シャークパンチングセンター
五芒星
殴打1回目 作戦記録:ヒトザメ緊急殴打作戦
その日、サメ殴りセンターの全職員に激震が走った。長い間サメを殴り続けたエリートであっても動揺するような出来事があったのだ。
その内容とは“ヒトザメの再出現”。過去にもハロウィンの時期に現れ、殴りきり損ねた憎きサメがもう一度出現したのだ――しかも今度は大量に。
◇
「エージェント・シリアン入ります」
シリアン・マクフィールドは拳を握りしめると扉を開け、管理室へと入る。
中には机と椅子に座る管理人の姿があった。
「さて、エージェント・シリアン、君をここに呼んだ理由はもうわかっていると思う」
「はい、“ヒトザメ”の殴打ですね」
「ああ、“ヒトザメ”――正式名称は“リクザメ”だがね。奴はエージェント・ジェームズが過去に殴り切り損ねたものが、繁殖したものと思われる」
「エージェント・ジェームズ…」
エージェント・ジェームズは、彼のサメを殴るうえでのライバルだった。彼が殴り切れなかったサメを殴れたのならエージェント・ジェームズを超えたことになる。
そんなエージェント・シリアンの思いを知ってか知らずか、管理人はヒトザメを殴るチャンスを与えてきた。
この殴打を失敗してはならない。そんな決意がシリアンの心の中を埋め尽くしていた。
「しかし管理人、ヒトザメは人質を取るのでは?果たして殴っていいのですか?」
そう、サメ殴りセンターは今まで“リクザメ”を何度も殴ろうとしてきた。
しかし、リクザメはなんと口の中に人質を取るのだ。殴ろうとしたエージェントは必然的にサメの口から覗いた人質の顔を目撃してしまう。
サメ殴りセンターはサメを殴るための組織だ、それ以上でもそれ以外でもない。
故にエージェントは殴るのを躊躇してしまうのだ。
「確かに、今まで我々はこのサメの人質という特性に手をこまねいてきた。だがそれも終わりだ!」
管理人は拳を高く上げる。
「今回、人質は無視していい」
「…いいのですか?」
「そういうお達しだ」
「しかし、それでは――」
「…エージェント・シリアン」
管理人は突き上げていた拳をゆっくりと下した。
「我々の使命は―なんだ?」
「っ――サメをっ、殴ることです!!」
「よろしい!ならば一般人など気にするに値せん!サメを殴る上での致し方無い犠牲だと考えろっ!貴様の考えることはただ一つ!サメを殴る!!それだけだぁ!」
「はい!」
管理人室に二つの絶叫が響き渡った。
◇
ジョージ・マクスウェルの心は高ぶっていた。
彼は彼が所属する団体『海を守る会』の初のデモ行進の真っ最中だったのだ。
この後は街中をプラカードを持ちながら大勢で歩き、その後廃棄物を海に垂れ流している《海鮫製薬》の工場の前で暫く叫ぶ。そういう予定だ。
「「海を守ろう!化学廃棄物をゼロに!」」
大勢の会員が、抗議の意味を込めたサメの着ぐるみを着ながら行進する。
ジョージは並々ならぬ一体感を感じていた。
「…ん」
ジョージは突如として行進の進む速度が遅くなったのに気づいた。
それだけでなく――
「悲鳴…か?」
行進の先頭の方から悲鳴がきこえてきたのだ。
「なんだっ!?」
ジョージはサメの着ぐるみを着た体でぴょんぴょんと飛び跳ね、先頭の様子を確認しようとする、だが、たくさんのサメの着ぐるみを着た人によって先頭の姿は見えない。
◇
20分後、ジョージはまだ行進を続けていた。速度はさらに遅くなっていた。悲鳴はまだ続いている。
「なぁ、流石におかしくねぇか?」
ジョージの隣にいる会員が不満げに言う、そしてそれは徐々に行進全体へと広がっていく。
「どうなってるんだよ」
「なんで進まないんだー?」
「先頭どうしたー?」
様々な不満が充満するなか、そいつらは人を蹴散らしながら現れた。
「殴れ!殴れ!いけいけいけ!」
「こちら4番!27匹目の殴打を完了!」
「こちらは17番だ、こっちは34匹目!」
「リクザメはまだいるぞっ、気を付けろ!」
両手につけた灰色のボクシンググローブ。全身につけたプロテクターのようなもの。
そんな奇妙な連中がだれかれ構わず会員たちを殴りつけているのだ。
「なんだありゃ!?」
周囲の会員が逃げ惑う。奇妙な奴らはそれを追いかけ、滅多打ちにする。
「取り敢えず逃げな――」
ジョージが急いで逃げ出す。しかし次の瞬間、隣をともに走っていた会員は巨大な金属製の拳に殴られ、吹き飛ぶ。見ると奇妙な連中が大きなバズーカ砲のようなものを持っており、そこから発射されたもののようだ。
「そんなのありかっ」
暴徒か、海鮫製薬の手先か、それともテロリストか、ジョージはそんなことを考えながらも必死に逃げる。気がつけば周りには一人も無事な会員が残っていなかった。
「リクザメめっ!!」
奇妙な連中の一人が放った拳を避け、ジョージは必死に走る。次の瞬間、後頭部への衝撃でジョージは地面に倒れ伏した。最後に彼の瞳に映ったのは、勝鬨をあげる奇妙な連中の一人だった。
◇
「やった…やったぞ!超えた!遂に!ジェームズを!」
エージェント・シリアンは両手を手に上げ、叫ぶ。彼の心の中は花が咲き乱れていた。
◇
後日、環境保護団体のデモ行進に謎の集団が現れ、暴力沙汰を行ったというニュースが世の中を震撼させるが、それはまた別のお話。
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