第23話 随分と早い再会

「こちらが昨日、オルクスを討伐された際の報酬となります。お疲れさまでした」


 オルクス討伐の翌日の事。

 俺達は今日もクエストを受けるために冒険者ギルドへ立ち寄っていた。

 コルトはクエスト掲示板を見上げながら腕を組んで唸っている。もちろん、俺がクエスト掲示板を見ても文字が読めないし意味がないので、窓口に声を掛け、とりあえず昨日、オルクスを討伐した分の報酬を受け取っていた。耳よりも安い報酬……全部で5万エリル。なんというか、基準がイマイチ分からないな。


「何かいいクエストでも見つかったか?」

「クエストもまともなものがないしな……私もどうしようか考えているんだよ」


 コルトは掲示板を睨みながらため息交じりに呟く。

 掲示板を見つめて険しい表情をする他の冒険者達もまともなのがないと愚痴を零してギルドを出ていった。


「色々張り出されているみたいだけど……満足のいくクエストはないのか?」

「そうだな。報酬もクエスト自体も地味なものしかないな……ん?」


 腕を組んだまま掲示板と睨めっこをきめていたコルトが掲示されている一つのクエストに目を止めた。張り出されているそのクエスト用紙を乱雑に剥ぎ取りコルトはそれにじっくりと目を通している。


「妙なクエストだな」


 一頻りクエスト用紙に目を通し終えるとコルトは首を傾げて呟いた。


「何が書かれているんだ?」

「クエスト内容が決闘なんだよ。このクエスト依頼者を戦闘不能に出来れば竜宮の加護を与えるっていうものらしい。受付期間が無制限、しかもこちら側は武器・魔法の使用が許可されている。相手の素性は不明だけどな」

「へぇ……決闘をクエストとして申し込む奴もいるんだな」

「何を呑気な事を言っているんだ」


 俺の何気ない一言に、コルトは呆れたように溜息を吐く。


「受付期間が無制限。武器・魔法等の使用が許可されていて、しかも報酬が竜宮の加護……よほどの自信がない限りこんなバカげたクエストなんて依頼しない。大体、加護の譲渡なんてあり得ないだろう。こんなクエストを信じて乗っかる奴は大馬鹿だな」

「そうでもないんですよ?」


 剥ぎ取ったクエスト依頼用紙を再び掲示板に貼り戻すコルトにギルドのお兄さんは声を掛けてきた。


「そのクエストはかなり長い間掲示されているものでして、なんでもこのクエストの依頼者がとんでもなく強いらしいんですよ。依頼を受けた冒険者の方々の報告によれば戦闘不能にすることはおろか傷一つ付ける事は出来ないらしいんです。上級職の冒険者でさえも手に負えないとかで、そのまま掲示板の隅っこに放置されている状態に……」

「そりゃそうだろうな。加護なんて持っているくらいだ。並の冒険者が相手に出来るはずがないだろう。私でもこの手の奴は無理だ」

「そうなんですか。コルトさんなら何とか出来るかと思ったんですが……」


 そう言ってギルドのお兄さんは苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。


「買いかぶり過ぎだ。私でも向き不向きはある。決闘の相手が加護もちなんだから、私でも太刀打ちは出来ないさ」

「へぇ……コルトでも難しいのか。加護ってそんなに凄いのか」

「「えっ?」」


 俺の何気ない一言に、ギルドのお兄さんもコルトも目を丸くして俺の方へ目を向ける。

 ありゃ、また俺、変な事を言ってしまったみたいだな。


「はぁ……お前の無知さには呆れを通り越して称賛に値するぞ」

「まさか、加護をご存じないのですか?」


 ギルドのお兄さんが驚いた表情で問い掛けると、コルトは頭を抱えたまま小さく頷いた。

 コルトの反応を見たお兄さんは再び俺に目を向けると苦笑いを浮かべる。


「だ、だって仕方ないだろ!? 俺だって一昨日この街に来たばっかりなんだから!」

「あのなぁ。街に来るにしろ来ないにしろ、加護の事は知っているのが常識なんだぞ? 今時、小さな子でも知っている事をお前は何も知らないって」

「うっ……そ、そんな事言われても」


 コルトに諭され何も言い返せず口ごもってしまう。

 何も伝えられないままいきなり異世界に飛ばされた俺にとって、異世界事情なんて知らない事が当たり前なんだから。


「うわぁぁぁぁぁ!! どいてどいてぇ!」

「え!? ちょっ!! があっ!!」


 突如、ギルドの扉が大きな音を立てて開かれ、慌てた様子で外から駆け寄ってきた女の子が俺に突っ込んできた。急な事で避ける事が出来ず、女の子と派手にぶつかってしまう。当たり所が悪かったのか、女の子の頭が俺の額に直撃した。


「ひぃ!? ぐぅぅ、痛ぇぇぇ!」


 あまりの痛みに額を抑えて前屈みになってしまう。女の子の方はあまり痛がっている様子はないがぶつかったあたmを優しく撫でていた。なんてこった、とんでもない石頭じゃないか!


「あれ? セイジさん?」

「えっ。ニルじゃないか」


 声を聞いてようやく、突っ込んできた相手が誰なのか気付いた。あの時は、素っ裸だったし何かを身に付けている姿を見たのは初めてだったから気付かなかった。

 ニルはトレジャーハンターらしい身軽な装備を身に付けている。革製のコートと白いシャツ、足元は短パンと黒のタイツ、靴は紐のついたロングブーツを履いていた。つばの短い帽子をかぶって、ゴーグルを頭の上に付けている。いつでも目の方に移動できるようにしているのだろう。相変わらず大きなリュックは背負ったままだ。日の光を浴びて輝くブロンドで銀色の髪、翡翠に似た色の瞳。どこか人間離れした可憐さを感じた。あの時は裸のニルに驚きすぎてまじまじと見る機会はなかったけど、こうしてみるとコルトとは違った印象を受ける。それにしても……大きいな。


「え? ど、どうしたですか? 何でボクの胸ばかり見てるですか?」

「ふぇ!? み、見てないからな?」


 視線で気付かれたようでニルは俺を警戒するように半歩下がって眉を顰める。

 俺は慌ててごまかすように目を逸らす。

 うわぁ、我ながらごまかすの下手だなぁ。


「まあ、確かにな。こいつの胸はそれなりに大きい。それなりに、な」

「何か言葉に微妙に棘があった気がするけど、何だ? 嫉妬――」

「――それ以上言ったら、お前の耳穴に弾丸を撃ち込むが……異論はないよな?」


 俺の言葉を遮るようにコルトは瞬時に服の内側からハンドガンを取り出し、俺の方耳に当てがった。

 そのままセーフティーレバーを解除する音が聞こえて、俺は一気に背筋が凍る。


「ちょ、ちょっと待った! ごめんなさい! 本当ごめんなさい! つい口が滑りました!」

「……ふん。まあいいだろう。次に軽はずみな言動をしたら、今度はライフルで撃ち抜くからな」

「うっ……は、はい。肝に銘じておきます」


 コルトはフンと鼻を鳴らし、肩耳にあてがっていたハンドガンを服の内側に収めた。

 まさかコルトが自分の体にコンプレックスを感じているなんて……そんなの全然気にしていなさそうに感じたけど。


「ところで……お前は何をしに来たんだ」

「へ? ボ、ボクはトレジャーハンターのクエストを受けに来たですよ。お兄さん、何かクエストはあるですか?」


 そう言ってニルはギルドのお兄さんへ問い掛ける。お兄さんは顎に手を当てて少し考え込むと、思いついたように掲示板から一枚の依頼紙を取り外した。


「アルヴェラッタ湖に眠るブラックムーンと呼ばれる真珠を回収するというのはどうでしょうか? 別のクエストの依頼場所ですが危険な魔物は生息しておりませんし、湖も海ほどは深くありませんから、ニル様でも問題ないと思われます」

「そうですか……じゃあ、やってみようと思うです」

「承りました。目的の物が手に入りましたら、窓口で報酬と交換なさってください」

「ちょっと待て……今、アルヴェラッタ湖と言ったか?」


 ニルとギルドのお兄さんとの会話に割って入るようにコルトは口を挟む。


「はい。アルミィの正門から出て北へ進んだ森の奥にある、巨大な湖です。コルト様やセイジ様が今、検討されていたクエストと同じ場所になります」

「そうか……まあ、決闘クエスト自体は巻き込まれる事はないだろうが、万一の事もあるしな。私達が決闘クエストを受けている間にお前はブラックムーンを回収するって事で問題ないか?」

「え?」

「ちょ、ちょっと待てよ!?」


 コルトの急な提案にニルは一瞬固まってしまう。

 そりゃそうだ。俺だって今困惑している。決闘クエストを私達が受けるってコルトは口走ったんだから。コルトが不向きな相手に俺が太刀打ち来るはずもないのに何を突拍子もない事を言ってんだか。


「ま、まあ……その、一緒に来てくれるのは凄く心強いですが……良いですか?」

「問題ないさ。目的地は同じなんだ」


 あー……俺の意見は無視なんだね。もう慣れたけど。


「さて、そうと決まれば出発だ。ちゃっちゃと行ってさっさと帰るぞ」

「は、はい!」


 コルトに言われてニルは元気よく返事をする。

 新しくニルも加わって、俺達はアルヴェラッタ湖を目指して、ギルドを後にした。

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