あなたと会えたことを後悔しています
みりん
第1話
外の湿気が室内に紛れ込む。
光の針がカーペットに刺さっていた。
「ただいま。」
「雨、ひどかった?」
取り込んだ洗濯物の山を漁って、フェイスタオルを彼に投げつける。
「あ、ついでに買ってきた。」
会話が成立していない。雨はどうだったの?
少し呆れながらも彼のもっているビニール袋を受け取った。
中にはコーラとティラミスとチキン。
あと避妊具。
いつからだろう、恥じらいなんて微塵もなくなってしまった。
最初はコンビニのレジに持っていくのさえ恥じらっていた高校時代。そんな面影は感じられない。
「こういうのちゃんと隠しなよ。」
「いいじゃん、そういうの気にしないでしょ?」
どーせするときに見るんだし、と、ぼそっと彼は呟いた。
「意味わかんない、もっと私のこと大事にしてよ。」
付き合ってすぐの頃はこんなこと言えなかった。嫌われそうで怖かったから。
でも付き合って2年経った今もこんなこと言えない。めんどうくさいから。
こうやって私は女を失って、彼も男を失う。
果たして、これが家族になるための過程なのか。
20後半を前にしてそんなことを考えるようになった。
恋の尽きが訪れている。
はじめは誰だって幸せだった。
生まれてくる瞬間、それは誰かが待ち遠しく思ってくれていたはずだ。母親、父親、祖父、祖母、もっと大勢かもしれない。とにかく、世界の誰かが生まれてくる瞬間をいとおしく待っていてくれた。
幸せのボルテージは右肩下がり。なのに不幸はだんだんと増えていくし、私が誰かに求める愛情は平行線のままなのである。
だから私たちは勘違いをする。
「ときめき」を「好き」だと勘違いし、「好き」を「愛」と勘違いする。
そしてその見せかけの愛は膨らんでいく。そのうち「ときめき」が萎むと「好き」も萎むし、成り行きで愛なんてなくなってしまう。
そこに残るのは情と、過ごしてきた時間に対する依存心だ。
付き合って3ヶ月。
彼は今日と全く同じものを買ってきた。
コーラとティラミスとチキン。
小袋に包まれた避妊具。
それは今日の今のように悲しみの根源ではなかった。愛情を交わすための道具だった。
『ね、一口頂戴よ。』
『ティラミス?』
『チキンがいい。』
『ずいぶんガッツリ食べるね。』
『だって美味しそうだもん。』
食べてるところほんとに可愛いね、彼にそう言われて嬉しかった。単純に、切実に、嬉しかった。
150円のチキンだけで幸せを感じられたあの日々はいつしか消えてしまった。
「愛は永遠で、恋は一瞬。」
その言葉は真実だと思う。
私は彼を愛していた。
彼は私に恋をしていた。
部屋の空気が凍えている。
きっと彼は私を面倒だと思っている。
彼にとってはくだらないことで憤怒しているから。
彼は私を面倒だと思うのが得意だ。そういう雰囲気を醸し出すことも大得意。
そうすれば私は何も言えなくなると思っている。
それはいままで本当だった。
私だって面倒だった。
嫌われたくないと思っていた不安は、いつしか「面倒」に変わってしまった。
ならば私もこの愛に針を刺そう。
愛していたあの日を、そしてこれからも愛すべきあなたを。
「雨、ひどかったの?」
「小雨がずっと降ってたよ。どうせなら豪快に降って欲しいよな、ずっと続かれても面倒だし。」
「そっか、なら、別れようか。」
「は?意味わかんない、なんで?」
「そうだね、別に君のこと、殺したいくらい憎いわけじゃないんだよ。」
君は面倒が大好きだから、大嫌いだから。
それに今食べてるチキン、もう2年前みたいに美味しそうじゃない。
「なんか、賞味期限切れかな。」
あなたと会えたことを後悔しています みりん @noa_abc72712
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