居候のお侍

 ボクの家は住宅街にある、二階建てのごくごく普通の家屋だ。壁は灰白色で、屋根は赤褐色。灰色でざらざらとした肌触りのブロック塀に囲まれていて、桜の樹が一本植わる程度には庭が広い。犬をいつか飼いたいと、立派な犬小屋が庭の隅に置かれている。ただ、犬小屋の横に小さな畑が出来てしまっているのだから、なんともおかしな光景だ。

 こんな風に、少し変わっているけど極々普通の家の範疇に収まっている我が家だが、しかしどう取り繕っても普通でない要素がひとつ。

 それは、


「理人お帰りー」

「ただいま」


 数百年前からタイムスリップしてきたかのような、侍姿の居候がいることだ。



 名は神山左右吉、男。髪と瞳は黒で背はボクより少し高い程度。年齢は二十四で、昼は神社、夜は居酒屋で働いている。趣味は和装と古市巡り。

 侍然としているのは格好だけで、話口調とか知識とか、内面は丸っきり人当たりの好い現代人なのだから、近所のおば様がたから妙な人気を獲得している。

 ボクの従兄らしいのだが、ボクの記憶にこんな血縁はいないし、そもそもどうしてボクと同居しているのかもキチンと教えて貰ったことがない。前に一度理由を聞いたときには「未成年の独り暮らしは危ないからね」とはぐらかされて以来、理由は聞いていない。


「この前細田さんからもらったみかんあったでしょ?」

「皮干してたやつ?」

「そうそう。ジャムにしたから、細田さんに分けてくるね」

「そう。いってらっしゃい」

「いってきます」


 あの楽しそうな顔を見ていたら、聞く気も起きない。



 ところでこのお侍、たまに変なものを古市で手に入れてくる。


「……なにそれ、拾ってきたの?」

「違うよ、これは火打ち石。古市で買ってきたんだ」

「ふーん。……家は燃やさないでよ」

「わかってるって」


 その週末、左右吉は神社から貰ってきた落ち葉と居酒屋から貰ってきた古新聞で焼き芋を作って食べていた。火は火打ち石で着けたと自慢されたが、正直どうでもいい。



「理人お帰りー」

「…………」

「あ、あれ? おれだよ、ほら、左右吉兄ちゃんだぞー」

「あ、そうなんだ。変なお面被っててわかんないよ」

「能面だよ、能面。これは般若ね。後は翁があるよ」

「そう……」


 その日以来、たまに楽しそうに能面を磨く左右吉の姿を見かけるようになった。



「左右吉、左右吉」

「ん? お帰り理人。どしたの、いつになく慌ててるけど」

「犬小屋になにかいる」

「ああ、番犬代わりに犬の石像をね」

「今すぐ返してきて」

「え? いや、結構良いものみたいだし、あれ結構重いし……」

「あれは番犬なんかじゃない。家に置いてちゃいけない奴だよ。今すぐ返してきて」

「……わかった」


 そう言って犬の石像を返しに出かけた左右吉は三日近く帰ってこなかった。

 帰ってきた左右吉は泥だらけでとても憔悴しきっていて、しばらくはボクが家事をすることとなった。




 なんて風に、たまに面倒を起こしてくれる居候だが、しかし彼のお陰で楽しくさせてもらっている。


「左右吉は居るかァ!?」

「居ないですけど、それよりお兄さん誰ですか」

「あァ? 居ねェのか。だったらテメェがコレをあのボケに渡しておけ」

「良いですけど、なんですかこれ」

「前金だ。しっかり渡さねェと承知しねェぞ」


 ただ、面倒事を持ち込むのだけは本当に勘弁して欲しい。

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