殴打4回目 作戦記録:鮭鯨鰯海豚エイアザラシ鮫殴打したかった作戦
「えーと、ここを曲がって?…この扉か」
扉を開け放ち、中に入るとそこには――
「…ん?やっと来たか、遅かったな、幸四郎。いや――エージェント・岡田?」
「エージェント・プロバッキー…何だここは」
岡田 幸四郎、改めエージェント・岡田は、つい先日自身の上司となったプロバッキーに呆れ顔で告げる。
「なんだ、とは何だ。ここは我々の部隊の待機室だ」
真っ赤なカーペット、必要があるのかないのか解らない石造りの暖炉、壁に飾られた鹿の剝製。それを改めて見渡した幸四郎ははぁ…とため息をついた。
サメ殴りセンターに入って早一か月。サメを殴ろうと意気込んでいた幸四郎だが、やることと言えば書類整理とお茶くみ、それに訓練ぐらいのものだ。
「どんなセンスなんだよこの部屋…」
「…何?お前はこの部屋の素晴らしさが分からんのか、っと――忘れるところだった」
プロバッキーが投げてよこした書類を、幸四郎は慌てて受け止める。
「おわっと…なんだ、これ?」
プロバッキーはティーカップをテーブルへ置くと、立ち上がる。
「何ってそうだな――お前が待ちに待ったものだ」
書類の表紙には大きく『不明鮫殴打作戦』の文字が踊っていた。
◇
「――と、いうわけでここだ」
2人がやってきたのはとある湖だった。水面は透き通り、キラキラと光が反射している。
「…淡水にサメが?」
「ペンギンは鳥だが海に潜るだろう?、そういうことだ」
「というか本当に俺たちの部隊は二人だけなのか…、冗談かと思った」
「まだ出来たばかりの部隊だからな、と言ってもメンバーが二人の部隊は意外と多いぞ」
会話の間にも、二人は着々と装備を身に着けていく。
「さて、今回の目標サメはここに生息している、異常性『有』だ」
「初っ端から異常性ありのサメか…」
「姿が確認できない時が多すぎる。十中八九異常性によるものだろうな」
「殴るプランは?」
「決まっているだろう、潜る」
プロバッキーはフィン片手に笑った。
◇
「ぷはぁっ」
約三時間後、結局サメは見つからず二人は岸へと上がってきていた。
「…いない」
プロバッキーが不満そうに呟く。
もしかしたらもうこの湖にはいないんじゃないか、そんなことを思い始めた幸四郎が湖の水面を見つめていると――
「…ん?」
ユラッ、と水面を黒い影が通過していった。
「お、おい!あれ!」
「何だ!いたのか!」
黒い影は勢いよく水面から飛び出し、二人の顔に水飛沫を飛ばす。
「あ、あれは!?」
水に濡れた灰色の毛、顔に生えた三対の髭それは――
「…なんだ、ただのアザラシか」
プロバッキーは落胆したように顔を伏せると、再びしゃがみ込む。
「いやいやいや!なんでこんな所にアザラシがいるんだよ!」
「知らん、私は今サメ以外に興味はない」
二人が言い争う間にも水から飛び出したアザラシはプロバッキーへ接近する。
「おい、アザラシ来てんぞ」
「…今はサメ以外に興味を感じん」
――そしてアザラシは早々とサメへと姿を変えた。
「は?」
幸四郎は茫然とした顔で先程までアザラシだったサメを見つめる。
「――!プロバッキーっ!!サメだ!」
我に返った幸四郎がプロバッキーに叫ぶ。
「サメっ!どこだぁぁ!!」
途端にプロバッキーは元気を取り戻す。
「後ろかぁぁぁ!」
プロバッキーは素早く拳を握りしめ、後ろを振り向く。すると…そこには巨大な“エイ”がその尾を振りながら宙を舞っていた。
「なんだただのエイか…」
プロバッキーは途端に目に光を失くし、握りしめた拳をほどくとしゃがみ込む。
その上から大きなエイが覆いかぶさり、プロバッキーは「ぷぎゃ」と情けない声を上げながらエイの下でもがき始めた。
「…いやこれ何処から突っ込めばいいんだよ」
◇
陸で跳ねるエイの下からプロバッキーを引きずり出すと、幸四郎は先程見た目を疑う出来事を思い返していた。プロバッキーが振り返ろうとした次の瞬間、サメの姿がぐねぐねと変化し、エイへと代わったのだ。
「…結局サメなんて居ないではないか」
プロバッキーが幸四郎に抱きかかえられながら不満を訴えた。
「いや、サメは居るぞ」
幸四郎はゆっくりと指を伸ばし、未だびちびちと岸辺で跳ねるエイを真っ直ぐ指差す。
「は?あれはサメではなくエイだろう?サメ殴りセンター鮫判別法の基本編を習わなかったのか?」
「
「…異常性か」
「お前が察しが良くて助かったよ、プロバッキー」
プロバッキーと幸四郎はまだ跳ねているエイを注視する。
「…なあ、幸四郎、アイツ跳ねてるな」
「…ああ、跳ねてるな」
「平べったいな」
「ああ、平べったいな」
「…」
「…プロバッキー?」
「あああああ!!!!やっぱりだめだぁぁ!いくら見てもエイにしか見えない!!サメでないなら殴れない!!!」
「…はい?」
「だってあれはエイじゃないか!!明らかにサメではない!ということは
「だからアイツはサメだって!」
「今はサメじゃない!!」
叫ぶプロバッキーの後ろでエイがサメの姿へと変わる。
「おい!サメになったぞ!」
プロバッキーが後ろを向いた瞬間に、今度はマナティへと姿を変えるサメ。
「サメじゃないぃぃぃぃ!!」
「もういい!俺が殴る!」
素早く拳を握りしめた幸四郎がサメ――もといマナティへと殴り掛かる、がマナティは小魚へと姿を変え、幸四郎の殴打は横の地面に炸裂した。
「いってぇぇ!」
痛みに飛び上がった幸四郎の瞳の端に、小魚が素早くサメに姿を変えるのが映った。
「――痛い…が!、プロバッキー!サメだぁ!!」
「何!?っ――どこだ――ああああ!!」
素早く反応したプロバッキーの目に映ったのは既にサメが姿を変えた鮭。
「サーモンじゃないかああああ!!!」
「おい!、落ち着け!あっ!サメに変わったぞ!!!」
「どこだ!――オットセイだあああ!!!」
「さっきまではサメだったんだよ!おい、またサメになったぞ!」
「殴ってや――リュウグウノツカイだぁ!!」
「また変わりやがった!!――おいサメになったぞ!」
「鱈だぁぁ!!」
「サメだぁ!」
「マンボウだぁぁ!!」
「サメになったぞ!」
「クジラああ!!」
「サメになったぁぁ!」
「うおあぁぁ!ジュゴンンンンン!!」
「もうお前ずっとこいつ見てろよ!!」
「後ろに回られた!!」
「おまっ…振り返ろうとして転ぶなよ!!――サメに変わった!」
「オオセだぁぁぁ!!」
「それはサメの仲間だろうがっ!」
「ああああああああああ!!殴り忘れたぁぁ!!」
「クッソ!こいつシラスに姿変えやがった!――」
「何処に居るかすらわからないぃぃ!?――」
結局このいたちごっこは夜遅くなり、
――任務報告:不明鮫殴打作戦
標的:殴打失敗。
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