見回した。ストローグラスが覆っていた地表の、すぐ下にかくしていた物は。

「海?」

(キレイダネ)

 鳥は島からはなれ長く飛ぶと、たくさんの街並をのせた大陸に向かった。小さい街がみるみる大きくなってゆく。ストローグラスの大地の崩壊はそこまで続いていた。

 あ、あの塔。あの形。石造りの、ハヤブサが心の塔だって言っていた物に違いない。

「ハヤブサの国?」

 ヒタキは目を凝らした。ストローグラスに覆われた港は朽ち果てた船が草に腹を貫かれ横倒しになっている。山間の畑にもストローグラスが割って入り、人々の生活を壊しているのがわかった。

 人々の嘆き悲しみ、痛みがヒタキの胸の奥を叩く。

(ダイジョウブ)

「大丈夫?この町も甦るの?」

 鳥は山の頂を越えてゆく。山から下りてゆく風に乗って向こう側のふもとの港まで飛んだ。海岸線から大きな音が聞こえて来る。裂ける大地の音。

 遠くの方からひび割れた地表が続く。干からびた土と一緒に地上の皮がむける。ガラガラと壊れてゆく薄く広がっていた大地。ストローグラス、その下に顔を出している海と言う生命の源。

「海が現れたら、またいろんな国に行けるの?」

(ソウダネ)

 きっと人々は海に出てゆくのだろう。そして、たくさんの人が海を渡る。

 あたしはどんなに海というものに憧れた事だろう?行ってみたかった異国。知らない国の人々、違う人種、違う文化。たくさんの物に触れてたくさんの事を知りたい。見て触って自分の中に取り入れたい。

 この日が来る事をどんなに望んだ事だろう。

「ハヤブサに知らせなくちゃ!」

 鳥は大きく旋回した。元来た方向へ向かって、力強く羽ばたく。

 さっきより高く高く上ってゆく。強い冷たい風が勢い良く吹いている。

(カゼノカワダヨ、シッカリツカマッテ)

 鳥の身体がふわっと浮いたと思ったら、ものすごい力で流されてゆく。キンと冷たい氷のような風が頬を打ちつける。早いスピードで勢い良く風に乗っていく。まるで川の濁流に流されるように。

 鳥は大きく翼を広げ首を縮め頭を低くして、動かない。鳥の身体を風が通り過ぎてゆく。今まで感じたことのない強い風だ。ヒタキは夢中で鳥にしがみついた。

「こりゃあ、たまげたな!風の川だって?このオレ様でも飛ばされそうだぜ」

 ヒタキの後ろから声が聞こえてきた。振り向かなくても誰の声かはわかった。

「いつのまに?」

 オオタカの顔を見ようとはしなかった。振り向くとバランスを崩して飛ばされそうだったから。

「おまえがいつまでたっても、無茶しやがるからだ!だけど今度はアジサシとは違うんでね。凍りついたりするようなへまはしねぇぜ!」

 風の音にかき消されそうな中、オオタカの声が響いた。

「しかし、こんな風の川なんて聞いたことなかったな」

 風に乗って鳥は、すでに遠くまで来ている。ふっと流れから降りたらしく、風が止んだ。

 眼下に広がる景色はまだ見たことのない場所だ。

 ヒタキの村でもなくオオルリのいた島でもなく、新たに岩山が無数に広がっている。周りを覆っていたのであろうストローグラスはかなり崩れ落ちて、その代わりに海が満ちている。

 その山の火口付近のくぼ地に、鳥の巣があってまだかえったばかりの雛が数匹、他の火口にはまだ孵化していない卵がいくつも見えた。そして、雛に餌を与えている鳥が何羽も何羽も飛び回っている。

「あれは、あの鳥はさっきの村で生まれた雛だよね!もうこんなに大きくなってるなんて!」

 ヒタキの言葉に不思議そうにオオタカの声が返ってくる。

「鳥の区別なんてできるのかよ!どんだけの自然娘なんだ?」

「わかるよ、鳥の胸の模様が一羽一羽ちがうもの。でもこの卵が孵化したらものすごい鳥の数になるよね!こんなにたくさんの鳥、見たことなかったのに」

(カゼノカワガヨミガエッタカラ)

「よみがえった?」

 オオタカが言った。

「オオタカにも聞こえるの?」

 ヒタキが驚く。

「最初はオババかと思ったがな!」

「オババじゃないよ!オオババ様だよ!」

 鳥は、風の川から外れて降りていく。

(カゼノカワハワタシタチノミチ、ソレガナクナッタトキネムリニハイッタ)

 たくさんの鳥が、ストローグラスを力強いカギ爪で掴み引き抜いている。それをもって山頂に向かう。いくつかの実をくちばしで雛に与えている。ストローグラスは引き抜かれ崩れ、薄い大地にヒビが入ると海の水が顔を出す。そんな光景がたくさん目の前で繰り広げられている。

(ワタシタチモニンゲンモ、セイメイノワノナカニイル。カゼノカワガナクナッタトキワタシタチハネムリ、ソシテストローグラスハワタシタチヲマッタ)

「戦争が壊したってのか?風の川を」

 オオタカが声を荒げた。

 鳥たちがたくさん飛んでいる光景がヒタキの脳裏に浮かんだ。鳥たちは自由に飛び、風の川に乗り遠くの方まで羽ばたいては、ストローグラスの実をついばみ大空を駆け抜けてゆく。

 そこに人間はゆっくりとしっかりと根を下ろし、生活している。皆幸せな顔をして。

 そんな生命の輪をみだしたのは、 人間なのだろうか。

 人は自分の利害ばかりを考え、自然を壊し輪をみだし摂理に反するのか。

(ムカシワレワレノナカカラヒトノナカニオリタモノガイル。ソノモノ、ヒトニウタヲウタイココロトハナシトモニイキタ)

 すかさずオオタカが笑った。

「それが、オババか!なるほど」

「オオババ様だよ!今度言ったら蹴飛ばしてやるからね!」

 オオタカがあわてているのがわかった。

「わかったわかった!おまえのキックは受けたくないぜ!おおこわっ」

 鳥はいくつのも山の火口を確認するように飛ぶと、急上昇した。

(フタリトモナカヨクツカマッテ!)

 ヒタキもオオタカも、まっすぐに上っていく鳥にしがみついた。

「仲良くは余計だぜ!」

「オオタカは減らず口が多すぎ!」

 手にも足にも力が入る。飛ばされないように、振り落とされないようにぎゅっと抱きついていた。

 ふわっと体が軽くなる。風の川に乗ったのがわかった。

(サア!アイスルモノノマツバショヘ)


 ストローグラスは揺れ続く


 いつかその身を捧げつつ


 天まで届け


 愛と想いを抱えながら


 ストローグラスは揺れ続く


 トキハナツモノの訪れとすべてを壊す愛の翼


 ストローグラスは揺れ続く


 人も手を取り輪になって


 天まで届け


 愛と想いを抱えながら

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