殴打4回目 作戦記録:鮭鯨鰯海豚エイアザラシ鮫殴打したかった作戦

「えーと、ここを曲がって?…この扉か」


扉を開け放ち、中に入るとそこには――


「…ん?やっと来たか、遅かったな、幸四郎。いや――エージェント・岡田?」


「エージェント・プロバッキー…何だここは」


岡田 幸四郎、改めエージェント・岡田は、つい先日自身の上司となったプロバッキーに呆れ顔で告げる。


「なんだ、とは何だ。ここは我々の部隊の待機室だ」


真っ赤なカーペット、必要があるのかないのか解らない石造りの暖炉、壁に飾られた鹿の剝製。それを改めて見渡した幸四郎ははぁ…とため息をついた。

サメ殴りセンターに入って早一か月。サメを殴ろうと意気込んでいた幸四郎だが、やることと言えば書類整理とお茶くみ、それに訓練ぐらいのものだ。


「どんなセンスなんだよこの部屋…」


「…何?お前はこの部屋の素晴らしさが分からんのか、っと――忘れるところだった」


プロバッキーが投げてよこした書類を、幸四郎は慌てて受け止める。


「おわっと…なんだ、これ?」


プロバッキーはティーカップをテーブルへ置くと、立ち上がる。


「何ってそうだな――お前が待ちに待ったものだ」


書類の表紙には大きく『不明鮫殴打作戦』の文字が踊っていた。



「――と、いうわけでここだ」


2人がやってきたのはとある湖だった。水面は透き通り、キラキラと光が反射している。


「…淡水にサメが?」


「ペンギンは鳥だが海に潜るだろう?、そういうことだ」


「というか本当に俺たちの部隊は二人だけなのか…、冗談かと思った」


「まだ出来たばかりの部隊だからな、と言ってもメンバーが二人の部隊は意外と多いぞ」


会話の間にも、二人は着々と装備を身に着けていく。


「さて、今回の目標サメはここに生息している、異常性『有』だ」


「初っ端から異常性ありのサメか…」


「姿が確認できない時が多すぎる。十中八九異常性によるものだろうな」


「殴るプランは?」


「決まっているだろう、潜る」


プロバッキーはフィン片手に笑った。



「ぷはぁっ」


約三時間後、結局サメは見つからず二人は岸へと上がってきていた。


「…いない」


プロバッキーが不満そうに呟く。


もしかしたらもうこの湖にはいないんじゃないか、そんなことを思い始めた幸四郎が湖の水面を見つめていると――


「…ん?」


ユラッ、と水面を黒い影が通過していった。


「お、おい!あれ!」


「何だ!いたのか!」


黒い影は勢いよく水面から飛び出し、二人の顔に水飛沫を飛ばす。


「あ、あれは!?」


水に濡れた灰色の毛、顔に生えた三対の髭それは――


「…なんだ、ただのアザラシか」


プロバッキーは落胆したように顔を伏せると、再びしゃがみ込む。


「いやいやいや!なんでこんな所にアザラシがいるんだよ!」


「知らん、私は今サメ以外に興味はない」


二人が言い争う間にも水から飛び出したアザラシはプロバッキーへ接近する。


「おい、アザラシ来てんぞ」


「…今はサメ以外に興味を感じん」


――そしてアザラシは早々とサメへと姿を変えた。


「は?」


幸四郎は茫然とした顔で先程までアザラシだったサメを見つめる。


「――!プロバッキーっ!!サメだ!」


我に返った幸四郎がプロバッキーに叫ぶ。


「サメっ!どこだぁぁ!!」


途端にプロバッキーは元気を取り戻す。


「後ろかぁぁぁ!」


プロバッキーは素早く拳を握りしめ、後ろを振り向く。すると…そこには巨大な“エイ”がその尾を振りながら宙を舞っていた。


「なんだただのエイか…」


プロバッキーは途端に目に光を失くし、握りしめた拳をほどくとしゃがみ込む。

その上から大きなエイが覆いかぶさり、プロバッキーは「ぷぎゃ」と情けない声を上げながらエイの下でもがき始めた。


「…いやこれ何処から突っ込めばいいんだよ」



陸で跳ねるエイの下からプロバッキーを引きずり出すと、幸四郎は先程見た目を疑う出来事を思い返していた。プロバッキーが振り返ろうとした次の瞬間、サメの姿がぐねぐねと変化し、エイへと代わったのだ。


「…結局サメなんて居ないではないか」


プロバッキーが幸四郎に抱きかかえられながら不満を訴えた。


「いや、サメは居るぞ」


幸四郎はゆっくりと指を伸ばし、未だびちびちと岸辺で跳ねるエイを真っ直ぐ指差す。


「は?あれはサメではなくエイだろう?サメ殴りセンター鮫判別法の基本編を習わなかったのか?」


そこのエイアイツはさっきまでサメだったんだよ」


「…異常性か」


「お前が察しが良くて助かったよ、プロバッキー」


プロバッキーと幸四郎はまだ跳ねているエイを注視する。


「…なあ、幸四郎、アイツ跳ねてるな」


「…ああ、跳ねてるな」


「平べったいな」


「ああ、平べったいな」


「…」


「…プロバッキー?」


「あああああ!!!!やっぱりだめだぁぁ!いくら見てもエイにしか見えない!!サメでないなら殴れない!!!」


「…はい?」


「だってあれはエイじゃないか!!明らかにサメではない!ということはサメ殴りセンター我々の管轄外ということになる!」


「だからアイツはサメだって!」


「今はサメじゃない!!」


叫ぶプロバッキーの後ろでエイがサメの姿へと変わる。


「おい!サメになったぞ!」


プロバッキーが後ろを向いた瞬間に、今度はマナティへと姿を変えるサメ。


「サメじゃないぃぃぃぃ!!」


「もういい!俺が殴る!」


素早く拳を握りしめた幸四郎がサメ――もといマナティへと殴り掛かる、がマナティは小魚へと姿を変え、幸四郎の殴打は横の地面に炸裂した。


「いってぇぇ!」


痛みに飛び上がった幸四郎の瞳の端に、小魚が素早くサメに姿を変えるのが映った。


「――痛い…が!、プロバッキー!サメだぁ!!」


「何!?っ――どこだ――ああああ!!」


素早く反応したプロバッキーの目に映ったのは既にサメが姿を変えた鮭。


「サーモンじゃないかああああ!!!」


「おい!、落ち着け!あっ!サメに変わったぞ!!!」


「どこだ!――オットセイだあああ!!!」


「さっきまではサメだったんだよ!おい、またサメになったぞ!」


「殴ってや――リュウグウノツカイだぁ!!」


「また変わりやがった!!――おいサメになったぞ!」


「鱈だぁぁ!!」


「サメだぁ!」


「マンボウだぁぁ!!」


「サメになったぞ!」


「クジラああ!!」


「サメになったぁぁ!」


「うおあぁぁ!ジュゴンンンンン!!」


「もうお前ずっとこいつ見てろよ!!」


「後ろに回られた!!」


「おまっ…振り返ろうとして転ぶなよ!!――サメに変わった!」


「オオセだぁぁぁ!!」


「それはサメの仲間だろうがっ!」


「ああああああああああ!!殴り忘れたぁぁ!!」


「クッソ!こいつシラスに姿変えやがった!――」


「何処に居るかすらわからないぃぃ!?――」


結局このいたちごっこは夜遅くなり、サメ標的がいつの間にか姿を消していることに二人が気づくまで続いたのだった。


――任務報告:不明鮫殴打作戦

  標的:殴打失敗。

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