殴打3回目 作戦記録:装甲サメ殴打作戦

「喰らえっ――」


眼前のサメに向けての一撃。サメは横っ腹に鉄よりはるかに重い拳を喰らい、再び暗いみな底へと消えていく


柏田かした博士、対象浮上まで11秒です」


傍らで何やら機械を操作していた眼鏡に、白衣の女性が呼びかけると、呼び掛けられたこれまた白衣の男は拳と拳を打ち合わせる。


「はっ!次で最後だな!宮明くん!」


「あと3秒、2、1、0!」


再び水中から襲いかかってきたサメに対し、白衣の男――柏田は真っ正面から相対する。


「殴打支援グローブ起動!」


柏田の言葉と共にはめていたグローブの付け根から勢い良く炎がほとばしり、拳を押し上げる。


「大人しくっ、海へと帰れ!!」


柏田の拳は今度こそサメの顔面を捉え、突き抜け、背中まで貫通した。



「…ふぅ」


柏田はグローブについたサメの血を拭う。


「博士…やりすぎでは?」


白衣の女性の方、宮明が機械をスーツケースにしまいながらジト目で柏田を見る。


「何を言っているんだ柏田くん、サメは殴ってなんぼだろ?」


「まあ…確かに【鮫殴打支援グローブシサクヒン】のデータも取れましたが、だからって…」


「…なぜ非戦闘員の我々がサメを殴ったのか、エージェントが到着するまで待てば良かったじゃないか、と?」


「…ええ」


「良いか、我々はサメ殴りセンターの職員だ。幾ら非戦闘員だと言っても何時でもサメを殴る準備くらいしておくべきじゃないかね」


柏田が力説すると、宮明は困ったようにため息をついた。


「殴るべき準備をしておくことと実際に殴ることでは話が別のような気もするんですが…」


「確かに我々は研究職だが、一応訓練は受けているじゃないか。このまま殴打術を使わないのは勿体ない」


「確かにそうですが――」


宮明が更に反論しようとしたとき、陸側から走って来る足音が聞こえてくる。


「遅くなりましたっ!お怪我は?」


サメ殴りセンターのエージェントのようだ。

到着が遅いな、そう思いながら柏田はエージェントの横を通過していく。


「えっ…あの、サメはどこに…」


横を素通りされたエージェントは、ポカンとしながら柏田を追いかける。


「もう片付きました、ご足労いただき感謝しますがあなたの役目はありません」


いつの間にやら柏田の横を歩いていた宮明が、エージェントに真顔で告げる。


「…」


まだ状況を飲み込めない様子のエージェントを置いて、柏田と宮明は帰路につこうと歩き始めた。


「待って下さい!」


「…まだなにかあるのか?」


慌てて後ろから駆け寄ってきたエージェントの言葉に、柏田は気のない返事を返す。


「もう片付いたって…まさかエージェントでもない二人で!?」


「一人です」


「へっ…?」


宮明の言葉に目が点になるエージェント。


「私の横にいる柏田博士が一人で」


「マジですか…」


再び茫然とし、動きが止まったエージェントを二人は追い越していく。


「帰るぞ、宮明くん」


「はい」


「ちょっと、待ってくだ――」


後ろから再び勝機に戻ったらしいエージェントが、後ろから声をかけ――


「…?」


背後のエージェントのセリフが、途中で止まったのを怪訝に思った宮明が後ろを振り返る。


「――柏田博士!!」


「ん?どうした宮明く――何!?――」


柏田は目先まで迫った巨大な顎を両手で押さえ、無理矢理閉じる。


「このっ――サメがぁ!!」


左手で顎を抑え、殴打支援グローブをつけた右手で鼻っ面に拳を叩き込む。

突如柏田たちに背後から襲いかかってきたのはサメだった――但し金属製の。


「博士!」


「ダメだ!効いてない!」


サメは後退すると、陸上でも機敏に跳ね、柏田を真上から喰らおうとその大口を開く。中にびっしりと生えている歯がチェーンソーのように回転し、明確な殺意が柏田を襲う。


「本部に応援を要請!確認個体は鉄製のサメ!!体長は推定3メートル!SSharkPPantingCCenterAAirFForceの動員して下さい!急いで!!」


『は、はいぃぃぃ!!』


宮明がスマートフォンに向けて鬼気迫った声で叫ぶと、その向こうの人間が慌てて承諾する。


「博士!耐えてください!本部から応援が来ます!」


「了解したぁ!耐えればいいんだろう、そのくらい――」


柏田の拳がサメの金属で構成された皮膚に激突し、金属音を立てる。


「何時間でもっ、やってやるさぁぁ!!」


サメのかみつきを華麗に避け、自身の攻撃を次々と命中させていく柏田、しかし徐々にその額に汗がにじみ始めた。


「中々!硬いな…」


鮫殴打支援グローブをもってしても打ち破れない装甲、陸の上での機敏な動き、おまけに宮明から狙いを外す為に、絶えず攻撃を行わなければならない。体力にそこそこの自信がある柏田をもってしても厳しい戦いを強いられていた。


「このぉぉぉ!」


ロケットの噴射に載せた拳、しかしまだサメの装甲を打ち破るには足りない。


「博士!あと少しです!頑張って!」


「けっ、こう…キツいな」


柏田は右手にはめたグローブに目をやる。

そろそろこれの燃料も自分の体力も限界、燃料が切れてしまえば鮫殴打支援グローブコレはただの重い手袋と化す。そうなってしまえば――


「…後は、身一つのみ!」


最後の燃料を使い切ったと同時に、柏田はグローブを投げ捨てる。

サメのもとへと走る、それを迎えるのは大きく開かれた顎だ。


「博士!」


柏田はサメ殴りセンターに職員として入る前のことを思いだしていた。


「…懐かしいな、あの頃はサメの脅威も、憎さもしらずひたすら人類の為に奔走していた」


柏田は元々サメ殴りセンターの職員ではなかった。どちらかと言えば敵対する立ち位置の組織にいたのだ。


「まさか、またこれを使うことになるとはな。人生なにがあるか分からんもんだ」


柏田は拳を固く握りしめる。

元の組織にいたころ柏田はとある格闘技の研鑽をしていた。

もう少しで頂きに至る、というところでサメ殴りセンターに寝返ったため一歩手前で終わってしまったが。


「さて、腕が鈍ってなければいいんだが」


柏田はサメの口の中へ自ら飛び込む。そして口の中から上顎目掛けて拳を振りぬいた!。その格闘技の名は――


「財団神拳!奥義ぃ!共振パンチ!!!」


振りぬかれた拳は強力な共振現象を引き起こし、サメの体を内側からバラバラにした。


「腕は…衰えていなかったようだ、また技を磨くのも案外悪くないかもな」


やっと到着した航空部隊を見上げながら柏田はそう呟いた。

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