第4話 過去
過去
我はストローグラスが憎いと思ったことがあったな。
シギは自分の手にのせた薄桃色の石を見つめて思った。チェーンは壊れてしまって裸の石だけになっていた。
あの頃、自分が戦争に利用されるとは思ってもいなかったからな。
シギは非常に賢い子どもだった。その頃村の周りには美しい海が広がっており小さな村は、時折長い船旅で疲れた人々が休息をとる村だった。村のあるこの島の周りには頑丈なストローグラスが生えており、大きな船は近づくことができなかったので母船が沖に停泊していた。
小さな舟で訪れる異国の民は、村で見る者とは違って大柄で目や髪の色が違った色をしていた。
シギは異国の民の持ってくる道具やボートなどに強い興味を持った。
船の故障で技術者が訪れた時、シギはしかられるのもかまわず傍でわくわくしながら見ていた。
船員は時折説明をしてくれ、シギは瞬く間に仕組みを覚えてしまい周囲を驚かせた。
ある時、母船のエンジンが故障してしまい、どう調整してみても直らなかったのを見学に連れて行ってもらったシギは簡単に直してしまう。
その時船に乗っていた船長が、シギをとても気に入ってわが子のようにかわいがってくれた。
「わたしと一緒に来ないかね。機械や原理などの勉強をさせてあげよう。この村では学べない学問がわたしの国にはたくさんあるのだよ。おまえならば、きっとすぐに覚えてしまうだろう」
シギは両親に別れを告げ、この島に手を振った。
この狭い村から出て、広い世界に行く。そしてその中でたくさんの知らない事を学ぶのだ。
シギの胸は期待と夢にわくわくした。
異国の街は、驚くほどきれいで、街行く人々は輝いて見えた。村とは文明が大きく違っていて別の世界が広がっていた。なにもかもが新鮮で夢中になった。
シギはたくさんの勉強をさせてもらい、やがて国の研究所に勤めるほどに優秀な青年になった。
彼の頭脳は並外れており、シギの研究は国王から援助をされ特別な存在になっていた。
若者になったシギが研究していたのは、空を飛ぶ船だった。それも瞬く間に完成に近づいていて周囲の者たちを驚かせていた。
洗練された生活に裕福な民、すばらしい環境で自分のやりたい事ができる幸せ。
この地を訪れて本当に良かったと思った。あのまま、村にいても自分の才能は朽ち果ててしまった違いない。いつのまにかシギは、故郷を忘れた。
その頃、シギの研究室に訪れた兄妹がいた。
国王を父に持つ兄妹だった。二人ともそんな事を鼻にかけず誰とでも普通に気兼ねなく話をした。
花のような娘が言った。
「空を飛べるの?空から地上を見るとどんな風に見えるのかしら、想像するだけで素敵ね、わくわくするわ」
美しい金色の長い髪は柔らかく、微笑むその瞳はシギの胸の奥をまっすぐに射抜いた。
恋するシギは瞬く間に、船を完成させる。喜ぶ娘の笑顔が見たくて。
「この船の完成をあなたに、愛をこめて」
そう打ち明けるシギの気持ちは、素直に伝わり、シギは結婚した。
守りたい一番大切な人を得たのだ。
この時が、今思えば生涯で一番幸せな日々だったのかもしれない。
彼女の兄もたくさんの学問を学んでおり、シギの研究の手伝いをした。
夜遅くまで研究室にこもる時もあったし、疲れて酒を酌み交わす事もあった。シギのもっとも心許せる友となっていた。
大きな夢を抱え、愛する者たちに囲まれた本当に大切な時間。永遠にそんな生活が続くと信じていた。
「オオルリ」
その名を口に出して呼んだのは、どれくらい昔の事だろうか。
形見は、この石だけになってしまった。お守りとして胸に揺れていたペンダントの石は、今も輝いていた。
「いやいや、もう一つ威勢のいいやつがいたな。はは」
シギは薄桃色の石に向かって
「ヒタキは、元気に育っているよ。今あの子は自分の運命にしたがって歩き出したところなのだろう。どうか、見守っていてくれ」
そう言って手の中の石を握りしめた。
『とうさん、異国の話をして!』
『この村の外にはどんな世界が広がっているの?』
『母さんはどんな人だったの?きれいだった?背は高かった?あたしは母さんみたいにきれいになれるかな?』
あの子の意識は常にこの村の外に向かっていた。
シギは感じていた。ヒタキがいつかこの村を出て自分の夢に向かって歩いてゆくのだろうと。
きらめく瞳が遠くの空をみつめるように。そう、かつての自分を見ているようだった。
神よ、ヒタキにどうか悲しい想いをさせないでくれ。澄んだ瞳から輝きを奪わないで。
我と同じような想いは、させないで。
それだけが今のシギの願いだった。
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