殴打2回目 作戦記録:巨体鮫殴打作戦

「ふぅ…」


岡田 幸四郎はくわえていた煙草に火をつけると、フッと煙を吐く。

凍り付いたような空気の中に煙が立ち昇る。


「まったく…何が楽しくてこんなところまで来なきゃいけないんだか」


幸四郎が悪態をつくがそれも無理はないだろう、何故ならば――


「南極…か」


彼が今いるのは、故郷から遠く離れた、北極の海の上なのだから。



幸四郎が甲板から船内に戻る。すると仲間の一人が急いでこちらに走ってきた。


「幸四郎!見つけたぞ!」


「なにっ!?」


幸四郎は急いで船内を走る。そして観察室と、書かれた扉を勢い良く開けた。


「おいっ、見つけたのか!」


観察室の中に入ると、ほかの仲間たちは皆一様に観察用双眼鏡を覗き込んでいた。


「お前ら!本当にっ――」


「しっ、静かにしてください!」


仲間のうちの一人が幸四郎にそう言いながら、双眼鏡を譲ってくれる。

幸四郎は意気揚々と双眼鏡を覗き込んだ。


「おお…あれが…」


幸四郎の目には、大きな紺色の身体が映っていた。

幸四郎たちは、『海洋生物生息環境調査団』の一員だった。

今回幸四郎たちは、新種の可能性がある“ホッキョククジラ”に似た生き物の目撃情報を受け、生態調査へとやってきたのだ。


「ホッキョククジラにしては少し小さいか…?」


「骨格の構造も違うように思えます」


一通り生物学談義を咲かせると、幸四郎たちは見張り役に任せ、自室に戻っていった。



――暗く、深い海の底。そこを一隻の潜水艦が潜行していた。船体には鈍く輝く“|SCPS テッケン”の文字。その中では灰色の制服を着ている一人の男が期待に心を湧き立たせていた。


「おい、まだなのか」


「目標地点到達まであと30分です」


「…時間がかかるな…」


彼女の名はエージェント・プロバッキ―、サメ殴りセンタ―のエリートエージェントであり、この潜水艦“SSharkPPunchingCCenterSSubmarineテッケン”の艦長を任された逸材でもあった。


「なるべく急いでくれ、こちとら3日前からこの狭苦しい鉄棺の中なんだ」


艦長であるプロバッキ―の言葉を受け、“SPCS テッケン”はそのエンジンの動きを早めた。



仮眠をとっていた幸四郎の目を覚まさせたのは、甲板の方から聞こえてきた悲鳴だった。


「いったいなんだ?」


幸四郎が廊下に出ようとした瞬間、船が大きく揺れる。


「おわっ…、本当に何が起こっているんだ」


甲板へと続く扉を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。


「なっ…」


上半身しかない仲間の死体、歪んだ船体、そして紺色の巨体。


「おいっ…大丈夫か!」


仲間の一人のもとへと駆け寄ると、抱き起す幸四郎。


「何があった!どうして――」


「に…」


「に?なんだ!?」


「逃げ、ろ…クジラ…が…」


「へっ?」


仲間が必死に指を向ける後ろへと首を向けた幸四郎は見た。紺色の巨体に二つの大きな目玉が開き、大きな口がばかっ、と音を立てて開く。その中にはぎらぎらと凶悪な光を放つ、無数の刃が並んでいた。これではまるでクジラではなく――


――「…サ…メ…?」



「巨体鮫を捕捉しました。殴打しますか?」


船員の言葉に、エージェント・プロバッキーは『待っていました』と言わんばかりに目をぎらつかせる。


「当然!Search、Punch、Challenge!サメ殴りセンターの名誉と誇りにかけて!」


船長の言葉を受け、潜水艇はゆっくりと浮上を始めた。



「う、うわぁぁ!?」


幸四郎は必死に足を動かし、逃走する。クジラが何故、あんな牙を持っているのか。ホッキョククジラは温和な方ではなかったのか。それすら考える余裕はない。

後ろを振り返ると、船体を破壊しながらクジラが追いかけてきていた。


「だっ、誰か!ぷぎゅ――」


足が縺れ、床に倒れこむ。


起き上がった幸四郎の目の前には、大口を開けたクジラが迫ってきていた。


「た、助けてくれぇぇ!」


――『よかろう、助けてやる』


次の瞬間の出来事を、幸四郎は一生忘れることは無いだろう。

クジラが吹き飛ばされた、海面から飛び出した黒光りする潜水艦によって、いとも簡単に。

クジラは海面に打ち付けられるとぴくぴくと痙攣し、そのまま動かなくなった。


「…」


呆然とする幸四郎の前で、潜水艦のハッチが開く。


そこから現れたのは灰色の軍服のようなものを着た、一人の幼子…いや幼女だった。


「こ…子供?」


「我々はサメ殴りセンター、にっくきサメどもを叩き!殺し!また叩く為の組織だ」


「サメ殴り…センター」


幸四郎は聞きなれない言葉を、口の中で嚙み締める。


「さて、お仲間は死に、船が大破したようだな、不運なことだ」


「そうだ!皆は――」


「大方奴の腹の中だろう」


「奴…」


「巨体鮫だ、我々はそう呼んでいる」


「…」


「所で…お前はどうする?」


「え?」


プロバッキーの言葉に、幸四郎は首を傾げる。


「我々は慈善団体ではない、船の修理費を払うつもりもないし、お前を送り届ける義務もない」


「そんな――それじゃあ!!」


幸四郎はあまりの理不尽さに声を上げる、しかし、途中で遮られた。


「――ただし、お前が同士なら話は別だ」


「っ」


「お前が鮫を殴ることを志すならば、その時点で我々の仲間なのだ。無論仲間と言うからには助ける義務だってある、衣食住も保証しよう」


「…」


「憎くはないのか?仲間を殺され、船を壊され、全てがサメのせいじゃないか」


「…俺は――」


「一緒にサメに対して復讐を果たそうじゃないか」


「俺は!!――」


幸四郎は立ち上がると、プロバッキーの手を掴む。


「俺はやる!やってやる!殴って殴って殴りまくってやる!!」


「よく言った同士よ!ようこそ、サメ殴りを志す者たちが集う殿堂へ!、ようこそ、憎しみを果たすための殴打処へ!、君は今日から、サメを殴ることのみが生きがいとなる。サメを殴るときは次のサメを殴ることを考え、殴っていないときはサメを見つけることを考えるのだ!改めて、ようこそ、サメ殴りセンター…SPCへ!」


今日、人知れず一つの船が沈み、そして、謎の組織に構成員が一人増えた。それは殆どの人が知るはずのないこと、だが岡田 幸四郎にとって、それは第二の人生への新たなる一歩だった。

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