殴打5回目 作戦記録:山脈ザメ殴打作戦

――青年は緊張していた。当たり前だ、自分がセンターに参加してから初めての任務なのだ。


「――」


心臓がドクドクと脈打つのが聞こえる。手だって震える。それでも――


「作戦開始!」


機動部隊長の一声でその場の全員が駆け出す。眼前にそびえ立つ山脈に向かって。


今回のターゲットは“山”なのだ。文字通り、一つの山脈が丸ごと一匹のサメ。

そうブリーフィングで説明はされていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


山脈が、自分たちの今乗っている地面が振動し、浮く。山脈ザメが動き出したのだ。横を走っていた仲間が振り落とされ、地面に落ちていく。青年はそれでもまだ残る仲間と共にただ上へサメの背中を上っていく。


「ここまでバカでかいと…全体像が見えないな!」


「現に俺らが見ることのできる範囲が全部奴の背中だからな!」


「お前ら無駄口を叩くな、山脈ザメの内部に侵入可能な場所を見つけ次第侵入。内部から奴を殴打する。タイマーに気を付けろ、それがエイハブユニット導入までの時間だ。」


隊長の声に全員が無言でうなずくと隊長は大きな岩の間を進んでいき、隊員たちもそれに続く。


しばらくの間岩と岩の間を進むと眼前に巨大な穴が姿を現す。


「これは…」


「体内に続く穴だ、エージェントが見つけ出した。ここからは何が起こるかわからん、気を引き締めろよ」


隊員全員は携帯している銃を持ち直す。


――大丈夫、自分は拳弾銃を持っている。そう青年は自分を勇気づけるとほかの隊員に続いて穴の中に入っていった。



穴の中は最初真っ黒な岩肌が見えるのみだったが、ある程度進んだ辺りから真っ黒な岩肌はわずかに脈打つ桃色の肉に変わる。


「…気味が悪りぃな」


隊員の1人がうねうねと動く壁を見つめながら言う。


「そう言うな、山脈ザメの体内に入った証拠だ」


更に奥に、下に進むとどんどん肉のうねりが大きくなっていく。


「…心臓部が近いぞ」


隊長の一言で全員が気を引き締め――


「――」


悲鳴のような、しかし擦れた風のような甲高い声、それが、頭上から――聞こえた。


「っ全員!――」


注意を促そうとした隊長が、頭上から飛び降りてきた虫のようなものに床に押し倒される。


「隊長!」


「俺ごとやれ!」


全員は銃を構えると隊長の言葉に従い、弾を放出する。よく見ると先に拳の装飾があしらわれたそれは真っ直ぐに虫に似たものを打ち抜き、吹き飛ぶ。


「隊長!」


隊員の1人が倒れたままの隊長の元へ駆け寄る。


「――大丈夫だ、ふう」


隊長は身を起こすと、傍らに落ちていた銃を拾い上げる。隊員達の間から安堵の息が漏れた。


「もう大丈夫だ、出発――」


隊長がみんなを見ながら出発を促そうとした瞬間、1人の隊員の頭上に向けて隊長が発泡する。


「うわっ――」


隊員が驚き声を上げようとした時、その頭上から頭を打ちぬかれた虫が落下してきた。


「お前もうすぐ結婚するんだろ、奥さんに悲しい思いさせるんじゃないぞ」


「は、はい」


上ずった声を上げる隊員を尻目に隊長は再び歩きだした。



いよいよ肉のうねりが激しくなり、つまずく隊員も出始めた。

青年も何度か転び、他の隊員に手を取って起こしてもらう。


――自分はもしかして迷惑をかけているのではないか?今のところ何の活躍もしていない。あの後何度か虫の襲撃にあったものの、自分がやったことと言えば滅茶苦茶に銃を撃って弾を無駄にしたことくらいだ。

人助けがしたい、そんな思いで入ったこの組織だが果たして自分はその目標に向かって進めているのだろうか。


そんなネガティブな思いに青年がとらわれそうになったその時。それは聴こえてきた。


――大きく、それでいて細かく振動するような音。確かにするその音は確かな力をもって耳に響いていく。


「心臓の音だ、いよいよだぞ」


永遠に続くかと思われた肉のトンネルは途切れ、巨大な空間が眼前に広がった。そしてその中心にはドクンドクンと鼓動を放つ肉の塊があった。


「これが…心臓?」


「全員、兵装準備だ。ぶちかますぞ」


隊長が銃を構えると全員が発泡を開始する。

肉塊に無数の鉄塊が撃ち込まれる、だが肉塊はなんともないかのように相も変らず鼓動を放っていた。


「ちっ、効き目無しかしょうがな――」


「隊長!」


隊員の1人が空洞の天井を見ながら必死に隊長に呼びかける。つられて全員が天井を見ると、そこには天井を埋め尽くさんばかりの虫が張り付き、こちらを見ていた。


「なっ――」


「これは――」


「総員…後退りしながら撤退するぞ」


隊長の言葉で落ち着きを取り戻した隊員たちは、虫を刺激しないようゆっくりと後退りながら――


風を切るような声が天井から響いた。隊員たちが逃げようとしたのに感づいたのだろうか、数え切れないほどの虫の大群が天井から羽を広げ、隊員たちへ襲い掛かる。


「総員!退避!退避ぃ!!」


一斉に虫たちに背を向け、走り出す隊員たち。


「うわぁ!!」


走る青年の横を走っていた隊員が虫につかまり、奥へと引きずられていく。それは先ほど結婚すると言っていた隊員だった。


「隊員!26番が!」


青年が隊長に叫ぶ。それを聞いた隊長は救出命令を出そうとして――腕についたタイマーが警告音を発しているのに気が付いた。


「だめだ!エイハブユニット投下まで残り20分!今から救出に行ったのでは間に合わない!」


「そんな!隊長!」


「あいつだってこうなるかもしれないとは覚悟していたはずだ!」


――自分がこの組織に入ったのは何のためだ?


「エイハブユニットが投下されたら俺達は生きては帰れない!」


――自分は人助けを願ったんじゃないのか


「早く退避するぞ!」

―自分は――


「っ」


青年は振り返り、虫に引きずられていった隊員を追って、虫の大群へ飛び込んだ。


「おい!何をやってる!」


「一分だけ!一分だけ待って下さい!」


返事が耳に届く前に虫が青年に殺到する。


「うぉぉぉぉぉ!!」


青年は銃を撃ちまくり、無理矢理その中心を突破する。その向こうには一匹の虫に引きずられる青年の姿があった。


「見つけた!今助け――」


後頭部への一撃、意識が飛びそうになるのを無理やり押さえつけ背後の虫に弾丸を叩きこむ。


「こんなところでぇ!負けるか!」


テレビの中のヒーローに目を輝かせた少年時代。今ではそれが作りものであることを知っている。しかし今、自分がそれに慣れるかもしれない。幼きころの夢だった人を守る存在に。


――続く戦闘、もう何秒たったのか分からない。もしかしたらもう一分たってしまったかもしれない。気がつくと青年は隊員を引きずる虫の眼前に迫っていた。


「おまえだけはっ――おまえだけは!!」


特に接点があるわけではない、第一今日あったばかりだ。だが一度救うと決めた以上何が何でも救う。それが――


「それがヒーローだ!俺が憧れたヒーローなんだ!」


もう弾がない銃を投げ捨て、ナイフで虫の目をえぐり、顔に張り付く。

首にナイフを刺し、虫が動かなくなると隊員を担ぎ、元の道を一目散に駆ける。


「間に合え…間に合ってくれ!」


しかし期待もむなしく、先程抜けた虫の大群、その残党が青年の前に立ちふさがった。


「あと少し!もう一歩なんだ!邪魔をするなぁぁぁ!!」


ナイフは先程の虫に刺さったままだ、武器はない。


「あああああああああああああああああ!!!」


気合いだけ。それだけで青年は進んでいく。そして――


「お前!本当に間に合ったのか!――」


それは幸運か神の気まぐれか、青年は間に合った。

青年はほかの隊員たちに助け出した隊員を任せてその場に倒れ込む。


「おい!急いで脱出するぞ!」


――声が遠く聞こえる。


「おい!しっかりしろ!!」


――子供の頃からヒーローになりたかった。ピンチに駆けつけて人を助け、颯爽と去っていく、そんなヒーローに。大人になってそんなヒーローたちが作られた存在だということは理解した。だから人助けができる仕事をしたかった。

――今ではなぜサメ殴りという方法を選んだのかさえ思い出せない。だけどこれだけは言える、自分の人生はこの一瞬の為に――



巨大な山脈ザメの背中に同じくらい巨大な拳型の鉄塊が落ちていくのを見ながら機動部隊全員は肩をなでおろした。


「ん」


隊員が目を覚まし、不思議そうに辺りを見回す。隊員たちから歓声が上がる。隊長はそれを見て笑顔を浮かべ、隣に横たわる青年に声をかけた。


「お前が助けたんだ、お前はいつも言ってたよな、人を救いたいって」


――


「おまえが救ったんだ、お前はあいつのヒーローだ」


――


「だから…目を覚ましてくれ、なあ」


隊長はそういって青年の胸倉を掴む。片腕を失い、目を閉じ微動だにしない青年の身体の胸倉を。

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シャークパンチングセンター 五芒星 @Gobousei_pentagram

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